パーティからのお誘い
「ドラゴンの血肉は価値があるって聞くけどよぉ、ぜんぶ灰になっちまっただろ」
「骨なんて金になるのか?」
「記念に部屋に飾っておきゃぁいいさ」
アイテム鑑定カウンターの前が賑やかになった。イヴォルヴァドラゴン討伐戦に参加した面々が、集まってきたからだ。
「俺様は頭蓋骨をいただくぜ! 角の生えたドラゴンヘッドなら、舞台衣裳に使えそうだからな!」
一際騒がしいのはガルドさんだ。旧パーティメンバーとは仲直りしていないらしく、別の冒険者達と騒いでいる。
僕はカウンターの内側の席に座っていた。
ミリカも特別ゲストとして隣に座っている。すると早速、女戦士さんと魔女さんが話しかけてきた。
「ドリィくんの彼女さんだよね?」
「先日の活躍、みたよー」
筋骨逞しい銀髪の女戦士さんと、のんびりとした話し方をする魔女さん。ギルドのBランクパーティ。たしか『ポイズンリリー』だ。
「ど、どうも。ミリカです」
「かわいい……! ねぇねぇ、ミリカ! 脚が治ったらうちのパーティに入らない?」
元気な女戦士さんがミリカを誘う。
「えっ!?」
思わぬ申し出に驚くミリカ。僕に視線を向けてどうしよう……と戸惑っている。
「あたしはリュヒカ! この娘がカイベル。うちのパーティはさ、レディースだから安心して。女の子だけなんだ! ギルマスさん公認でさ」
「レディース……パーティ?」
「そ! ほら、獣みたいな野郎ばかりのパーティなんかに入ると、何されるかわからないじゃん?」
ジト目になり、ちらっと背後に集まったギルドメンバーに視線を向けるリュヒカさん。
「は、はぁ……」
「なんだとリュヒカてめぇ!」
「誰が獣じゃ!?」
「おまえらだよ! ばーか」
「きゃははー」
銀髪の女戦士と魔女さんが、むさ苦しい男どもをからかう。
向こうで心配そうにこちらを見ている荷物持ちや弓使いの女の子も、リュヒカさんのパーティメンバーなのだろう。
確かに、女の子だとちょっと見知らぬ人たちとの冒険は心配だ。
実際、女性メンバー大募集! というパーティは多い。
女性の冒険者比率は四割ほど。でも、どうしても参加した女性メンバーを巡っての色恋沙汰や、メンバー同士のいざこざの元になることがある。
その点、Aランクパーティの『蜜と薔薇』なんて、ハードな男性だけで構成されたパーティだ。僕を誘おうとしてくれたメンバーもいたけれど他のメンバーから、「ドリィ君はダメだ、可愛すぎるッ! 我慢できなくなる」と釘を刺されたみたい。何を我慢するのか意味がわからなかったけど……。
「ミリカ、冒険したいんでしょ。脚が治ったらでいいなら、参加の予約をさせてもらったら?」
「ドリィがそういうなら……」
「おぅ、彼氏公認?」
「うらやましー、仲良しー」
「頼んじゃいなよ、ミリカ」
「お願いします! 私も連れていってください!」
「そうこなくっちゃ!」
リュヒカさんがミリカと握手を交わす。これで契約成立。
正直なところ、リュヒカさんのレディースパーティならミリカでも安心だと思う。日帰り冒険のクエストを選ぶし、近場で危険度の少ない冒険を楽しんでいる印象だから。
「わ……わたしも、以前お世話になったことが」
後ろの方で声がした。
「マリュシカさんも?」
彼女は大勢の人が集まってきた時点で逃走。部屋の隅っこの椅子に腰かけて、魔導書を盾のように広げ顔を隠している。
「マリュシカちゃんやっほー。アイテムカウンターに引き込もってばかりいないでー。ミリカちゃんと一緒にー、こんど行こうよー」
「……うぅ、考えてみます」
魔女の先輩格、カイベルさんのお誘いだ。
ミリカと一緒にマリュシカさんもいくなら、もっと安心だ。でも、アイテム交換所が僕一人になっちゃう……?
