手に入れた竜核の効果
イヴォルヴァドラゴンから得られたドロップアイテム。それは大量の『竜骨』と少量の『竜核』だった。
かき集めた『竜核』は拳ほどの塊と無数の破片で、黒曜石のような光沢がある。特徴的なのは赤熱した石炭のような光が、内側でゆっくりと脈動していることだ。
「まるで生きているみたい」
「竜の生命力の源ですからね。脳や心臓とは別に、永い年月をかけて体内で魔力が結晶化して生成される魔法器官……らしいのですが、実物を見るのは初めてです」
マシュリカさんも興味津々といった様子。メガネをくいっと動かして身を乗り出している。
「あっ……」
「ミリカ?」
「また脚が動くようになったよ! さっきマリュシカさんの魔法の結界にいた時に似てる」
「ほんとに!?」
隣に座っていたミリカは膝に手を添えている。
「おそらく、竜核が近くに来たためでしょう。魔力の放射を浴びただけで、結界内にいたときと同じ効果があるなんて驚きです」
マリュシカさんも驚いた様子でミリカに持論をのべる。
「不思議、暖炉の側にいるみたいな暖かい感じがする」
竜核が秘めた魔力に反応し、脚に力が戻ってきたみたいだ。ゆっくりと力をいれて立ち上がると、脚の感覚を確かめる。
近くにあるだけで効果があるなんて、『竜核』はすごいアイテムだ。
ミリカのために少し分けてもらえないかな……。
するとギルマスさんがギルドメンバー全員を見回しながら、ぱん! と手を一度打ち鳴らした。
「はーい。というわけで、これは超貴重なアイテムですからね。一旦ギルドで預かることにするわ」
ですよね……。お金じゃ買えない貴重なもの。
鑑定だけでもしてみたい。
「……と言いたいところだけど。本来は討伐パーティの所有物。だけど今回は複数パーティのレイドによる討伐戦。そして戦利品は粉々で、破片というわけで……。うーん、悩ましいわね。優先権はとどめを刺したガルド君と、そこのミリカさんにあるんだけど……」
「えっ!?」
突然指名されたミリカが驚きの声をあげた。
ミリカに所有権!?
僕も思わず身を乗り出す。
「私……ギルドメンバーじゃありませんけど」
「じゃ、ドリィくんの身内の協力者ってことで。ギルドメンバーとして分け前を貰う権利があるわ」
「『竜核』を少し分けてもらえるんですか!?」
「当然よ」
ギルマスさんが僕らにウィンク。
割れててもミリカにとっては意味のあるアイテムだ。
僕らは思わず飛び上がる。
「やった!」
「よかったねミリカ!」
ミリカとマリュシカさんと互いにハイタッチをする。
「割れているし、価値はそんなに無いと思うけど……。使いみちはその道のプロに考えてもらえばいいでしょう」
ギルマスさんはそう言うけれど、欠片だって粉だって貴重品であることに代わりはない。
竜核の破片でもあれば、ミリカの脚が動くようになるに違いない。そして不自由なく歩けるようになるんだ……!
