アイテム鑑定のお仕事
◇
「じゃぁ、頼むねドリィ君」
「はいっ!」
「君はがんばりやさんだから。素直だし返事もいいし。見どころあるわよ」
男の人で筋骨隆々、なのに女の人みたいな化粧をしたギルドマスターのポーミアスさんが、バチンとウィンクをした。どんな顔をしたらよいかちょっと戸惑う。
元はすごく強いSランクの戦士だったらしくて、知る人ぞ知る、誰もが恐れる名物ギルドマスターさん。
「が、がんばります!」
僕はなんて幸運なのだろう。
今日からしばらくの間、アイテム整理の仕事を任せてもらえることになった。
昨日の「倉庫のアイテム整理」の仕事っぷりが、ギルドマスターのポーミアスさんの目に留まったらしい。
倉庫のほかに、受付カウンター横にある「アイテム受取窓口」を担当することになった。
仕事は、パーティのみなさんが回収してきたアイテムに個別番号がついた「分類タグ」をつける、そして代わりに受け取り票をわたす……というもの。
受け取ったアイテムは後で価値を鑑定し、証明書をつける。
ギルドによる鑑定証明書の付いたアイテムは、専門の買取業者か、街のアイテム業者に売ることが出来る。
アイテムは特級のSランクか、Aランクがすごく価値があって、金貨と交換できる。
Bランク以下は銀貨、Cランク以下は銅貨、という感じ。
もちろん、アイテムの鑑定そのものは「上級鑑定スキル」を持つ鑑定士さんたちが交代で、入れ替わり、立ち代わりで行うらしい。
僕はまだ見習いだから、お手伝いをする。
鑑定済みのアイテムを地下倉庫に運んだり、更に分類したり。昨日の倉庫整理のアイテム鑑定の仕事を更に広げたみたいな感じだから、きっとできる。
それよりも、本物の鑑定士さんの仕事が見学できるチャンス。
きっと参考になるはず。
「あ……えと。貴女、魔女スキル持ちの……マシュリカさんだっけ?」
「マリュシカです……。どっちでもいいですけど」
僕のすぐ斜め後ろには、魔女のマリュシカさんが立っている。
今朝、ギルドにいくと建物の陰に隠れて待っていてくれた。
そこからは付かず離れず、まるで保護者みたいにずっとついていてくれた。僕も初めての仲間ができて嬉しいし、年上の人が一緒だと安心する。
「ドリィ君の仕事は日給銀貨5枚。アイテム整理は、あまり稼ぎにはならないけど? 二人で報酬を折半してね。モメないように」
「はい、大丈夫です。ド、ドリィくんと、いっしょなら、それで」
「ふーん? 貴女ね、魔法スキル持ち、それも『発火』と『毒血』系の魔法が使えるなんて、なかなか珍しいのに。人見知りじゃ……パーティに交じるのも辛いでしょうし」
「な、慣れたいと……思います。今は、ドリィくんと」
両手を僕の肩に乗せ、隠れるようにギルドマスターさんと話す。
筋金入りの人見知りさんらしい。
「一緒にがんばります。ね、マリュシカさん」
「う、うんっ」
「まぁ? じゃぁ任せるわ。そのうちクエストの声がかかったら、相談するわよ」
「は、はい……」
ギルドマスターさんは、マリュシカさんのギルド登録シートを眺めながら、「もったいない」という感じで言った。
「それと、いまは朝で暇だけど、夕方からが忙しいわよ。今のうちに慣れておくと良いわ」
僕は頷いた。魔法の杖を握りしめたまま緊張した面持ちのマリュシカさんと、アイテム受取窓口の内側に並んで腰掛ける。
「わぁ、なんだか景色が違う」
「カウンターが防壁みたいで、ちょっと安心感」
今までとは見る景色が違って見えた。
カウンターの向こうか内側かで、こんなにも違うものなんだと感動する。
大勢の冒険者達が行き交い、とても賑やかだ。
あらためて見回すギルドの広いフロアは、二階と屋根を支える柱が林立している。
