マウントを取りしもの
朝のギルドは騒がしい。冒険へ出発しようと準備を急ぐパーティがフロアのあちこちに陣取っている。
アイテム鑑定窓口に来たはじめてのお客さん。荷物持ちは、大きなリュックから三つのアイテムを取り出した。
短い木の杖、魔法の文字が刻まれた小さなナイフ、それに赤い水晶ペンダント。
それぞれ丁寧に防水紙で保護されている。リュックは整理整頓されているし、几帳面なのかな。
「はやくしろよ、急いでんだ」
「あ、はい!」
でもイライラして不機嫌そう。顔にソバカスがあって、青い髪。年齢は僕とおなじくらいかな。
中堅どころのパーティの荷物持ちらしく、待っている仲間たちのほうを気にしている。
出発前に昨日回収したアイテムを預け、預かり証書を受けとりたい。だから急いでいるのだろう。
早速仕事に取りかかる。
「……あたしが書類を……」
「お願いします!」
僕はアイテムに分類タグを結びつけ、隣でマリュシカさんが書類にペンを走らせる。
いきなり仕事が始まってしまったけれど、こうして分担すればスムーズだよね。なるほど、さすがマリュシカさん。
「丁寧に梱包してますね」
「……まぁな。金になるかもしれないアイテムだからな。……ん? おまえ、このまえSランクパーティ追い出されたヤツか?」
僕が、ガノンさんのパーティを追放されたことを知っているみたいだった。
「えぇ……はい。ぜんぜんお役に立てなくて」
「怒鳴られてたもんな、見てたぜ」
小馬鹿にしたように鼻で笑われた。
「未熟なせいで迷惑をかけちゃっいましたから」
「それでアイテム受けとり窓口か? ハハハ、しょうもねぇな」
それは事実だからしょうがない。ちょっと悲しくなるけど、ここは笑顔で。
「あの……ここにサインをお願いします」
「いいぜ、ほらよ」
受け付け帳簿にパーティ名と名前を書き込んでもらう。
所属パーティ名は『銀鶴嘴の土竜』
遺跡のダンジョンを主に攻略するBランクパーティだった。青髪のお客さんはシュズというらしい。
「アイツの新人イビリは有名だからな。才能の無いヤツには厳しいらしいからな、ははん……?」
カウンター席に座っている僕を見下ろしてくる。
「はぁ……」
視線を向けていると、スキルが発動していた。
『相手の良いとこ発見!』
ジュズ――整理整頓が得意。
なるほど、思った通り几帳面で、整理するのが得意なんだ。だから荷物持ちとして仲間から信頼され――
「書類」
ばん! と勢いよく書類をカウンターの天板に叩きつけたのはマリュシカさんだった。
「あ、ども」
シュズさんは少しぎょっとして、恐る恐る受付証書を受けとると、急ぎ足で去っていく。
「鑑定結果は夕方に!」
慌てて声をかける。シュズさんは振り返ることもなく手を動かして返事をし、仲間たちのほうへと歩いていった。
「……ふぅ」
なんとか初仕事ができた。
「…………ように……ように……」
「マリュシカさん?」
なにかぶつぶつ言っている。
「…………不幸に見舞われますように……罠にかかりますように……毛が抜け落ちますように……」
「なに呪ってるんですか!?」
思わず小声でツッこむ僕。
「……え? だって……いまのひと、ドリィ君にマウントとりまくりでイラッとしたので……」
真顔で答えるマリュシカさん。
「だからって呪っちゃダメですよ」
「天使……?」
「いや、それが普通ですっ。僕は何も気にしてませんから。それに、いまの人だって話せばきっといい人ですよ」
「……厭、嫌い……。人はすぐに、自分が上だ、強い、優れている……って、思いたいの……。相手をけなして、欠点を見つけて、笑うことで満足する。そうしないと生きていけない生き物だから」
「マリュシカさん……」
いままでこんな風に言う人に出会ったことはなかった。
友達のミリカは明るくて、細かいことなんて気にしない。腹が立てばストレートに感情に出すし、ケンカもする。他人に対して相容れない時は我慢するか、時には遠慮なく感情をぶつけてゆく。
でもマリュシカさんは違う。
きっと今まで想像もできないような、悲しいことを言われたり、辛い目にあったりしてきたのだろうか。だからそんな風にすぐに人を嫌いになるのかな……。
