無価値アイテムの価値
「まってください!」
僕は衝動を抑えられなかった。
仕事をさっさと終えて去っていく鑑定士、リブラスルさん。その背中に向かって叫んでいた。
「ド、ドリィきゅん……?」
「あの! まだ見て欲しいアイテムが残っていました!」
とりつくしまもない、プロ中のプロの鑑定士リブラスルさん。白いあごひげとロマンスグレーの撫でつけた髪が印象的。動作や足取りはどこか気だるげで、つねに面倒くさそうな空気を纏わせている。
カウンター脇の扉を開けて飛び出した僕は、とっさに二つのアイテムを抱えていた。
駆け寄ってすぐに追い付くのは簡単だった。
ギルドのフロアの柱の横で、リブラスルさんがおっくうそうに立ち止まって振り返る。
「なんだね?」
視線は決して好意的なものではない。
でも、ここで怯んじゃダメだ。
僕はどうしても知りたい。
煩いと言われても、無礼だと怒られたって構わない。
聞かなきゃならない、どうしても確かめたい。
湧き上がる気持ちを抑えられなかった。
昨日、マリュシカさんと一緒に、地下で鑑定した青銅のアイテム。それらの「正解」を知りたい。
青銅の酒盃――美酒熟成 → 注いだお酒をより美味しく(?)
青銅の大皿――帰りを待つ → 料理が美味しいままで維持できる(?)
それが僕のスキル『道具の良いとこ発見!』による鑑定だ。
マリュシカさんによれば「詩的」だと、認識の方向性だって間違っていないと言ってくれた。
あとは正解が知りたい。
正しいか、見当違いなのか。
それがどうしても確かめたかった。
じゃないと暗中模索、暗闇を手探りで進むのと同じになってしまう。自分に自信が持てるか、持てないかの瀬戸際だ。
どうせポンコツなんだ。今さら恥も外聞もあるもんか。
怒られることだって怖くない。
バカにされたっていい。
「この魔法のアイテムです」
「価値のないゴミだ」
一瞬で結論づける。
やっぱり速いし、にべもない。でも、本当に知りたいのはその先なんだ。
僕なりに工夫して食い下がる。
「この子たち、『好きな人と美味しいご飯を食べて欲しい』って言っています」
僕は真剣に、リブラスルさんを見つめながら言った。
もう一度、青銅の酒盃と大皿を突き出す。
子供が「たわごと」を言っている。
そう思ってもらって構わない。
「…………」
リブラスルさんは、僅かに眉根を動かした。目を細め、少しだけ濃緑色の瞳が光を帯びる。
「お料理を美味しく食べて欲しい。お酒を美味しく飲んで欲しい。そう考えて作られた魔法の青銅器だって聞こえるんです。だから価値はゼロじゃないって思います」
何か応えて欲しい。「そうだ」でも「バカか」でもどちらでもいい。
僕はアイテムの声が聞こえる。
そう思い込んでいる愚か者。おかしな子供で構わない。
やがてリブラスルさんは、僕の方に向き直った。
真っ直ぐ、とても怖い顔で睨んでくる。
「……価値があるか無いか。鑑定はそれだけでいい。戦闘で使えない青銅の器など価値はない。ゼロだ。私の貴重な時間を無駄にさせるな」
低い声で告げる。不愉快だと言わんばかりだった。
僕は立ち尽くし、ぐっと唇を噛んだ。
価値があるか無いか。
戦闘で使えるか否か。
ギルドではそれが全て。
金でも銀でも宝石でもない限り、価値は無い。
そのとおりだと思う。
でも「誰かを想って作られたアイテム」に価値がないなんて、本当に言えるのだろうか。
「お願いです……。知りたいんです」
アイテムを抱き締めて、頭を下げようとしたその時。
「……だが。家で帰りを待つ主婦にとっては価値がある品かもしれん。酒を美味く感じさせる魔法の杯、料理を保温する魔法の器……。それらは貧しい下級貴族、お抱えの魔法工芸士の手によるものだ。実に下らぬ価値のない……。戯れに造られた品に違いないが」
はぁ、とひとつため息をはく。
話し疲れたように、あるいは解説してしまった事への悔しさだろうか。でもそれで十分だった。
「リブラスルさん……!」
――凄い!
