世界で一番君が好き!
【エピローグ】
◆
「知ってるか? 昔いた獅子っていう野獣は、メスが狩りをするんだとさ」
リュヒカが肉を頬張りながら言った。
赤い鬣にカチューシャをしたワイルドな女戦士は意外にも博識だ。
彼女が腰掛けているのは、さっき仕留めたばかりの野獣、イノブー。
今日のクエストは、畑を荒らす季節性の害獣駆除。
大型の猪に似た魔物は三匹。血気盛んな若いオスだった。大きな群れから独立したばかりの若いオスは、時折人里で畑を荒らす厄介者だ。
「へぇ!? 女の方が強い獣って、なんだかかっこいいかも」
「……その間、オスは何をしてるんです?」
ミリカとマリュシカは炙った肉を食べながら、リュヒカの話に興味深げに耳を傾ける。
「オスどもは、何もせず寝ているらしい」
その答えに思わず顔を見合わせる。
働かないオス。狩りはメスがする。
なんだか今の自分たちの状況そっくりだ。
「きゃはは、ぐーたら夫か!」
リュヒカの答えに、他のメンバーから笑いがおこった。
レディースパーティ『ポイズンリリー』はひと仕事を終え、新鮮な肉でランチタイムと洒落込んでいた。
パーティのモットーは「冒険は日帰りで、楽しく安全に! 身だしなみと健康に気を使う」こと。
日帰りが基本なので、現場も街からほど近い。
リューグテイルの街から、乗合馬車で一刻ほど。南側の森を開墾した広大な平地。野菜を作付けした色とりどりの畑が広がっている。
キャベツとじゃがいもの畑に囲まれた小高い丘のような場所。そこにレディースパーティの面々総勢6名は陣取っていた。
クエストの内容は、農協から出されていた『畑を荒らす害獣の駆除』だ。
犯人はイノブー。野生の猪が魔獣化したものだがその突進力は侮れない。
「ミリカ、脚の調子はどう?」
おさげ髪をいじりながらミリカに問う。
「もう平気。いきなりダッシュでちょっと疲れたけど」
「そう。ならいいけど」
「ドリィには黙っててね。心配するから」
「……内緒にしておく」
初めての冒険を回想する。
見学だけの予定だったミリカであるが、三匹のイノブーの群れに遭遇した途端、状況が変わった。突然、ミリカに向かってイノブーたちが全力で突っ込んできた。
思わぬ野獣共の行動にパーティは不意を突かれた格好になった。
「魔獣共も新人に興味があるとみえる!」
冗談を飛ばしたリュヒカだったが、マリュシカは思い当たるフシがあった。
ミリカの腰のベルト。竜核の仕込まれた魔法のアイテムに反応したのではないか……と。かすかな不安が脳裏を過る。
ミリカは発情(?)したイノブーのオスたちに追い回されていた。竜核ベルトによる戦闘形態に変身する間もなく、いきなりの全力疾走を余儀なくされていた。
「いやぁあ……!? なんで!? 追いかけてくるんですけど!?」
「ミリカ! こっち!」
半泣きになりかけたミリカを救ったのは、パーティの要であるベテラン魔女のカイベルだった。
彼女は幻惑の魔法を展開し、イノブーたちの動きを直線から円を描くマラソンに変えた。
「今です、マリュシカちゃん!」
「りょ、了解っ! うぬぬっ」
マリュシカも遅れて『魔女の夜宴の分領境界』を展開。火炎の魔法を励起させ、イノブーの顔面を焼いた。酸欠になった一匹はそのまま倒れ込んだ。
そこへ弓使いの半獣人アララカイスが、矢を射って仕留め、二匹目も脳天を正確に射抜く。
「ナイス! あとはまかせな!」
最後は女戦士リュヒカが斬り込み、残る一匹と近接戦闘の末、心臓を見事に貫き絶命させた。
思わぬ乱戦となったが、仕事はあっけなく片付いた。
「いつもは探すのが面倒だが、向こうから集まってくれて楽だったな!」
ミリカとマリュシカは顔を見合わせた。結果オーライだが、無我夢中だったせいかどっと疲れが出た。その場に腰が抜けたようにへたりこんだ。
それでも二人はハイタッチを交わし、勝利の喜びを分かちあった。
