思っていたのと違う?
「どうかな?」
杖を片手にミリカは、はにかみながらスカートの裾をちょいと持ち上げた。
腰には完成したアイテム、幅広の革製ベルト。
角張った燻し銀のバックルは大きめでアンティーク調。バックル部分に竜核の粉を粘土と共に焼き固めた「竜核ペレット」が入っている。
「似合ってるよ、かっこいい」
「えへへ、よかった」
ミリカの服装は若草色のワンピースで、腰紐で結わえるスタイル。そこへ武器を装備するときに使う幅広のベルトをラフに重ねている。どこかアンバランスだけど、意外にもミリカに似合っていた。
今は静かな昼下がり。ギルドのフードコートは人もまばらで、アイテム鑑定所は開店休業中。
ミリカのためのアイテムの最終実験を行うにはもってこいだ。
「そろそろ効果が出てくると思いますが……」
マリュシカさんがメガネをくいっと動かした。魔女の杖を両手で掴んだまま、少し前かがみでベルトを注視している。
「あ……両脚がむずむずしてきた。暖かいお日さまに照らされているみたいな感じがする」
「効いてきたみたいですね。魔力はベルトのバックルの裏側から少しずつ供給されます。計算通りなら、内蔵のペレット一つで三年ぐらいは使えると思いますが……」
開閉機能のあるベルトのバックルには、粘土と共に焼き固めた竜核ペレットが入っている。
ついに手に入れた竜核の粉。
これをマリュシカさんが試行錯誤の末に、粘土と混ぜてコイン大に形成。いくつかの魔法術式を施した粘土を、クッキーみたいに焼き固めることに成功した。
見た目は大きめのコイン。分かりやすいように竜の顔を模した紋章を判子みたいに押してある。
これを最終的に三十枚ほど作ることが出来た。
残り物には福来る。この竜核ペレットには思わぬ効果があった。それは魔力の放射がマイルドになり、身体に負担がかかりにくいことだった。
竜核は魔力が強過ぎて毒性があると言われるけれど、これなら安全だ。それに竜核ペレット一枚で三年使えるなら、ミリカがこの先歩くのには困らないはず。
「歩けるかも」
ミリカが不意に杖を手放した。
「気を付けて」
僕が杖を受け取ると、目の前でミリカは自立。
そして慎重な足取りで一歩、二歩と脚を前に出す。バランスを取りながら、足取りも自然なものへと補正されてゆく。
「どうですか、足の感じは」
「いいかも……! 以前、マリュシカさんから魔力を貰ったときみたい! 地に足がついた感じがする!」
ミリカが笑顔で振り返りながら歩いてゆく。
フードコートの向こう側まで到着し、そこからやや早足で戻ってくる。
そして僕らの目の前でくるりと一回転。ポニーテールに結わえた赤毛が嬉しそうに揺れた。
「はいっ!」
「おー!」
「やりました!」
僕とマリュシカさんが思わず拍手。
よかった……!
