ステータスという呪い
「はぁ、はぁ……ちょっと興奮しすぎちゃいました」
魔女のマリュシカさんはすぐに気がついた。
手を触れただけで倒れるなんて。それに顔が赤くなったり青くなったり、すごく不安定な体質なのかな……。
「いきなり倒れるからびっくりしましたよ。大丈夫ですか?」
「あっ!? ……あぅ、あり、ありがとう……ドリィくん」
「いえいえ、どういたしまして」
すこし焦ったけれど大事にならなくてよかった。
僕を見つめるメガネの向こうの瞳は、綺麗なブルーだった。
ズレたメガネを直すと、僕が手で背中を支えたまま起き上がる。真っ青だった顔に血の気がもどってきた。いや、むしろ赤くなりすぎな気もするけど、大丈夫かな?
「無理しないでくださいね」
「ももも、もう平気……へへ。むしろ、元気……」
前髪と左右に結い分けた髪を素早く整えて立ち上がる。
そしてゆっくりと呼吸を整えながら、取り落していた魔法の杖を拾い上げ、近くの椅子に腰を下ろした。
「……さっきの話」
「え? あっそうだ。一緒にアイテム鑑定を手伝ってもらえたら嬉しいんですけど……。もちろん報酬は、その……」
「報酬なんて、いらないわ。その……い、いいっ一緒に、出来たらそれで」
マリュシカさんが恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
やっぱり人見知りさんなのだろう。
誰だって初対面では緊張するのに、僕が急に頼み事をしたせいで驚かせちゃったんだ。
それでも怒らずに頼みを聞いてくれるなんて、すごく優しい人なんだなぁ。
「ありがとうございます!」
「うん。うふ……ふ……。ドリィくんのスキルは使い方次第かな。使えば成長して……化けると思うよ」
「ほんとですか!?」
「うん」
段々と僕に慣れてきてくれたのか、交わす言葉の数も多くなってきた気がする。
目が合っても、視線をそらさないでいてくれる。
年上のお姉さん魔女だけど、怖くない。むしろゆっくりとした話し口調がとても安心できる。
でも、どうしてこんな地下にいるのだろう?
魔法スキルが使えるなら、引っ張りだこのはずなのに。冒険者のパーティから声がかからないのかな?
ちょっと不思議に思うけどぶしつけに聞くもの失礼だよね。
今はアイテム鑑定に力を貸してくれるというのだから、マリュシカさんのご厚意に甘えることにする。
「じゃぁ僕、仕事続けますね! マリュシカさんはそこに座って、みててください。時々アドバイスをもらえたら嬉しいです」
「りょ、了解……! みてる、見てるね、君のこと……!」
自然な感じの笑顔にホッとする。
でも、視線の圧はすごい。じーっと、恥ずかしいくらいにガン見してくる。
「み、見すぎなくてもいいですけど」
「いいの、見ていたいの、君のこと……全部」
――『顔とか、細い指先とか、手首とか、むしゃぶりつきたくなるような首筋とか、こんな近くで見られるなんて至福、至福ッ! はぁ、はぁ』
超高速で何事かモゴモゴと口走るマリュシカさん。
でもまぁ、元気そうだ。僕も気を取り直して仕事に専念しよっと。
「じゃぁ次は、この古い器たちを」
次は青銅製や銀製の、古い時代の器などが陳列された棚を整理する。
ここで埃を被っているのだから、あまり価値がないと判断されたものばかり。
いわゆる「特上品」「特級品」といった価値の高いアイテムは、最初に選別されてすぐに売り払われる。ここに集められたアイテムは、すべて二級品以下、三級品、あるいはゴミ同然なのだとか。
でもギルドマスターさんの話では、掘り出し物もあるかもしれない。ということでたまに倉庫整理の仕事を出すらしい。
明らかにガラクタなのは避けて、中でもちょっと他とは違う感じの、表面に魔法の文字が描かれた二つのアイテムに鑑定を絞る。どちらも青銅の古びた食器みたいだ。
――スキル発動、『道具の良いとこ発見!』っ!
僕がアイテムから感じるのは「本を読んだとき」に似ている。
ふわっと、脳裏に情景やイメージが言葉として浮かんでくる。曖昧でとらえどころのない言葉の断片が流れ込んでくるみたいに。
青銅の酒盃――美酒熟成
青銅の大皿――帰りを待つ
「う、うーん?」
これってどういう意味だろう。
アイテムの良いところ……なのかな?
