未熟な二人の凸凹邂逅
突然地下室に現れた魔女さん。
どうやら彼女はとても内気な性格みたいだ。
僕と顔を合わせようとしないし、ぱっつんと切り揃えた銀色の長い前髪と、眼鏡の反射で表情もよくわからない。
でも悪い人じゃないのは確か。
だって鑑定スキル『相手の良いとこ発見!』で「子供が好き(男の子)」って出たのだから。
特に男の子が好きみたいだけど。まぁいいや。
「そうだ名前! 僕はドリィっていいます」
まずは自己紹介。
できれば知り合いになって、いろいろ話ができたらいいな。
魔法使いや魔女は、気難しかったり、最初から小馬鹿にしたりして見下してくる人が多い。でも、この魔女さんは優しそうな……。
「……ドッ! ド、ド……ドドド、リィ……くん」
「はいっ」
「……ドリィ……くん」
一瞬、超早口で『知ってる』と聞こえた気がする。気のせいかな……?
「そうです。こんにちは。あの……」
うつむいてしまった。
すごく照れ屋さんなのかな?
声がすごく小さいし、どもっていて聞き取りにくい。
チラッと僕の方を見たかと思うと、すぐにまた下を向いてしまう。なんだか顔が真っ赤だ。
「……ュ………………シカ」
「え……?」
「マっ……マリュシカ……」
名前だ、魔女さんの。
「マリュシカさんっていうんですね。えっと、マリュシカさんは魔法スキルが使えるんですよね!? すごいなぁ」
「……ん」
すると結構すばやくコクッと反応してくれた。ちょっと照れ臭そうに。
でも、ギルドでは見かけたことがない人だ。
紫マントと眼鏡という組み合わせ。たまにギルドの建物内で見かけた気もするけれど、気がつくとすぐに消えている。見かけたことがあるような、ないような……?
もしかして幽霊……? まさかね。あるいは倉庫の番人だったりして?
ギルドにいるということは冒険者。それも登録済みの、僕と同じパーティ参加希望者に違いない。
「…………………………」
「あの」
「…………………………ふへ……」
「……?」
僕に何か用があるのかな……と思って待っていたけれど、マリュシカさんは何も話しかけてこない。
壁際に立って、先端に赤い球体がついた杖を握りしめ、じっと佇んでいる。
ちょっと顔が赤くて息も浅く、短い。体調でも悪いのだろうかと心配になる。
「あっそうだ。僕アイテム整理のバイト中なんです。アイテム鑑定士を目指してて……でもぜんぜんダメで。あ……あの。何かあったら声をかけてくださいね」
一人でしゃべってみたけれど、あまり反応がない。
とりあえず、仕事を続けることにする。
手に取った水晶を眺め、鑑定して分類する。
スキル『道具の良いとこ発見!』はポンコツで使いにくい能力だ。けれど壊れているか、使えるかぐらいは判断できる。
「これは、まだ使える……っと」
地下の倉庫で、黙々とアイテム整理を続ける。
でも、ずっと壁際に立って、じーっとしているマリュシカさんが気になる。
「……んふ……ふっ……」
鼻息だろうか。時々、荒い息が聞こえてくる。
それにだんだんと視線を感じるようになってきた。
マリュシカさんのほうを振り向くと、ぱっと視線を外す。でも、こっちを見ているのは明らかだった。それにじーっと見ている時間が次第に長くなっている気がする。
ていうか、もう僕しか見ていない。
眼鏡がこっちを向いて、狭い地下室を移動すると同じ方向を向いてくる。
「…………」
むしろ完全にガン見されている……!?
なんともいえない気まずい空気が流れる。
見た感じ、マリュシカさんはすこし年上だろうか。
僕よりも背もすこし高い。マントから見え隠れする服は白地に赤い不思議な紋様が描かれたワンピース。腰にはベルトや腰ひもが幾重にも巻かれていて、草っぽいものや、動物の骨っぽいもの、何か魔法のアイテムらしきものをぶら下げている。
「…………いい……」
「いい?」
「……かわいい……」
むふぅと、薄い唇を「U」字に曲げた。内股ぎみに杖に寄りかかりながら、くねくねと身もだえしている。
――えぇ……?
どう反応していいか戸惑う。ちょっと怖い。話しかけようにも、そもそも会話がなかなか成立しない。
友達のミリカなら一方的におしゃべりをしたり、うるさいくらい話しかけてきたりする。それに慣れているので、無口な相手にはどう話しかければよいか悩んでしまう。
「えと、僕……」
「……お、お金……! ほ、欲しい?(モゴモゴ……)」
突然、声をかけてきた。
お金?
