戦い終えてギルドにて
◇
拍手と歓声が鳴り止まない。
イヴォルヴァドラゴンと戦い抜いた勇者や戦士たち、それに魔法使いや魔女さん、全ての英雄たちへの感謝と祝福の意味が込められてるように思えた。
目の前で繰り広げられた戦いが凄すぎて、現実感が伴わない。まだ地に足が着いていないみたいにフワフワする。
「マリュシカ起きて」
「う……にゅぅ……?」
お姉さんの膝枕で、マリュシカさんは目を覚ました。
魔力切れで気を失ってしまい、とても心配した。
けれど慌てて起き上がるなり「ドリィくんの膝枕がよかったのに!」と、お姉さんに八つ当たりし悔しがる。
その様子にもう大丈夫みたいねとミリカと笑う。
「とにかく、ギルドで一旦腰を落ち着けよう」
「私も脚が動くようになってきたし」
けれど、この後始末はどうなるのだろう。
竜を倒したはいいけれど広場は騒然としたまま。
竜の白い骨が小山のように盛り上がり、その上でガルドさんが気勢をあげている。周囲には大勢の取り巻きと観客たちがいて拍手喝采を送り続けている。
見回すと、広場は様々な事態が進行しつつあった。
勝利を喜び、互いの健闘を称え合うギルドメンバーたち。
元々広場にいた観客たちは、竜退治の終幕に満足がいったようであちこちでグループに分かれ話しを続けている。
怪我人の救護を叫ぶ声があちこちで聞こえ、次第に街のみんなも協力し、救援活動が始まりつつあった。
と、そこへ三十名ほどの衛兵隊が数名の上級憲兵たちとともに広場へとやってきた。冷たく硬い靴音が、広場の熱気に水を差す。
「竜が出たと聞いて来てみれば、一足遅かったか!?」
「この場は、我ら王政府衛兵隊が受け持つ! さぁ、民どもは家に戻れ!」
横暴に言い放つと、隊列を組んで周囲を威圧しはじめた。怪我人の救護もまだすんでいない。広場の騒ぎを制圧し、現場を掌握したいという意図が透けて見えた。
「あの人たち竜の骨を狙ってる」
欲望の視線に敏感なミリカが目的を看破する。
「そんな……! あれはガルドさん、いやギルドメンバーみんなのものだよ!?」
「小狡いお役人の考えそうなことよ」
「はあーん!? テメェら……! オレ様の活躍を見てねぇな!? 野暮な部外者こそひっこんでな。さぁ、帰った帰った」
当然のように異を唱え、食って掛かったのはガルドさんだった。竜の骨の背中にてふてぶてしい態度で腰かけて、衛兵隊に向けしっしっ……と手首をふる。
「きっ貴様ぁああ!? 何者だ!」
衛兵隊を率いていた隊長みたいな人も負けじと叫ぶ。
「おう!? 何者だと聞かれちゃぁ黙っていられねぇな。オレ様はギルド最強のSランク冒険者にして、竜殺しの英雄! 大勇者ガルドたぁ、オレの事だ!」
竜の骨の上に立ち上がり、大剣を担ぐ。そしてビシィ! と親指で自分を指してのキメ顔ポーズ。
うぉおおおお! と周囲で再び大歓声が沸き起こった。
「うっ、うるさい! だ、だまれ! 広場は公共物! 出没した魔物、その竜も……骨も我らが接収する!」
「はぁああ!? なに言ってやがるてめぇ! 魔物狩りのルールも知らねぇのか田舎のこっぱ役人!」
「うっ、ぐぬぬ……!」
どっ! と笑いの渦が衛兵たちに押し寄せた。
僕も思わず噴き出しそうになるほど、隊長さんの顔が真っ赤になったからだ。
「そうだそうだ!」
「遅れて到着したくせに!」
「勝手なこと言いやがって!」
衛兵たちはあまりに威圧的で、無茶苦茶なことを言っているのはあきらかだった。竜退治の一部始終を見ていた群衆が怒り出し、あっというまに憲兵と衛兵隊に殺到。道を塞いだ。
「な、なんだ貴様らぁあ!?」