ミリカの初陣は、逃げ回っただけに見えたが、結果的に囮として最も危険な役割を担ってしまった。魔物を一箇所に集め、勝利に貢献したことになるからだ。
三匹のイノブー討伐の報酬は一人あたり銀貨五枚ほどにしかならない。しかし、仕留めた野獣の肉や毛皮は、討伐者のものとなる。
「三匹でおそらく運搬費用を差っ引いて、金貨二枚ってとこか?」
「すごい!」
「そんなに……!」
討伐した野獣、イノブーの死骸は、血抜きをした後に魔法の水晶通信で手配した、運搬専門のギルドから荷馬車がやってきて運んでくれるという。
とはいえ、大型の野獣ともなれば脚の肉を少々頂いたぐらいでは、価値にさほどの違いはない。
そして――戦い終えてのランチタイム。
狩りたての生の肉を焼いて食べる女子会なんて、なかなか体験できるものではない。
ミリカもマリュシカも良く焼けた肉の美味さに感動を覚えた。
「美味しい……!」
「うん、格別ね」
食べてよし、売って良し。イノブー討伐は実に美味しい仕事となった。
リーダーの女戦士リュヒカを中心に、ベテラン魔女のカイベル、弓使いの半獣人アララカイス。それに荷物持ちのロンハンスが主要メンバー。今日はそこへミリカとマリュシカも参加させてもらっている。
ちなみに魔女のカイベルとロンハンスは既婚者で子供もいるらしい。
「ま、男なんて、普段はぐーたらでもさ。イザって時に役に立ちゃいいのさ」
酸いも甘いも知っているという雰囲気の大人の魔女、カイベルが炙った肉をナイフで薄く削ぎ落とし口に運ぶ。
「イザっていつだよ……?」
「そりゃぁ、夜だね」
厭らしい笑みを浮かべるカイベルに、ロンハンスとリュヒカが腹を抱えて笑う。
「ったく……。今日は純真な女の子たちが初参加なんだから、夜の部のネタはほどほどにしな」
呆れたようにリュヒカがたしなめる。
「いえいえ、ぜんぜん大丈夫です」
むっふふふと、むしろ身を乗り出すマリュシカ。
「……夜?」
ドリィは夜にも役立つよ。とミリカは想う。
いつも優しくマッサージしてくれるし。
ミリカは野獣の肉を頬張る。
イノブーの新鮮な肉を炙って、岩塩を散らしただけの肉はとても美味しい。
鉄臭い血の味も、少し癖の強い野生肉も、ミリカにとっは何もかもが新鮮だった。
「はぁ……」
思わず深呼吸するミリカ。マリュシカもうんっと伸びをする。
街の外に出たのはいつぶりだろう。
ふとミリカは目を細めた。
南方面には深い森が横たわっていた。秘密の遺跡、深淵へと続くダンジョンが、多くの秘密を抱えて眠っている。
北の方へ視線を転じると、壁に囲まれた街が見える。
ミリカとマリュシカが暮らしている街、冒険者の拠点、リューグテイルだ。
周囲に広がる麦畑、そして野菜の畑。雄大な開墾地は目にも鮮やかで、緑のパッチワークのよう。農家の家々が点在する風景は懐かしい故郷を思い起こさせる。
決して戻ることの叶わない故郷の村。
貧しく閉鎖的なあの寒村にくらべれはここは天国だ。街はいつも賑やかで、多少の危険はあるけれど活気に満ち満ちている。
少し郊外に足を延ばせば、見たこともない冒険のフィールドが無限に広がっている。
ここは、どこまでも自由。
冒険心と少しの決意があれば、どこへだってゆける。
「楽しい」
「うん」
心地よい風が吹き抜けて、ミリカの髪を揺らす。
マリュシカも静かに街に視線を向けている。
「ドリィ何してるかな……」
「鑑定、頑張ってるかしら」
考えていることは同じらしかった。
思わず見つめあい、すこし噴き出す。
「帰って今日のこと話さなきゃ」
「ドリィくんも来たいって言いますね、きっと」
「うん。次は一緒に来たいなぁ」
一緒にいたい。
ともに同じものを見て、感動して、楽しみたい。
二人は同じことを想う。
もし――
ドリィが私を鑑定したらどう見えるかな?
ドリィがあたしを鑑定したら何が見える?