ミリカはこれで普通に歩ける。僕にとっては感慨深い瞬間だった。そして思いのほかはやく、夢が叶ったことになる。
「調子は良さそうですね」
「うん! すごく快適……夢みたい!」
「良かったね、ミリカ」
「ありがとう二人とも!」
僕とマリュシカさんとハイタッチ。
「……でもここから本番です。ちょっと表に出ましょう」
マリュシカさんが先導してミリカと僕を表へと誘う。
実験はまだ半分だ。
日常生活には支障が無くなる。でもミリカは冒険に出掛けたいのだ。
そのためには更なる機能、生き延びるため、身を守る力。そして時には戦う力も必要になる。
ギルドの入り口を出ると大通りと広場になっている。
先日のイヴォルヴァドラゴンとの戦いが夢だったかのように、街も人も元通り。賑わいと人出が戻ってきていた。
特に昼下がりの街角は、買い物や昼食などをする人たちが大勢行き交っている。
それに日差しも強い。薄暗いギルドの巣窟から出てきた僕らは、思わず目を細めた。
「うぅ眩しい」
「ちょっと人通りが多いかも」
マリュシカさんとミリカが困惑気味に訴える。次の実験は少し広くて、人目につかない場所が望ましい。
「そうだギルドの裏手! あそこの馬屋なら今は空いてるかも」
「そうね、いきましょう」
ミリカとマリュシカさんと一緒に、ギルド脇の路地を抜け、裏手へと回る。ミリカの歩く様子は安定している。
「町を普通に歩けるなんて、久しぶり」
「うんうん、よかった」
ミリカの様子を見ていると僕も嬉しくなる。マリュシカさんも実験が成功して満足げに微笑んでいる。
「これで……冒険に行っちゃえますね……フフ」
ギルドの裏手についた。目の前にあるのは壁に囲まれた馬屋。馬車用の馬を繋ぐ飼育所で、いつもなら四頭ほどの馬が繋がれている。馬は朝からみんな出払っているみたいだ。
扉を開けて足を踏み入れる。
広さは十五メルテ四方ほど。建物の壁に囲まれた四角い空間は、ほんのり馬と干し草のにおいが漂っていた。
土がむき出しの地面の上には、干し草が所狭しと敷き詰められている。
「ドリィ、足元」
「うわっと!?」
気をつけないと馬の糞が落ちている。つれてきた自分がいうのもなんだけど、ミリカの実験をして大丈夫だろうか。
「干し草も敷いてありますし、石畳の広場よりは安全でしょう。では、始めましょ」
「はい!」
ミリカは元気よく返事をしたものの、戸惑う。
「で、どうするんでしたっけ?」
するとマリュシカさんはメガネを光らせて、ザクッと魔法の杖を地面に突き刺した。そして自由になった両手で、ミリカに動きのお手本を見せる。
「まずはバックルオープン! です」
マリュシカさんが横に銀製のバックルをスライドさせる仕草をする。ミリカも真似て留め具を外す。
「バックル、オープン……と」
するとカシャン! と音がしてバックルの正面部分がスライドした。元々は魔法のからくり時計のパーツで、銀細工工房のおじさんに頼んだところ、手空きだったお弟子さんがご厚意で加工してくれたものだ。
「おぉ開いた! 少し光ってますね」
ぼんやりと赤く光っている。竜核ペレットは竜核のように赤く脈動していた。
「銀細工の内側は魔法術式で被覆してあります。今からそのリミッターを一部解除します」
「は、はい」
ミリカも僕も緊張が高まる。
魔力のリミッターを解除し、竜核本来の魔力を解き放つ。それはともて危険だけど、ミリカの身体能力を一時的に高める効果があるらしい。以前、イヴォルヴァドラゴンを蹴り飛ばしたくらいのパワーが得られるはずだ。
「危険なので発動には条件があります。それは、ミリカさんの発した声です」
「声?」
「正確には声とキーワードです。身に付けた人間の発した声の振動、キーワードに反応するよう仕込んだ魔法術式が励起します。そして竜核のリミッターを一定時間解除する仕組みです」
マリュシカさんが説明する。逆光のせいで表情はよく見えないけれど、メガネだけが光っている。
「どんな感じでやればいいんですか?」
僕が尋ねると、マリュシカさんがポーズをとりはじめた。
「まずはこう!」
ばっ! と拳を握り、左右の腕を腰の位置で止める。気合いをいれるみたいな感じになる。
ミリカも見よう見まねで従う。
「こう……?」
「次にこう!」