「はーい! 注目ぅ!」
ギルドマスターさんがぱんぱんと手を打ち鳴らした。
ガルドさんにも負けないくらい背が高いので、注目も集まりやすい。騒がしいギルドのフロアが静かになった。
「先日のドラゴン討伐戦はお疲れさま。ドロップされたアイテム、竜の骨と竜核について、みんなにお話するからよく聞いてねぇん」
力強い声がギルド一階フロアに響く。
「公認鑑定師のリブラスルと、見習いながらも大活躍してくれたドリィくん。二人の鑑定を基に、関係各所と協議の上、アイテムの価値を積算したわ」
「もったいぶるな! 幾らなんだよ!?」
ガルドさんが腕組みをしてふんぞり返り叫ぶ。空気を読まないのは相変わらずだ。
「慌てるナントカは貰いが少ないってね」
ギルマスさんの一言に笑いが起きる。
そしてアイテムカウンター脇、クエストの依頼が張り出されているコルクボードに一枚の紙を張り付けた。
そこには買い取り価格が書かれていた。イーウォン商会のサイン入りだ。
「回収されたドラゴンの骨は、総重量百八十トロン。知っての通り1トロンはワインの入った瓶と同じ重さ。竜の骨1トロンあたり……金貨三枚の価値があるそうよ」
「……ってこたぁ金貨540枚?」
「お、おぉおお!?」
「すげぇ!」
ギルドのフロアがどよめいた。
「竜の骨は、魔法薬の原料としての引き合いがあったわ。傷の急速回復のための最上級ポーションに加工されるそうよ。他にも精力剤や化粧品……ありとあらゆる用途が期待されるわ」
竜の骨自体は、使い道がない。すり潰して粉にして、魔法薬の原料として使われる。
この町でも加工出来る魔法薬術師はいるけれど、二樽でも入り切らない量の骨なんて、処理しきれない。
「察しのいい人ははわかってると思うけど。これは原料としての価格。いわゆる素材価格ってことね。売れた分は、みんなの働きに応じて平等に分配するわ。骨はイーウォン商会を通じて、魔法薬術士の大勢いる王都に販売、魔法薬として加工して使われることになるわん」
「あの……末端価格でどれぐらいに?」
僕はつい尋ねてしまった。
「そうねぇ、おそらく十倍。金貨5千枚ぐらいにはなるでしょうねぇ」
ざわざさとフロアが騒がしくなった。しまった。余計なことを聞いちゃったかも。
まじかよ!? と叫ぶ声がして不満を口にする人もいる。
ガルドさんは「まったん?」という顔だ。
原材料の素材価格と商品になってからの販売価格とでは意味が違う。
アイテムには原材料費にその輸送や加工費用、中間利益やら何やらが上乗せされるのだから十倍の価格差は仕方ない。
「農家で育てたお野菜は銅貨一枚。でも運んでお料理してシチューにしたら銅貨五枚。それと同じことですね」
「そ! 聡明なドリィくんの言う通り!」
ぱちん、と指を鳴らすギルマスさん。
「……確かにな」
「俺らじゃ骨なんて、どうしようもねぇからな」
僕のたとえ話で、みんな納得してくれたみたいだった。
「さて。次は竜核のほうだけど……。重さは約1トロン。これには強い魔法毒性があって危険だから、今はあそこの壺に入れてあるわ」
竜核は陶器の壺に納められ、アイテム交換所の棚に置いてあった。
皆が視線を向ける。ぎょっとして一歩下がる人もいた。怖い魔力が秘められていることはみんな知っている。
「で、いくらになるんでぇ?」
「百年に一度、手に入るか入らないかの貴重なアイテムよ。魔法に通じた人間なら、十分の一トロンで金貨百枚、もっと払っても構わないというでしょうね」
「おいおいマジかよ」
「あれで金貨千枚分か!」
「そんな値段で売れるのかよ!?」
「竜の骨より価値がたけぇのか……!」
再びギルド内がざわつく。
「でも、それはきれいな状態であれば……のはなし。ウチで回収したのは砕けて粉々なの。比較的形を保っている部分ごとに、買い手を探しているわ」
なぁんだ、という落胆の声があがる。
「イーウォン商会を通じて、すでに王都の魔法協会や、名だたる魔法師たちから引き合いがあるらしいの。買い手がついて、取引が成立次第、利益は皆に配分するわ」
ギルマスさんは説明を終えると、自分のサイン入りの権利書を、ギルドメンバーたちひとりひとりに手渡した。
換金が出来次第、分配率に応じて金貨・銀貨を支払う。
そう明記されている。
僕とマリュシカさん、そしてミリカにも手渡してくれた。
必ず換金できるとあって皆は納得、安心する。
解散となったあとで、ギルマスさんが僕とミリカに近づいてきた。
周囲に聞こえないように顔を近づけてきた。
「さてドリィくん。ミリカさんは竜核が必要だって、マリュシカさんから聞いているわ」
「はい……」
「さっき聞いての通り、竜核の体の良いの状態の塊にはじきに買い手がつくわ。けれど壺の底に溜まった、竜核の小さな破片はノーカウント。よかったら使って頂戴」
「ギルマスさん……!」
「ありがとうございます!」
「ただし、条件があるわ」
「条件……?」
ごくり。
ちょっと警戒する。
何か無理難題を吹っ掛けられるのだろうか。
ミリカの脚を治すアイテムを何としても手に入れたい。そのためなら無理難題も受けてやる。
「ドリィくんは、これからもウチのギルドで働くこと。ミリカさんもメンバーとして正式登録。キリキリ働くこと」
条件、それは嬉しいことだった。
ギルマスさんから言われたからには責任も伴う。
「はいっ! これからもしっかり働きます」
「よろしくおねがいします!」
「うむ、よしよし」
こうして――。
竜核の欠片を手に入れた僕らは、マリュシカさんの全面協力のもと、ミリカが安定的に歩けるようなアイテムの制作にとりかかった。
ベルトのバックルにする銀細工は、マリュシカさんの魔法の時計の一部を借りて、下宿先のおじさんに加工を頼むことにした。それは数日で仕上がり、竜核の粉がベルトのバックルへと嵌め込まれた。
並行して、竜核を使った身体への影響も調べた。
ミリカの身体に近づけ、脚が動くギリギリの量を計測。バックルに仕込み調整する。
そして、ミリカのためのベルトが完成した。
「ついに完成……」
「やりましたねマリュシカさん」
「というわけで、ミリカさんに今からいろいろテストしてもらいます」
マリュシカさんがメガネをキラリと光らせた。
「わ、わかりました……!」
<つづく>