それが正解なんですね。
僕とマリュシカさんの鑑定は間違っていなかった。それどころか、ちゃんと当たっていた。
感激のあまり呆然としていると、鑑定士のリブラスルさんは踵を返し去っていく。
「あっ………! あの、ありがとうございます!」
「男が簡単に頭を下げるな」
「はいっ!」
「……早く帰らんと、待っているのでな」
面倒くさそうにそう言い残すと、白髪の老鑑定士はギルドの入り口から出ていった。
スキル『相手の良いとこ発見!』。
見送りながらブラスルさんの背中を盗み視る。
良いところは『奥さん想い』――。
きっと奥様を大切にしている。だから「家で帰りを待つ主婦ならば」なんて言ってくれたのかもしれない。
「ドリィくん、よかったわね」
「うん、正解だった」
ホッとしてマリュシカさんも笑みを交わす。マリュシカさんも嬉しそう。
「それに、男らしい一面を見ました……」
「そんなことないですよ、ただ必死で」
「ううん、可愛いだけじゃない……。ときどき見せる強さ。それが男の子のいいところ……。むふぅ、ふふふ」
ニマニマと満足げなマリュシカさん。
「さっ、残りのお仕事、かたずけましょ」
「そうですね!」
それから僕たちはアイテム整理の仕事を再開した。
アイテム受けとりの依頼も時々来る。それらは受け取ってタグをつけ、明日の鑑定に回す。
既にリブラスルさんが「A級」「B級」と鑑定してくれたアイテムについては、おさらいとして、もう一度こっそり鑑定してみた。正解が明らかなアイテムは勉強になる。
魔石――理想の頂へと至る力の結晶
「うーん? なんかひねくれてる」
そもそも理想の頂なんて言葉、普段使わないし。
どうやら僕のアイテム鑑定スキルは、詩的な文――へそ曲がりな誰かが考えた解説っぽい文――を読み解いているみたいな気がしてきた。
「もしかしてだけど。ドリィ君のアイテム鑑定スキルって、アーカイブ・リーディングなのかな……」
「あーかいぶ?」
それってどういう意味?
「魔術用語でね、記憶保管の読解って訳されるの。この場合は、アイテムに埋め込まれた記憶、あるいは誰かの願い。そういったものを読み解いている……って考えたらいいのかな……。そんな気がして」
マリュシカさんは魔法の杖を胸に抱きながら言った。
「な、なんだか難しい……!?」
よくわからないけど、ちょっと誉められた気がする。
無価値と言われたアイテムも、時間の合間を見つけて鑑定してみることにした。これは後で倉庫に運び込む際に、分類整理する手間を減らせるし一石二鳥。
どうしても判別できないものはマリュシカさんと知恵を出しあって考えてみる。二人でもわからないものは「不明」にし、明日の鑑定にまわすことにする。
鑑定を繰り返しているうち、だんだんとコツも掴めてきた。
これならレベルが上がるのだって期待できる。
詩的な説明でも間違っていない。だけどちょっとへそ曲がりな解釈が持ち味なんだと思う。
ギルドマスターさんから「ごくろうさま、今日は終わっていいよ」と言われて、本日のお仕事は終了となった。
「おつかれさまでした!」
「がんばったね……!」
マリュシカさんと頑張りを称えあう。
「はいっ」
両手を開いて顔の位置へ。
ミリカとよくやる「やったね!」のハイタッチのポーズ。マリュシカさんは一瞬戸惑ってから、ぎこちない感じで手を打ち合わせてくれた。
ぺちん。
「お、おぉ……! と、とと、友達みたい」
「ですね! っていうか、友達でいいんですか?」
「ももも、もちろんいいよ!? と、とと、友達! おおぅ……!?」
なんだかマリュシカさんが顔を真っ赤にして、ガクガク震えはじめた。
「あ、あと。さんづけ、いらない。きゃふっ! もう、な……なな、名前で呼んで!?」