繰り返すうちにだんだん自信が失せてきた。自分が鑑定士から遠ざかっている気さえする。
とほほ……。
アイテム鑑定って難しい。
「あの……ドリィくん」
「はい?」
「その青銅の器、なんて、鑑定できたの?」
「えぇと『美酒熟成』って。こっちの大皿は『帰りを待つ』です。……自分でもなんだかよくわからなくて」
すると、ちょっとだけ考えこんだ様子のマリュシカさんは、やがて真剣な顔つきで視線を向ける。
「……前にね、魔導書で読んだことがあるの。大昔、魔法工芸士っていう、半分魔法使いみたいな人たちが居て、焼き物や器に簡単な魔法を仕込むって……。たぶん、そうした人たちが作った、生活用の魔法道具……なんだとおもう」
「じゃぁ、効果を表しているってことですか?」
「おそらく……。わたしも詳しくはわからないけれど。多分、お酒を熟成させて美味しく仕上げる酒盃だとか……。そっちの大皿は……料理を美味しく保つ効果があるとか……」
「そっか、そう言われてみれば意味が通じるような気がします」
青銅の酒盃――美酒熟成 → 注いだお酒をより美味しく(?)
青銅の大皿――帰りを待つ → 料理が美味しいままで維持できる(?)
「ギルドマスターを通じて、誰か上級の鑑定士に視てもらうといい……かも」
「なるほど……! そうですね」
当たらずとも遠からず。
僕の低いレベルの鑑定眼でも使えるか、使えないかは判定できる。
詳しい機能は、上位レベルの鑑定士ならすぐに見極めてくれるはず。忙しく冒険に同行している人ばかりで、頼むことは難しいけれど……。ギルドマスターを通じてなら、きっと調べてくれるはず。
「それと……ドリィくん、君……見えてる?」
「え? 何を……ですか」
「あたしたち……魔法使いのスキル持ちが『ステータス』って呼ぶ、目の前に浮かぶ、小さな窓……みたいなもの」
マリュシカさんは自分の右目を指差して、左目を閉じた。
ステータス。聞いたことがあるような、無いような。
僕には何も見えていない。
ぼんやり頭に浮かんでくるのは、アイテムを説明する「言葉」が全て。
「いえ、見えていません」
「この街に来て、どれくらい?」
「えと、二ヶ月ぐらいです。ギルド登録したのは二週間ぐらい前ですけど」
その前はずっと北の村にいた。
そこからミリカを連れて逃げ出して、この街の片隅に流れ着いた。
手持ちのお金も底をついていた。
でも、運良く仕事と宿にありつけた。一ヶ月限定で食堂の住み込みのバイトを募集していた。
幸運なことに、僕とミリカは住み込みのバイトを始めることができた。
一生懸命、二人で給仕と皿洗いで働いた。
ミリカは歩くことは苦手だけど、なんとか皿洗い専門で雇ってもらうことが出来た。
二人で「まかない」やお客さんの食べ残しを貰いながら、一ヶ月がんばった。
そしてある日、気がついた。
意識して相手を感じると、その人の「好きなもの」「大切にしているもの」がかわることに。
「これって、もしかしてスキル?」
お客さんたちの素性や、得意とすること、好きなことが「視える」ようになった。
これが「スキル」を明確に認識した始まりだった。
村に居たときも、神父さんに鑑定スキル(おそらくは素質のこと)があると言われたことはあった。
でも、曖昧でよくわかっていなかった。
それは、ちょっとだけ食堂のバイトで役に立った。
不機嫌なお客さんや、怖いお客さんが来た時、その人の好きな事や、大切な物がなんとなくわかるだけで対応が違ってくるからだ。
◆
「――んだよ、このクソまずいシチューはよ! 他に何か美味いもんはねぇのかよ!」
そのお客さんは見るからに怖かった。大声でシチューや干し肉のパティを気に入らないと騒ぎ始めた。
食堂のシェフ兼オーナーさんはいい人だけど怖がりで、僕にお客さんの対応を任せるといった。
ミリカも心配したけれど、大丈夫。
僕には僕のやり方が出来つつあった。
まずは相手をよく「視て」その人の内側を感じとる。
不機嫌で見るからに荒くれ者、といった感じの男の人から海のイメージがした。北の冷たい海、お魚のたくさん獲れる海のことを大切に心に抱いている。
そこからは笑顔で、丁寧に話しかける。
いくら怖い男の人でも、僕みたいな子供相手にいきなり殴ってきたりはしないからだ。
「あの……もしかして海、お魚、好きですか?」
「あぁ!? ……あぁ、まぁそう言われりゃ。オラぁ、元、船乗りだからよ」
「そうなんですか! どうりで……。強そうですもんね」
「おぅ! 坊主ぅ、わかるかぁ? 北の海で鍛えられてっからな……!」
パンパンに張った二の腕の筋肉を自慢気に見せてくる。機嫌も少し良くなった。
「すごい……」
「だがよ、こっちの海は温くていけねぇ。船乗りまで女々しくてよぅ、チッ……」
不機嫌の原因はお仕事関係かな。でもそこには立ち入らない。
「サーモンの香草焼きとかどうです? 北の海でとれるお魚の味には、負けると思いますけど……」
「おぉ香草焼きか? そいつぁ漁師焼きっつてな。懐かしいな。海ごとに味が違うのはあたりめぇよ。それ、もってきてくんな」
「はいっ……!」
そして一ヶ月がたちバイトを終え、僕はギルドの張り紙を見た。
――自由冒険者募集……!