「や、やめんか……! 連行するぞ!」
「ふっざけんな!」
「やんのかオラァ!?」
「あの竜はな、ギルドメンバーと勇者さまが倒したんだよ!」
「横取りしようったって、そうはいかねぇぞ!」
そうだそうだと野次が飛ぶ。
「ここは商店街組合自警団とギルドのシマだ! お前らの出る幕じゃねぇ! 帰れ!」
帰れコールと囃し立てる口笛と。辺りは騒然となった。
「ぐ……! 貴様らぁああ!」
衛兵隊を率いているのは髭を生やした隊長だ。顔を赤くして今にも破裂しそうな顔で歯軋りをする。
衛兵隊と群衆が睨み合い、今にも小競り合いが起きかねない。緊迫の度合いが高まってゆく。
その時だった。
「おまちください!」
毅然とした声が響いた。青天の霹靂のように双方をハッとさせるには十分だった。辺りが静まりかえる。
憲兵隊長の前に進み出たのは、青いドレスを着た女性――マシュリカさんだった。
「私は、イーウォン・マシュリカ。イーウォン商会の代表代理を務めております」
「……イーウォン家のご令嬢!」
「上級貴族とご婚約されたっていう……?」
「なぜここに……?」
ざわっ、と憲兵隊と衛兵たちに動揺が広がった。真っ先にまずい、とばかりに目を伏せたのは衛兵の隊長だった。
「広場で起こった一部始終を見ておりました。竜を退治したのはギルドの方々と勇者ガルドさんです。王国の法で定められた通り、自由冒険者には人身・財産に危害を加える魔物の討伐権が与えられております。そして報酬として、倒した魔物から得られる拾得物の所有権を認められているはずです」
「お……おっしゃるとおりです。し、しかしですね、今回はその……」
「しかし、何か?」
マシュリカさんの言うことは正論だ。
イーウォン商会は街の流通、通商を担う最大組織。王政府との繋がりも深い。立場を利用し、いろいろと美味しい思いをしている衛兵たちにとって、敵対することは既得権益を放棄する行為に他ならない。
「ここで起こったことの詳しい説明は、私とそこの大勇者ガルドがいたしますわ」
「えっ……オレも?」
いきなり名指しされ、ぎょっとするガルドさん。
「そ、それならば本部までご同行を……」
「本部ですか? 丁度よかった。イクシーズ司令を交えてお話しが出来そうね。いつもお世話になっておりますから。……ご挨拶をかねて」
マシュリカさんが意味ありげな笑みを浮かべると、憲兵隊の隊長は、顔を青くした。
きっと話されるとマズイことなどもあるのだろう。
広場に残された竜の骨を惜しそうに見つめ、苦虫を噛み潰したような顔になった。
ぶるぶると首を振ると、踵を返し「引き上げだ!」と部下たちに号令を下す。
広場に安堵と拍手が鳴り響いた。
すぐさまイーウォン家の馬車がやってきて、急停車。
マシュリカさんが客車へと乗り込む。その表情はとても晴れ晴れとして見えた。
「貴方も行くのですよ。竜殺しの英雄さん」
「お、おぅ……!」
半ば強制的に、ガルドさんも行くことになった。すこし改まったガルドさんが、立派な客車へと乗り込んだ。ギシッと車輪が軋む。
「では、マリュシカ。ドリィくんにミリカさんも。またこんど、あらためて、ゆっくりとお茶をしましょうね」
優雅に小窓から手を振るマシュリカさん。
「は、はいっ!」
僕は精一杯の返事をした。ミリカもマリュシカさんも無言だった。
「では、ごきげんよう」
マシュリカさんは優雅にそう言い残すと、馬車が動き始めた。去って行く馬車を見つめながら心配になる。
イーウォン家に潜んでいた竜、イヴォルヴァドラゴンのことをマシュリカさんはどう言い繕うつもりだろうか?
