良いとこドリィの鑑定
◇
「では、拝見させていただきます」
僕は熟練冒険者のルーパーさんからアイテムを受け取った。
「見慣れぬ品でね、ドリィ君なら判るとかと思って」
「ありがとうございます。確かに珍しい形ですね」
「何に使うかさっぱりわからんのだ」
「うーん?」
僕にアイテムを鑑定して欲しいなんて光栄の極みだ。
ルーパーさんはAランク冒険者パーティ『暗闇放浪隊』のリーダーの戦士、点在するダンジョンを専門に攻略している。名の知れた冒険者さんなのだから。
「何か使い道がわかるかい?」
「調べてみますね」
両手のひらに収まる大きさのアイテムは不思議な形だった。複雑に曲げて丸めた金属の筒で、色は鈍い光沢を放つ銅色をしている。用途は不明。空気を吹き込めば笛になりそう。
「材質は不明。高度な加工技術から判断するに、いわゆるアーキテクト。太古の魔法文明の遺物であることは間違いなさそうですが……」
僕なりに見解を披露するとルーパーさんは腑に落ちたように頷いた。
「やはりな。実はそれは一ヶ月ほど前に『黄泉の虚穴』を下ったとき、第三層の隠し部屋で見つけた物だ」
「そこって、上級者向けのダンジョンですよね……。かなり強い魔物もいたんじゃありませんか?」
すると少し誇らしげにフードコートで食事中の仲間たちに視線を向ける。
「まぁな。先日のドラゴンほどじゃなかったが、タコじみた異形の怪物が守っていた。相当手こずったが……皆でなんとか倒したよ」
「流石ですね!」
「それほどでもないさ」
ルーパーさんもイヴォルヴァドラゴン討伐戦に加勢してくれた戦士の一人だ。最後まで粘って戦って、ガルドさんとミリカの「とどめの一撃」に繋げてくれた功労者だ。
「でも……。高難度のダンジョンで見つけたアーキテクト系アイテムとなると、公認鑑定師のリブラスルさんじゃないと鑑定書が出せないんです」
僕はまだ見習いで、アイテムの受け取り窓口をしているだけ。
鑑定は予備的な簡易鑑定に限られている。
つまり、正式な鑑定書を出せるわけじゃない。
「君で良いんだ。どうせリブラスルに見せても『金にはならん』だけで終わりだからな」
ルーパーさんが片目をつぶり、軽く微笑んだ。
少々に反応に困って苦笑を浮かべた僕は、「では、予備鑑定をさせていただきますね」と答えた。
アイテム鑑定カウンターには僕一人しかいない。
マリュシカさんは不在。
朝からミリカと、近場の冒険へと出向いたからだ。女の人だけのレディースパーティ『ポイズンリリー』の一員として。
ミリカは[マリュシカさんがいれば安心だし!」と言って意気揚々と出掛け、マリュシカさんも「ミリカさんと一緒なら出かけても良い……です」と、二人での参加の意思を示したからだ。
まぁ僕もその方がなにかと安心だし。
さて、鑑定スキル『良いとこ発見……!』
手のひらで包むように持ったアイテムに意識を集中する。
――賢者の金管楽器(パーツB):秘められし「知識の栞――チュートリアル」を読む事ができた者は幸運である。この楽器で奏でる壮大な曲への想いを馳せることが許されたのだから。
「……む、んー?」
相変わらず抽象的で難解。いつにも増して意味ありげでわからない。
「どうかね?」
「はい、金管楽器の一部みたいですが……」
「楽器か、なるほどそう言われれば」
「もう少しまってくださいね」
でも冒頭が気になる。今までにないパターンだ。
秘められしチュートリアルを読むものに向けて、まるで鑑定されることを前提に言葉が仕込まれていたように思える。
僕の鑑定スキルは真実を見抜ける。
お金に換算した価値はわからない。けれど、アイテムが持つ別の価値を知ることができる。
それはイヴォルヴァドラゴンと相対したとき証明された。隠された真実を見抜けるのだ。
だからきっと自信を持って良いはずだ。
さらに集中してスキルで深く読み解いてみる。