僕にはこんなに親切で優しく接してくれるのに、心を開けない、嫌いだと思った相手には、途端に敵対的な感情をむき出しにする。
今の事だってささいなこと。気になんてしない。スルーしていいのに。冗談ではなくて呪いじみた憎しみの感情を抱くなんて……。
でもきっと、それは仲間の僕を想ってのことなんだ。
「マリュシカさん、ありがとうございます」
「あり……がとう?」
「気に掛けてくれて。嬉しかったです」
素直に言うとマリュシカさんは目を瞬かせて、やがて微笑んだ。
「さ、気にしてたらきりがありませんよ。ほら、お客さんがまた来た!」
そうこうしているうちにまた一組のお客さんがきた。
今度は大人の女性二人組だ。
「いらっしゃいませ! アイテム鑑定の申し込みですか?」
見るからに強そうな女戦士さんと、癒し系魔法スキルをもっていそうな巫女さん的な格好をした魔女さんだ。
女戦士さんは赤い鎧に赤銅色の髪をポニーテールにしている。巫女さんは白い巫女装束にふわっとした綿あめみたいなヘアー。
「やーん、アイテム窓口の子、代わったのぉ? 超かわいー!」
キャピッと瞳を輝かせ、カウンター越しに僕に迫ってくるのは女戦士さん。分厚いアーマーと背中のブレードソードとのギャップがすごい。
「キミいくつ?」
カウンターに肩肘をつき、ちょっと低い声で尋ねられた。ワイルドな雰囲気をもつ巫女装束の魔女さん。どうもこの二人は見た目とのギャップが激しい気がする。
「十三ですけど」
「あーん!? やばいー! 超好みなんですけどぉー! お持ち帰りけってーい、いえーい」
「キミ、児童福祉法違反ギリギリセーフだね。今夜、話を聞かせてもらうから、覚悟しておいて」
「は、はぁ?」
何を言っているのかちょっとわからない。大人の女の人たちって、違う生き物みたいで、取って食われそうな怖さがある。
「…………し………ね、しね……ビッチ……」
横でマリュシカさんがブルブルと震えていた。魔法の杖を握りしめ何かつぶやきはじめている。慌てて押し止めつつ、お客様には笑顔で応対を続ける。
「それであの、アイテムは……?」
「うーん。これなんですけどぉ」
女戦士さんが、胸の谷間から黒い石をいくつかカウンターに置く。
宝石とは違う黒い水晶のような石だ。
手に取るとまだ温もりがある。
「……黒い石?」
「森林地帯デクモスクエアで、魔王軍の魔族と出くわしてね。倒したときにドロップしていった」
「……魔石です。魔力を秘めた石……。身に付けると魔法に関係するスキルのパワー向上、あるいは持続時間が長くなります。一定時間で消耗し砕けます……」
さすがはマリュシカさん。小声の早口で解説してくれた。
「なるほどです」
早速受け取りのタグをつけた袋にいれて、受けとり証書を渡す。
アイテムとしての鑑定は僕でもできそう。品質次第で値段が上下するタイプのアイテムだ。
「じゃぁ夕方、鑑定結果をお知らせしますね」
「はーい。まかせたわよーん」
「キュートすぎる罪で逮捕だ、余罪をあとで聞きに来る」
「は、はは……はぁ」
うぅ疲れる。接客のお仕事って疲れる。
食堂でのバイトでもそうだったけど、僕は良い意味で絡まれることが多いみたいだ。
「……ぁあああッ! あぁ、たぁ、しぃの……ドリィくんに気安く話しかけるなぁ……!」
マリュシカさんは超小声でキレているし……。
とにもかくにも。
夕方になるころにはアイテムが沢山集まった。
宝箱に一杯になりそうなほどアイテムが集まったところで、白い髭を生やした本物の鑑定士さんがやってきた。
Aランクパーティに所属する鑑定士さんは、名前をリブラスルさんといった。
「あの! 僕、ドリィといいます。アイテム鑑定士になりたくて……!」
「あー。そういうのいいから」
「そんな……」
僕やマリュシカさんを一瞥し、めんどくさそうにしっしと手で追い払われた。
そして箱に入れられたアイテムを眺める。
「……これね。これとそれ。その杖がA判定。その魔石はB判定。他はCね。以上」
それだけだった。
ギルドマスターさんから金貨一枚を受けとると、あくびをしながら去っていく。
とりつくしまもないとは、このことだった。
<つづく>