「あの……お姉さん、大丈夫ですかね?」
「平気よ。ああいう交渉、得意だと思うし」
「だといいですけど」
マリュシカさんにしては冷たい物言いだった。
イヴォルヴァドラゴンの正体は、イーウォン家の継母だったわけで。一歩間違えば大問題になりそうな気もするけれど。
「……王政府と利権絡みで繋がるイーウォン商会。その代表代理として、上手く処理する……と思うわ」
僕の心配を読み解いたように、マリュシカさんはそう付け加えた。まるで自分自身に言い聞かせるみたいに。
「ですよね」
「それより、馬車の中で欲情した大男に何かされるかもしれないけど……」
「いっ!? いやいや! マリュシカさん、いくらなんでもガルドさんはそんな人じゃないですよっ」
「冗談です」
「もう」
マリュシカさんはお姉さんのことが嫌いなのかな? そうでもないのか、ちょっと不思議な感じがした。
馬車と衛兵隊に憲兵隊は遠ざかり、通りの向こうで見えなくなった。
広場に静けさが戻ってきた。ガルドさんを中心に騒いでいた一団が解散したからだ。
「ドリィ!」
「大丈夫か!?」
ギルドメンバーの顔馴染み、荷物持ちさんたちが駆け寄ってくるのが見えた。
「ミリカ、マリュシカさん。僕らも一旦ギルドにもどろう」
「そうね」
「賛成」
僕はミリカとマリュシカさんと一緒に、ギルドの建物へと避難することにした。
ギルドの中に入るなり壁際にへたりこんだ。
僕を真ん中にミリカが右、マリュシカさんが左側にいる。どちらからともなく、左右から挟まれるみたいに、よりかかってきた。
「はぁ……ひどい目にあった」
「あーもう、今日はなんなの……お茶会にいったはずなのに」
「だよね……」
ミリカと思わず苦笑する。
「やっと一息……はぁ」
マリュシカさんも魔法の杖を抱いて疲れた様子で左側に腰を下ろしている。
兎に角、ミリカとマシュシカさんも無事でよかった。
流石に疲れた……。
ギルドの建物のなかは比較的静かだった。床板もひんやりとして心地良い。
建物の中には、戦い終えたギルドメンバーたちが戻ってきていた。次々と僕らを見つけるなり取り囲み、話しかけてきた。
「おぉ! ドリィよくやったな!」
「マリュシカさん、よくがんばったわね!」
「体術使いの姉ちゃんって、先日つれてきたドリィの彼女だよな!?」
「ねぇミリカさん……だっけ? あの体術スキルは何!? すっごかったね!」
僕らは返事をしながら、いろいろな話をした。勝利と無事を確かめつつ、情報交換をする。
「いいこと! 広場の竜の遺骨はこのギルドで回収よ! 血肉が消えちゃったのは残念だけど、骨でも灰でも、貴重なアイテムだからねっ!」
珍しくギルドマスターさんが発破をかける。
荷物持ちさんたち総出で、イヴォルヴァドラゴンの遺骨を運んでくる。
「せーの」
「よっと」
床に置かれた骨で、一番大きいのは二人がかりで運んできた頭蓋骨の上部分。角の生えた頭部だった。肉も鱗も中身も何も無い燃え尽きたような白い骨。
ぽっかりと空いた眼窩が、恨めしげに僕を睨んでいる。
「うわぁ、こうしてみると大きいね」
「私、あんなの蹴っ飛ばしてたの?」
よく見ると上の右、牙の何本かが欠けていた。ミリカの蹴りで砕けた場所に違いない。
骨を運んではフロアに積み上げて、また出ていく。その姿はまるで働きアリみたいに整然としていた。
「ほとんど骨と灰しか残ってませんけど、これ……」
やがて荷物持ちの一人が、布で包んだ黒い結晶を持ち帰ってきた。
黒い石炭のような、黒曜石のような石。拳大のものから小指の先ぐらいの大きさの砂利を、かき集めたみたいだった。
一目見たギルドマスターさんが目の色を変える。
「んまっ!? これ超貴重な『竜核』の残骸じゃない!?」
 