金管楽器のパーツに秘められし「知識の栞」の意味を紐解いてゆく。アイテムに挑戦状を叩きつけられたみたいな気するし。
――賢者の金管楽器(パーツB):(中略)~すべてのパーツを集め吹き鳴らせ。そして天使の楽譜を手に入れよ。吹き鳴らすのは優しき竜のブレスなり。奏でる音が閉ざされた地下迷宮に満ち満ちた時、新たなる世界への扉が開かれん――。
「なんだろう……これ」
「どうしたんだい、ドリィ君」
「いえ、実は不思議な言葉が見えて」
「ふむ? 聞かせてくれないか」
興味を持ったルーパーさんに、僕は鑑定結果の内容を、事細かに伝えた。メモをとりながら聞いていたルーパーさんは意外な事を語ってくれた。
「実は各地に点在するダンジョン、それも高難易度のダンジョンには、何もない層、最深部が存在する」
「何もない……層?」
「祭壇と広い空間だけで、宝物も無ければ魔物さえもでない。魔法の気配がするという者もいるが、仔細は不明。もしかするとこの楽器の一部は、そのさらに先の階層への鍵なのかもしれない」
「このパーツが鍵……。そうか、新たなる世界への扉が開かれんってところですね」
ルーパーさんは頷き、腕組みをして深く考えている。
どうやら大陸の南に広がる森にはまだまだ秘密が隠されているらしい。ダンジョンや遺跡は攻略し尽くされたと言う人もいるけれど、モンスターは湧き出してくるし、見知らぬ深い階層から持ってきたアイテムを保持している事もある。
「賢者の金管楽器のパーツを集めたら、次は『天使の楽譜』を見つける。そして楽器を吹き鳴らす『優しき竜』がいれば、扉が開くと言う解釈は実に面白い……!」
寡黙で真面目な戦士、ルーパーさんが目を輝かせた。
そして仲間たちに向かって手を振り上げる。
「こんな鑑定で良かったですか?」
銀貨何枚、金貨何枚か。アイテムの価値が僕にはわからない。
公認鑑定師リブラスルさんはその点、瞬時にアイテムの価値を、金貨や銀貨の重さに換算できるスキルを持っている。
「あぁ! いいとも、最高の鑑定だよドリィ君」
「そ、そうですか?」
ルーパーさんから話を聞いた仲間たちは、おお……! と怪気炎をあげた。
「伝承によれば、太古の魔法文明の遺物、アーキテクトには意味がある。一見するとガラクタでも繋ぎ合わせれば更なる世界への扉が開くかもしれないなんて……。最高に面白いじゃないの」
魔女さんがアイテムを眺めてうっとりすると、別の仲間がそれをとりあげて目を輝かせた。
「あぁ、実に興味深ぇ、面白い話だ」
「目的ができたな。単なる金稼ぎにも飽きてきたところさ」
仲間たちはみんな目を輝かせてた。
ルーパーさんはさっきと同じく、親指を立ててニッと微笑むポーズを僕に向けてくれた。
「金の価値じゃない。夢だよ! ドリィ君、君の鑑定には夢がある」
「夢……」
「そうさ、ロマンといってもいい。良い鑑定をありがとう」
ルーパーさんはがっしりした手で僕の肩を叩いた。
「は、はいっ」
そんな風に言われたのははじめてだった。
嬉しい。素直に嬉しい!
顔が赤くなるのが自分でもわかった。
意味のない鑑定だ、向いていないと言われていたのに。ちゃんと認められた気がした。
ここにいてもいいんだ、という気持ちになる。
もちろん、鑑定師への道のりは遠い。けれど着実に一歩、前進した気がする。
ミリカがついに自分の脚で歩きだし、街の外へと冒険に踏み出したように。
人見知りのマリュシカさんが、新しい仲間とともに再び冒険へと踏み出したように。
まだまだこれからがんばらなくちゃいけない。
ミリカと新しい暮らしを始めるためにも。
ギルドは今日も賑やかで、たくさんの冒険者たちが出入りを繰り返している。と、お客様が窓口へとやってきた。手にはアイテムを持っている。
「いらっしゃいませ、アイテムの鑑定ですね!」
<了>
次回、エピローグ。
ミリカとマリュシカの旅、そしてドリィを巡る二人の、心に秘めた物語をお届けします。
最後まで応援いただけたら幸いです★