苦しい戦いだったけれど、思わぬ希望の光が見えてきた。
「身内……」
マリュシカさんは竜核うんぬんより、身内という単語に反応したらしく、複雑な表情を浮かべている。
――いいえ。逆にこれはチャンス。ミリカさんとドリィきゅんが血の繋がらない兄妹という身内設定なら、あたしがむしろ有利になるわけで……フフッ。
早口で何やらつぶやいているけれど、ギルド店内が騒がしくて聞き取れなかった。
「ありがとうございます、ギルマスさん」
「討伐戦を呼び掛けた手前、全員の戦いぶりや動きは細かく見ていたつもりなの。ドリィくんの弱点の鑑定に、マリュシカちゃんとミリカさんの即興コラボもね」
「すごい」
「目立ちたがりのガルド君だけのお手柄じゃないわ。みんなの勝利。だから分け前もちゃんとしなきゃ」
「お、おぉ……!」
ギルマスさんの声にどよめきが起こる。それは安堵と歓喜の声だった。
「ここにいるギルドメンバー全員もよ。直接戦いに参加しなくても怪我人の救護や、搬送してくれた荷物持ちたちも。バックアップしてくれたメンバー全員に、あとで一杯おごるわよ!」
やったぜ! という気炎と笑い声に満ちる。
ギルドには傷を負いながらも必死で戦った戦士たち、魔女や魔法使いたちがいる。彼ら彼女らの活躍だけじゃなく、フォローしてくれたメンバーの動きも見てくれていた。流石はギルマスさん。見た目は乙女なおじさんだけど、すごい人だなぁと尊敬する。
「これで全部です」
「粉々ねぇ」
ギルドマスターさんは竜核を荷物持ちから受け取ると、近くのテーブルに丁寧に置き、慎重に広げて見せた。
「あれがさっきのドラゴンの体内のコアかよ?」
「魔力を感じるわ。竜核が魔力を放射している」
「想像もつかねぇ貴重な品なんだろ?」
周囲には物珍しさから何人ものギルドメンバーたちが集まってきていた。
「じゃ、討伐パーティのドリィくんに鑑定してもらいましょう」
「僕ですか?」
「そうよ。ほかに誰がいるの? ドリィくんとマリュシカさんはアイテム鑑定担当でしょ」
ギルドマスターのポーミアスさんが皆を見回しながら言った。暗に「他の人は竜核に手を出すんじゃないわよー」と牽制いう感じだけど「おぉ!」「そいつぁいいや」「ドリィの鑑定ならいいでしょ」という嬉しい声が聞こえてきた。
「がんばって、ドリィくん」
「は、はいっ」
マリュシカさんの声援に背中を押され、テーブルに近づく。
僕はちょっと緊張しながら竜核を覗き込んだ。ゆっくりと脈動する不思議な石。どんなちからを秘めているのだろう。
「では、簡易鑑定させてもらいます」
軽く息を整えて、スキル『相手のよいとこ鑑定!』を発動する。
竜核:砕けた未来への希望
ポエムはいいから! と自分にツッコミを入れる。
力加減を誤ると鑑定結果が揺らぐのは僕が未熟なせい。
「……むぅうっ!」
気合いを入れ直し、集中。
竜核:砕けた未来への希望、卵の欠片。
えっ!?
これがドラゴンの卵だっていうの?
もう少し詳しく「良いところ」を視る。
竜核:砕けた未来への希望、卵の欠片。
数百年後に竜の体が朽ちるとき、次世代へ記憶と魔力を引き継ぐの器たる核。高次元に折り畳まれた魔力は、表面から安定的に発散し、半減期は百年――。
「視えました。これは、本当は竜の卵になるはずだったんです」
周囲がどよめく。
「竜核の正体は、ドラゴンの卵の素だったなんて……」
マリュシカさんが息をのむ。
憎たらしいイヴォルヴァドラゴンは不死に近い存在だった。それでも不老不死ではない。植物が種子を育てるように、竜核を卵のように育てていたなんて驚きだ。
「魔力源として使えそう?」
「あ、はい。魔力は、表面から安定的に発散し、半減期は百年――とか」
「すごいわドリィくん。詳しくわかるようになったのね」
「えへへ、おかげさまで」
マリュシカさんはほくほく顔で頭を撫でたそうにしている。
と、鑑定結果のポップアップに続きがあった。
竜核:砕けた未来への希望、卵の欠片。
<中略>
高次元に折り畳まれた魔力は、表面から安定的に発散し、半減期は百年――。竜に関するスキルを有する者に力を与える。
依存性があり身も心もやがて、竜のようになる。
「……! 依存性」
「ドリィくん?」
「これを……使いつづけると竜のようになってしまう」
「効果と代償……」
マリュシカさんが察したように息を飲んだ。
魔法のアイテムは効果が高い反面、副作用が生じる場合もある。それが対価。竜核だって例外じゃない。むしろより強く副作用があったっておかしくない。
ミリカが竜みたいになるなんて、嫌だ。
そんな、そんなのってひどすぎる……!
嬉しさから一転、僕は暗澹たる気持ちになった。