・未経験者、初心者歓迎
・傷病保障あり
・魔法使いスキル優遇!
・調薬スキル、治癒スキル、鑑定スキル、大歓迎
◆
「あのね、ドリィくんは、きっとステータスが使えるようになると、思う」
「僕が……?」
「人によって違うけど、これは『呪い』みたいなもので、土地から身体に入り込むの……だから、個人差がある……」
僕は驚いた。
マリュシカさんの説明によれば、大陸の南部、とくに竜の尻尾という街から南のエリアは、太古の魔法使いの呪いで魔物がはびこり、魔法の能力が活性化するらしい。
だから、この街に来てスキルを意識するようになったんだ。
「なるほど、納得です」
「鑑定スキルを使うときに、イメージしてみて。目の前に、本のページを、絵みたいに、文字と一緒に、明確に浮かべるみたいに」
言われるがまま、もう一度。青銅の酒盃に意識を集中する。
「……んーっ……んっ?」
――ステータス――
レベル2:『道具の良いとこ発見!』による鑑定。
「視えた、視えました……!」
「その調子で……アイテムの特性が何か、具体的に視える?」
青銅の酒盃:美酒熟成……注いだ安酒でも一口目だけ美味しく感じる。
「わ、わかりました……すごい!?」
「ふふふ……その笑顔、よきよき」
こうして――。
気がつくと僕とマリュシカさんは、地下の倉庫で半日を過ごしていた。
昼ごはんを上のフードコートで食べて、ふたりで続きをする。
一日があっという間に過ぎていたけれど、アイテム鑑定はおおむね終わり、倉庫は整理もかなりできたと思う。
ギルドマスターにも喜んでもらえたのが嬉しかった。
それに、何度も繰り返すうち、僕のスキルもレベルアップしたみたいだった。
『道具の良いとこ発見!』は「レベル3」になった。
「マリュシカさんのおかげです。ほんとうに、ありがとうございました!」
「いえいえ、うふふ……」
「あの……」
「あの……」
お互いに同じ言葉を発して、思わず照れ笑い。
「もしよかったら、これからも、その……。パーティみたいに、僕を仲間にしてくれませんか? あっ、足手まといならいいんです。でも、マリュシカさんとなら僕……」
「はッ、はぅぁああああああッアッー……! 尊い、とおおぉとおッいいっ!」
「えぇ……!?」
突然、ギルドの片隅でマリュシカさんが叫んだ。
のけぞって天井を仰ぎながら顔を掻きむしるみたいに。
周囲に居た冒険者たちはあまり目を合わせようとしていない。
「もちろん、もちろんよ……! こ、これからもよろしくねドリィくん……!」
がっ、とすごい勢いで手を握られた。
「よかった……」
「えぇ、えへへ! これでもう仲間。と、ととっ、とも……だち……?」
マリュシカさんは僕を仲間にすると認めてくれた。仲間……! それは僕にとって嬉しい出来事だった。
「ハァ、ハァ……えへへ、それで、今夜……今から、ウチ……くる?」
すごい血走った目が眼鏡越しに見えた。
なんていうか、肉食獣みたいな……。
「……いや僕、帰らないと」
「そ……そ、そうよね!? いきなりは……アレよね、えぇ……」
「じゃぁ、また明日!」
「あ、明日……また」