たぶん、それはきっと。
世界で一番君が好き――、なんて。見えてしまうかもしれない。
「どうしたんだい二人して、顔が赤いよ? ははぁん。気になる子のこと考えてるんだね?」
ニシシと魔女のカイベルが図星を指した。半獣人アララカイスがぽん、と手を打つ。
「おー! アイテム交換所の彼かー、にゃははー!」
ミリカとマリュシカは慌てふためくが、ここは女同士。皆もうんうん、わかる……! と頷いている。
「次は一緒に冒険につれて行こうか!」
女戦士リュヒカが良いことを思い付いた、とばかりに目を輝かせた。
「え!? だってここ、レディースパーティですし……」
ミリカが驚きマリュシカに視線を向けた。すると何故かメガネの奥で目を見開いている。
「そうだわ……! 彼なら……ドリィきゅんなら……!」
「シシシ……! 良く気がついたわねマリュシカちゃん。そう……! うちはむさ苦しい野郎は厳禁のレディースパーティ。しかぁし、可愛ければ……許されるのさね」
立ち上がり力強く拳を握って訴えたのは、魔女のカイベル。
「無理を通して道理を引っ込めるというやつだ!」
はっはっは! とリュヒカも笑う。
ミリカはマリュシカの肩をつかんだ。その頬は紅潮し心なしか息も荒い。
「ま、まさか」
「そう! ドリィきゅんなら、女の子といっても通用するはずですッ! いや、むしろあたしより可愛い。可愛いは正義……」
カイベルに続いてマリュシカも立ち上がった。
「第二次性徴期に差し掛かった少年は実に魅惑的。まだ性が揺れ動く時期……。ゆえに下着を女物に変えることで、内股になる特性を秘めているのさ」
「なるほどです、先輩」
魔女のカイベルが余計な余計な入れ知恵をマリュシカに吹き込む。
どこかほの暗い魔女同士、なにか通じるものがあるようだ。魔女同士が意気投合、ガッチリと握手を交わす。
「そうと決まれば、ギルドに戻るとするか。うまく行けば次からは可愛い彼氏も一緒だぞ! ハッハッハ」
リーダーも爽やかな笑顔で親指を立てた。
「ちょっ……!」
「ギルドに戻ったら、ドリィ君を女装させてみないといけませんね……。きっと花も恥じらう美少女に大変身するはずです」
キリッとした顔でマリュシカが、メガネの端を指で持ち上げた。
「え、えぇーっ!?」
ミリカは思わず悲鳴をあげる。
ドリィが危ない。
逃げてドリィ!
いや……。でも見てみたい気もする。
前からちょっと思っていたけれど、ドリィが可愛い顔をしているのは間違いない。ミリカは見慣れているけれど、時々街ですれ違う人々が男女問わず「かわいい」と、思わず振り返ることがあるくらいなのだから。
「でも、うまく行けば一緒に冒険に来れるかも」
「マリュ……」
「そしたら、嬉しい」
「そうね、そうよね……!」
ミリカとマリュシカは微笑みを交わす。
一緒ならどんなに楽しいだろう。
二人で、いや三人でみる景色は、どんな感じだろうか。
考えただけもワクワクする。
「さぁ、いざギルドへ!」
◇
「……ぺくちっ!」
「君はクシャミも可愛いね」
爽やかな笑顔をみせながら、青年剣士さんがハンカチを差し出してくれた。アイテム受け取りカウンターごしに僕はそれをうけとって、お礼を言う。
「……すみません。だれか噂してるのかな」
「狙っている奴が多いからね……」
「はぁ……?」
狙う? 何を……あ、もしかして竜核ペレットを? ぬぬ、そうはさせない。僕がいる限り、ミリカの竜核ペレットは誰にも渡さないぞ。
今日は一人のアイテム鑑定カウンターだけど、しっかりしなきゃ。
「ふふ。あ、そのハンカチはこんど返してよ。一緒に食事でも食べながら」
「は、はい!」
優しそうなお兄さんという感じの剣士さんは、そう言い残すと去っていった。なんだかミリカをナンパする人と同じ感じがしたけれど、親切な人に対してそんなことを考えたら失礼だよね。
「……そろそろ帰ってくるかな」
時刻は三時をまわっていた。ミリカとマリュシカさんが参加したレディースパーティが帰還する時間帯だ。
と、ほどなくして戻ってきた。
リュヒカさんを先頭に全員が意気揚々とギルドの扉を潜った。
もちろん、ミリカとマリュシカさんも一緒だ。
その姿を見て、僕は心底ほっとしていた。
「おかえり、ふたりとも!」
<おしまい>
【作者よりの御礼】
最後までお読みいただきありがとうとうございます!
感想、ポイントなど頂き、大変感謝です。
物語はここで終わりますが、三人の人生の旅路は始まったばかり。
これから様々な経験をし、時には危機にも遭遇します。それでもドリィとミリカ、マリュシカの三人は力をあわせて乗り越えて、成長してゆくことでしょう。
もちろん、恋の決着もつけないといけませんが……w
ここまで読んでいたでき、本当にありがとうございました。
では、また。
4月から始まる新作でお会いいたしましょう!