僕らが座っているアイテム受付窓口は、入り口からはいって右側で、正面が受付カウンター。
左半分がフードコート兼待合所。そこはパーティメンバーが出発の準備を整えたり、朝食を取ったりしながら、今日のクエストについて打ち合わせをしている冒険者達が大勢いる。
わいわいがやがやと騒がしい。
これから森や洞窟、遺跡などを探検するのだろう。
いいなぁ……。
僕も身体を鍛えて戦闘職になろうかな。
って、それは無理そうだけど荷物持ちならもしかして。
そういえば一昨日の冒険でも、一緒に荷物持ちの人もいたっけ。
「……んっ……」
ところで右横からマリュシカさんが密着してくる。ぐい、ぐいっと落ち着かない様子で腰と腕を押し当ててくる。
ちょっとだけ腰を左に移動すると、追いかけるようにお尻がくっついてくる。
「……」
ふわりと、ハーブと花のポプリを燻したような不思議な匂いがした。それにびっくりするくらいマリュシカさんの身体って柔らかい。
「あの、マリュシカさん。そんなにくっつかなくても……」
「あっ!? ご……ごめ、ごめんねドリィきゅん。あ……あたし、なんだか距離感が、よくわからなくて」
あたふたしながら少し離れるマリュシカさん。メガネを直し座り直す。
きっと緊張して誰かに頼りたいのかも。
「大丈夫です、隣にいますから」
「う、うん」
うつむくマリュシカさん。これじゃどっちが年上かわらないや。
「あ、そういえばマリュシカさんってどんな魔法が使えるんですか?」
さっきギルドマスターさんは『発火』と『毒血』系と言っていた。
すると恥ずかしそうに唇を結び、やがて言葉を選びながらぽつぽつと話しだした。
「……あたしの『発火』は……対象を定めて、衣服や毛を発火させるの。戦闘補助につかえる……けど。爆発や火炎系とは違って、呪詛にちかいの」
「すごい! すごいじゃないですか」
「……ぜんぜん。ランクが上の魔法使いには、気味悪がられるし。嗤われる。だから……嫌なの」
「そんなことないですよ! だって戦闘で使えるし、相手の勢いを削げる。凄いですよ」
「……ほんと?」
「うんっ」
僕は強く頷いた。もう一つの魔法も聞きたい。
「もう一つは『毒血』って呼ばれてて……。呪詛毒の一種なの。生物系の魔物にしか効果がないけれど、敵全体を麻痺させたり、呼吸困難にさせたり。時間をかければ、組織を壊死させて死に至らしめることも……」
「壊死……」
「――っ! ごめんねドリィくん……。き、気持ち悪いよね。怖いし、あたし……自信がなくて……」
「いいえ、かっこいいです! マリュシカさん、凄いですよ。いつか、いっしょに冒険できたらいいなぁって思います」
僕は真剣に言った。
だって本当に凄いと思ったから。
魔法が使える。それだけでも凄いのに。
この世界では魔法使いはとても貴重な存在だ。
一人の魔法使いや魔女が使える魔法は一つか二つ。
それを工夫して使いこなし、鍛えて、強くなってゆく。
マリュシカさんの魔法だって魔物を倒せる力を秘めている。
「ドリィきゅん」
横から僕を熱っぽい瞳で見つめてくる。鼻息が頬にかかる。
と、そのとき受付カウンターの向こうに人が来た。
「あの……」
それは荷物持ち職の人だった。
若い、というか僕と同じくらいの年だろうか?
自分より大きなリュックを背負っている。まるで、カタツムリが歩いているみたい。
「いっ、いらっしゃいませ! えと、ここはアイテム受け取り所です」
「アッ、あぁ……イ」
「マリュシカさん、ここは僕が話しますから……!」
するとその人は荷物から幾つかのアイテムを取り出した。
「これ鑑定してよ」
取り出したのは短い木の杖、魔法の文字が刻まれた小さなナイフ、それに赤い水晶ペンダントだった。
<つづく>