「えぇ? それはちょっと」
年下で頼りない僕だけど、先輩であるマリュシカさんに友達扱いされて嬉しいな。
「こ、今夜ど……じゃなかった。い、今から晩ごはん、一緒に……どう?」
マリュシカさんが、むふっと笑顔を浮かべフードコートを指差した。
いまから一緒に晩ごはんどう? と誘ってくれている。
軽食が食べられるフードコートは冒険を終えたパーティーで結構混んでいる。お酒は出さないはずなのに、凄く騒がしく盛り上がっているところもある。
「嬉しいんですけど、あの……ごめんなさい」
食べたいのは山々だけど、家でミリカが待っている。いつもよりも遅くなったし、心配しているかもしれないし。いまもう家に帰りたかった。
「……あっ、あっ!? そ、そうよね」
がっかりしてるのがわかって、とても申し訳ない気持ちになる。
「明日か明後日、一緒に食べましょう!」
ちゃんと事前に話しておけばミリカも心配しないだろうし。
「あ、あたしこそ、ごめんね。急に誘ったりして……。と、友達……と同居してるんだっけ……」
「はい。ちょっと足の具合が悪くて」
「まぁ……! そうなんだ……心配だね……」
そしてふと思い至る。
マリュシカさんは魔女。魔法スキルを持っている。それにいろいろなことに詳しい。いっぱい本を読んで勉強している。
もしかして、ミリカの病気について何かわかったりしないだろうか……?
ミリカの事を話そうかと思ったけれど、今ここで深刻な話をするのも迷惑かもしれない。やんわりと言葉を濁した。
「こんど紹介しますね。マリュシカさんにも会って欲しいし」
「あの、友達って……」
マリュシカさんは少し戸惑いながらも、興味があるみたいだった。
「はい、ミリカっていう女の子で、同じ村の友達なんです」
「おっ………………ッ!?」
女……の子!?
何か言いかけてマリュシカさんが、時間停止。動かなくなった。
「マリュシカさん!?」
「あっ……? あぶない、心臓が停まりかけ……はあ、はぁ」
「大丈夫ですか? 疲れてるんじゃ」
「それより、その子って……つまり、伝説の、お、幼馴染み?」
「伝説かはしりませんけど、そう……です」
「お、おさななじみィイ!? んぐはぁッ! 強ッ……!? 無理なやつ、それ、勝てないやつぅう、あたしのバカァアア……」
「マリュシカさん!? あっ、また明日……!」
顔を両手で覆いながらマリュシカさんはダッシュで去ってしまった。
ぐぅ、とお腹の虫が鳴いた。
「……お誘いに乗ればよかったかな」
なんだか悪いことしちゃったかも。
僕はようやく家路についた。
ギルドを後にすると、既に暗くなりはじめていた。
赤黒い夕日の残照が、街を不思議な色に染めている。
家々の窓には明かりが灯り、屋台や食堂は大勢の人で賑わっていた。漂ってくる食べ物の匂いがお腹の虫をさらに刺激する。
「うぅ、お腹すいた」
晩ごはんをどうするか、帰ってから考えよう。
家路を急ぐ人に混じって、僕は裏路地へ。
一本の通りを過ぎ、小さな広場へと至る。広場を取り囲むように並ぶ建物は工房や商店が多い。
ちょうど反対側に下宿している銀工房の建物がみえた。きっと屋根裏部屋でミリカが待っているはず。
――心配しているかな。ちょっと遅くなったし。
工房の通用口をくぐると、おばさんと鉢合わせした。
「あら、ドリィ今お帰り?」
「はい。ただいま戻りました」
「ごはん余り物ならあるよ。ところでミリカちゃんは一緒じゃないのかい?」
「えっ!?」
心臓がぎゅっとなる。
「だいぶ前に、ドリィを迎えにいくって。杖を使って出ていったんだよ」
僕は駆け出していた。
おばさんが「そっちの路地だよ!」と叫ぶ声を背に角を曲がる。
「ミリカ……!」
赤黒い夕焼けの空が迫っている。
いやな胸騒ぎがした。