欲しいかと聞かれたらそりゃぁ、欲しいけど。
きっと僕のバイトの金額は幾ら? と尋ねたいんだ。
後半はモゴモゴして聞き取れなかったけど『脱いで』というのは聞き間違いに違いない。
「アイテム鑑定のバイトは、一日で銀貨一枚です。あとは歩合制で……。鎧を組み立てると銅貨がもらえるんですよ。安いけど僕……スキルがまだレベル1扱いで」
今度は僕がうつむいてしまった。
「……そう」
「昨日、せっかく連れていってもらえたクエストでも役に立たなくて、失敗しちゃったんです」
僕はつい話していた。黙って聞いてくる相手に、自分のことを話しても迷惑なだけなのに。
「……ド、ドリィ……くん。見せて……。き、君の……」
はぁ……と深い息を吐くマリュシカさん。
見せる?
スキルのことかな?
ギルドで魔法使いや魔女は上級職。魔法が使えるだけで重宝されパーティからはひっぱりだこ。
魔法スキルは評価される。そんな凄い力をもった先輩が、僕のスキルを見たいと言ってくれている。
「ちょっと恥ずかしいですけど……、見ててください」
「……いっ、いいの……おぉお?」
マリュシカさんがらんらんと眼鏡を輝かせる。
そんなに見たいのかな?
たいしたスキルじゃないけれど……。
手近にあった水晶を持ち上げる。
黄色っぽくて中に不純物が交じっている。あまり価値の無さそうな、一部が欠けた水晶だ。
スキル『道具の良いとこ発見!』。
黄色水晶A――秘めたる情熱
なんの意味だろう? やっぱりうまく鑑定できない。
「……僕の鑑定スキルだと、この水晶は『秘めたる情熱』っていう感じに視えるんです」
「……えっ?」
マリュシカさんは少し驚いた様子だった。
ぶるぶると頭を左右に振り、ぱんぱん、と自分の頬を軽く叩く。
『――危うく人の道を踏み外すところだったわ……! 可愛いドリィくんを目の前に、あたしったら我を忘れてた……! お金で自分のモノにして裸を見せてとか……! 普通に犯罪よ!? もうすこし仲良くなれば自然に裸ぐらい見られるのに、あたしのバカ……!』
息を吸い込んで、深呼吸。
眼鏡をすちゃりとかけ直した。
「え、えぇ……? 今の……呪文ですか?」
超高速の早口で、ぜんぜん聞き取れなかった。
すごい、さすが魔女さんだ。
「……ドリィ……きゅんっ……」
マリュシカさんが近づいてきた。
ずん、ずんずずんっ、と眼鏡を光らせながら。
思わず後ずさりそうになるけれど、それは失礼だ。黄色い水晶を握りしめたまま僕は身を固くする。
「……その水晶……」
「え?」
マリュシカさんが手元の水晶を、指差した。
「……太古の魔法が……残ってる……。人造水晶。銀色の交じり物は……インクルージョン金属で、可燃性の爆裂魔法……内包してて……外部から魔法……刺激で、爆発する」
「えっ!? 爆発系魔法のアイテム!? すごい!」
驚いた。本当なら銀貨三枚位の価値がある。僕は手元の水晶を眺め、そして顔をあげた。
「……近っ! まつげ長っ……!」
マリュシカさんが慌てて一歩飛び退いた。
「あ、ごめんなさい。あの、マリュシカさんも鑑定できるんですか……?」
「……できない。鑑定スキルは無い。でも……本で読んだ知識と、感じた魔法の波動で、たぶん、それかなって……」
「すごい! すごいですねマリュシカさん!」
『やばい。ドリィきゅんのキラキラした瞳、ヤバイ』と超早口で。これははっきりと聞こえた。
「……き、きみの……。ド、ドリィくんの、鑑定スキルは……しゅてき」
「しゅてき……?」
「し、詩的……というか。当たらずとも遠からず……だと思うの」
黄色水晶A――秘めたる情熱
「……あ……!」
秘めた、情熱。
秘められた、太古の魔法。
情熱は、熱、炎、爆裂の魔法。
つまり、ちょっとかすっている?
「……あの、ふ、ふたりで……いいい、いっ、いっ……いっ」
「一緒に、アイテム鑑定、手伝ってください!」
僕は思わずマリュシカさんの手を握っていた。
そうだ、この人とならスキルを鍛えられるかもしれない!
「――んほぉおっ!? 手ッ、手ぇぇえぁアッー!?」
ビクンと痙攣したかと思うと、マリュシカさんがのけぞって倒れた。とっさに手を掴んでいたので頭を床にぶつけずに済んだ。でも大慌て。
「わぁああっ!? マリュシカさん!? だだ、だいじょうぶですかぁあ!?」
◇