右手をパンチするみたいに突き出して、手を広げる。そして時計回りに半回転。流れるような動きで左手も突き出してクロスさせる。そして、
「竜核変身、竜鱗魔法装甲形態!」
「りゅ……竜核変身……ドラ……」
「もっと気合いをいれて! じゃないと反応しないんです」
「は、はいっ!」
ポーズを似せてもキーワードがしっかり言えないとダメらしい。マリュシカさんの厳しい声にミリカも気合いを入れ直す。
ババッ! とポーズを素早く決めて、入魂。
「竜核変身、竜鱗魔法装甲形態!」
ベルトのバックルの輝きが増した。
「あっ……!?」
次の瞬間、まるで根を張るように赤黒い稲妻のような光がミリカの腰から両脚、腹、胸、腕へと広がってゆく。
そして光は秩序だった鱗のような紋様へと変化していた。
「で、できた……!」
「ミリカ、その姿……!」
薄い半透明の鱗がミリカの首から下の全身を覆っていた。キラキラと陽光を撥ね返す輝きは、まるで金属光沢のあるガラスの器のよう。
「それこそが竜鱗魔法装甲形態です」
マリュシカさんがしてやったり、という顔でメガネを指先で持ち上げた。
「なんだか、身体が軽い……!」
とんっ、と軽くミリカがステップを踏んだ。
ふわっとまるで鳥のように僕の頭よりも高く跳ねた。そして体重を感じさせなようなしなやかな着地。
数メルテを軽々とジャンプして見せた。
「すごい!?」
「魔力によって肉体は通常の二、三倍のパワーが出ています。もちろん、ミリカさんの肉体というより身体の表面に展開した擬似的な竜の鱗が、強化外骨格として作用し……」
「マリュシカさん……? なんだか話し方がのんびりに……」
ミリカが不思議そうに小首をかしげる。
「ミリカさんの認識能力も向上しています。おそらく時間感覚が倍ぐらいの速度に高まっているかと」
「それって……つまり」
「相手の攻撃が避けやすくなります」
マリュシカさんは杖の下で、地面に落ちていた小石を弾いた。魔法の力で相手にぶつける石つぶてだ。
ミリカはそれを難なく、片手で受け止めた。
「……ゆっくり。止まっているみたい」
「すごいや! これなら剣や弓、魔法の攻撃だって避けられる!」
「ドリィものんびり」
ミリカが微笑む。
「万がいち攻撃がヒットしても、竜鱗魔法装甲は魔法効果の軽減に加え、革の鎧よりは防御力があるはずです」
「すごい」
と、バックルの光が点滅し始めた。
「もう三分が経過したみたいです、そろそろ解除されます」
マリュシカさんの言うとおり、光が失われるとバックルが閉じ、ミリカの全身の紋様が溶けるように消えてゆく。
「あっ……」
ぐらり、とミリカが体勢を崩す。けれど転ぶ前に自分でなんとか立った姿勢を維持できた。
「解除後の反動も最小限のはずですが……大丈夫ですか?」
「うん、少し目眩がしただけ。でも平気」
どうやら実験は成功みたいだ。
マリュシカさんもホッとした様子で、そしてミリカは自信に満ちた表情だ。
「でも、マリュシカさん」
「なあに?」
「あの発動の掛け声と変身ポーズ……どうにかなりません?」
ミリカがおずおずと尋ねた。
「えー? 僕はかっこいいと思うけどな」
むしろ僕が変身してみたい。
「ドリィはそうかもしれないけど! なんていうか……考えていたのと違うっていうか……」
「あたしなりにミリカさんに似合うように最適化したつもりですが……」
「例えばその……魔法のステッキに竜核ペレットを仕込んで、こう……。きらきらっと変身するみたいなのがよかったなーなんて」
ミリカは少し恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「もしかして魔法少女……みたいなイメージがよかったですか?」
マリュシカさんがメガネを光らせた。
「……いっ、いえ。いいです。これで!」
ミリカは顔を真っ赤にしてうつむいた。
あぁ……そうか。ミリカはちいさな女の子に人気の挿し絵付き小説。魔法少女プリティポイズンをイメージしていたんだ。
「ミリカさんにはそれが似合っていますよ」
にっこり。
マリュシカさんは微笑んだ。
何はともあれ――。
ミリカはついに自由を手にした。
歩けるようになって、そして戦う力も手に入れた。
それは僕にとっては嬉しいと同時に、すこし不安な日々の始まりでもあった。




