友達のために出来る事
朝一番にギルドに出勤、そして掃除。
いつもの日常が戻ってきた。
ご近所のおばさんたちとの朝の掃除を終え、給湯スペースでお湯を沸かす。お湯が沸いたらカラス豆のお茶を淹れる。
今朝は背伸びして大人のお茶を試してみる。
二つのカップにお茶を注ぐ。黒っぽいお茶は香ばしくて良い匂い。
熱いカップを二つ持って、アイテム鑑定コーナーのカウンターの定位置に座って、ほっと一息。
「うぇ……苦い」
やっぱり僕にはカラス豆のお茶は早かったみたいだ。お陰で目が覚めたけど、ちょっと苦い。
もうひとつのカップはマリュシカさん用。そろそろ来ると思うので朝の一杯にどうぞ、と。
朝のギルドはまだ静まり返っている。
嫌でも夕べのことが思い出される。
ミリカとは昨夜いろいろと話をした。
――私、冒険にいきたいの……!
ミリカはそう言って瞳を輝かせた。
ミリカの脚を動かす方法が判明した。それは竜核に頼り魔力を得てスキルを発動しつづけること。
脚が動けばあとは自由だ。
ギルドに名を連ねる冒険者たちと一緒に、森や遺跡を探検したい。アイテムを見つけてお金を稼ぎ、もっといい部屋に住みたいとさえ言った。
自由に冒険し、広い世界を見てみたい。
それは一見すると誰もが抱く夢だ。
でも、僕は両手を上げて賛成はできなかった。
竜核に頼る事はミリカにとっては危険を伴う。代償を支払い、命を縮めるかもしれない。
いや……違う。
本当の気持ちは、もやもやの核心はそこじゃない。
僕は……。
ミリカが遠くへ行ってしまうのが怖いんだ。
どこか知らない場所へ、知らない誰かと。
それがたまらなく嫌なんだ。
それに気がついたとき、自分がとても卑怯で矮小な人間に思えた。言いようもない苦しさを感じた。
だから一睡もできなかった。
ミリカも悶々としていたらしく、寝息をたてはじめたのは朝方になってからだった。
遅くまで語り合ったせいで今朝は寝坊し、ミリカはあとでギルドに行くといっていた。
僕は苦いお茶を流し込んだ。
「あらん、ドリィ君は今朝も早いのね、感心感心」
「あ……おはようございます! ギルマスさん」
ギルドマスターさんも朝は早い。そろそろ登録メンバーさんたちも出勤してくるけれど、大抵は一番乗り。
「今朝はミリカちゃん、一緒じゃないの?」
「少し遅れて来ます」
「そう? 今日はね、先日の分け前をみんなにあげるから、主役がいなきゃ困るわよん」
「はい……」
「お楽しみにね」
イヴォルヴァドラゴン討伐戦。
その報酬がもらえるなんて嬉しい。アイテムか換金した現金か。どちらかを選べるらしい。
みんなは現金だ! と言っていたけれど、僕はミリカのためにアイテム――竜核そのものが欲しい……はずだ。
魔力を放射する貴重な魔石として。それはミリカにとって毒にも薬にもなる。
僕にはそれをどう使えばいいのか、思い付かない。
けれど、マリュシカさんは「考えてみる」と言ってくれた。
そういえば、そろそろマリュシカさんも出勤する時間なのに、今朝はまだきていない。
「マリュシカさん、遅いな……」
お茶を淹れるのが早かったみたいだ。
やがて、ガヤガヤとギルドのフロアが賑やかになってきた頃、マリュシカさんがようやくギルドへとやってきた。
「あ、マリュシカさんおはようございま……す?」
「はぁ、はぁ……」
「どうしたんです? 朝からそんな大荷物を抱えて」
「うん。色々調べ物してて」
いつもの紫色の魔女装束に身を包んだマリュシカさんだけど、今朝は両脇に何冊もの魔導書を抱え、背中には何か風呂敷包みのようなものを背負っていた。
「どっこいしょ」
魔導書や荷物を受付カウンターの天板に下ろすと、素早く受付カウンターの内側へ。
「これ、どうしたんですか?」
「ドリィくん! 竜核はたぶん大丈夫。ミリカちゃんの脚、うまく動かせそうなの」
「えっ!?」
思わぬ報告に僕は声を上げてしまった。
「むふん」
マリュシカさんは興奮した様子でメガネのレンズを光らせる。透かして見えた目の下にはくまができている。徹夜で調べてくれたのだろう。
「でも竜核には代償、副作用もあるって……」
マリュシカさんは僕の横にある、もうひとつの椅子に腰を下ろした。
お茶に気がついて、一気に飲み干す。
「っぷぱ! 美味しい……! ドリィきゅんエキス入りのお茶ね……」
「そんなもの入っていません」
「ほろ苦い青春の味……」
「熱いの淹れてきましょうか?」
なんだかんだでいつもの調子にほっとする。
「ううん、それより! これ太古の邪悪な魔導師、アルガイブスの書なんだけど」
忙しくなる前にとばかり、分厚い魔導書を開き、パラパラとめくる。何冊も抱えてきた魔導書には付箋がいくつも挟んであった。図入りだけど文字が反転していたり、血のようなシミがついていたりして怖い。
「なんだか禍々しい本ですね……」
「平気よ。ここ! ここらへんに書いてあるの。『高純度の竜核を被験者に埋め込んだ結果』ってあたり」
「埋め込んだんですか!?」
「しっ! この魔導師、大昔に王宮から追放された危ない人なの。いろんな人体実験をして追放されて……森の遺跡の奥で、魔物の研究をして……。それで竜核の実験もしたみたいなの」
マリュシカさんが声を潜める。おでこが触れるくらいの距離で本を覗き込む。
「すごい。ヤバイ人だ」
「えぇ。でもお陰で竜核の影響がはっきりしたわ。直径三センチメルテの竜核を人間の体内に入れ、魔導竜化人間を造り出したの」
「魔導竜化人間……!?」
一瞬、ミリカの脚に浮かんだ竜の鱗のような紋様を思い出す。
「記録によれば、48時間で肉体崩壊。フルパワーで二日間、魔物との戦闘を繰り返して……粉々になったみたい」
「ふ、二日!?」
「竜核の放つ魔力の出力と、肉体が負荷に耐えられなかったみたいね」
「やっぱり危険なアイテムなんですね」
代償が大きすぎる。使いはじめて二日で身体がバラバラになるなんて。
「ドラゴンの魔力の結晶ですからね。それだけ強い効果があるの。だから邪悪な魔導師アルカイブスは、同じような実験を何度か繰り返して力を引き出そうとした。そして、ついに見つけたの」
マリュシカさんは別の本を開いた。
さっきとは違う雰囲気の、アイテムのイラストが描かれている図鑑のような本だ。あるページを開いて僕に向ける。
「安全に長期間に亘って、竜核を使う方法」
そこには大きな銀のバックルのついたベルトが描かれていた。なんて書いてあるかは読めない古代の文字で、注意書きらしきものもある。
「これってベルト?」
「そう。肉体の中心、人間の七接点、センブスコアの中心に近い腰に竜核を仕込んだベルトを巻くの」
「体内に埋め込むんじゃないのですね?」
「それは危険すぎてだめ。使い捨ての魔導兵器なら別だけど」
ミリカはそんな恐ろしいものじゃない。
自由に歩けるようになって、寿命が縮まないような安全性が第一だ。
「だから、このベルトの銀のバックルの内側に竜核を格納。放射される魔力を減衰させるの」
「なるほど! 銀は魔力を遮断できるから……」
「ご明察。ドリィくんのいうとおり。竜核を銀で被覆して、魔力を遮蔽。でも少しずつ魔力が漏れるように厚さを調整する。そして」
次のページをめくる。
銀のバックルには仕掛けがあった。スライド式で動く魔法の仕掛け。それで一部が開閉し竜核を露出。魔力をより多く解放できるようになっている。
「これで一時的に強くなるってことですか?」
「一種の安全魔法ね。五分たったら強制的に閉じる仕掛け。そうすると、身体への負荷も被爆も少ない」
「トータルで48時間使いつづけない限りは安全……ってことですか?」
「本を読み漁る限りは。多少の個人差はあると思うけれど、理論値ではそうなるわ。半分の一日、24時間までは大丈夫と仮定すると……一回あたり五分として……」
「えぇと一時間換算で12回、24時間換算で288回」
「賢い……! ドリィくん」
マリュシカさんが頭を撫でてくれた。嬉しい。暗算は得意なんだ。
「竜の力で跳んだり跳ねたり、この前みたいに強くなる回数は、288回までなら大丈夫ってことですね!」
「そう!」
「やった! ありがとうございますマリュシカさん!」
僕は思わずマリュシカさんの手を両手で握りぶんぶんと上下に揺する。
「うふふ。というわけでね。ベルトはなんでもいいし、銀の細工は家にあった魔法のカラクリ時計を分解して使えそうだから持ってきたの」
風呂敷包みを開くとそこには魔法の時計があった。
魔石が内蔵されていて、時間を文字盤で教えてくれる。高価な魔法のカラクリだ。これはお金持ちじゃないと買えないはずだけど……。
「だ、だめですよ! これマリュシカさんのでしょ!?」
「いいの。ミリカさんがこれで元気になるなら」
「あいつは元気ですよ」
むしろ……今のままでもいいくらい。
「……? どうしたのドリィくん」
「いえ。あの……どうしてマリュシカさんは、こんなに親身になってくれるんですか?」
ミリカはマリュシカさんにとっては他人のはず。僕を介して知り合っただけで。ここまで一生懸命してくれる道理もないはずなのに……。
「と……友達だから。ドリィくんの大切なひとは、あたしの友達でもあるの」
少し照れ臭そうに微笑む。
「マリュシュカさん……!」
そうか。
友達。
簡単なことだ。ミリカは僕の一番の友達。
だから出来ることをしてあげたい。マリュシカさんは一生懸命、何も迷うことなく最善の方法を考えてくれている。
なのに僕がうじうじ悩んでいるなんてバカみたいだ。
友達のために出来ることをする。
それでいいんだ。
ギルドが次第に賑やかになった。
そしてしばらくするとミリカがやってきた。
「ドリィくーん! 彼女さんがきたよぉ」
女戦士のリュクシアさんがミリカをつれてきてくれた。
「遊びにきたよ」
「いっらっしゃいミリカちゃん」
ミリカとマリュシカさんはぺしぺしと手を打ち合わせ、挨拶を交わした。




