魔女は男の子がお好き
◇
――来た……!
――来た、今日も来たぁ……!
冒険者ギルドの暗がりで、丸い二つの光がゆらいだ。
それは人目につかない物陰に潜んでいた、魔女マリュシカのメガネが放つ輝きだった。
建物に入ってきた少年を、ねっとりとした視線が追いかける。
「ギルマスさん、おはようございます!」
「おぉ、ドリィ。こんな朝から早いな、結構結構」
「一人でも出来るクエスト、ありますか?」
「んー、そうだなぁ。今日はいろいろあるぞー。これなんかどうだい? 『逃げたネコ娘の探索』に『石化鶏の卵回収』それか……『畑の大ミミズ駆除』なんてのも一人でいけるかなぁ」
「僕でも出来ます……?」
「武器は苦手だろ? じゃぁ人探しか無くしもの探しがオススメだよ」
「じゃぁ……えーと」
小柄な少年は、ギルドマスターとカウンター越しに会話をしている。
つま先立ちをして背伸びして、カウンターで視線を合わせようとしている姿が、なんとも健気でいじらしい。
名前はドリィくん。
年齢は十三歳。
汚れなき清らかな「男の子」……!
栗色の綺麗な髪に健康そうな肌のつや。愛らしい子犬のように「くりん」とした眼差し。
一見すると女の子のようだけど、ショートパンツから見え隠れする脚の肉付きや脚線は、やっぱり男の子……という感じがまたたまらない。
時折見せる憂いを帯びた横顔や、喜んだときの笑顔もとっても好み。
――可愛い、かわいい、かぁああいい……!
「ぐふ……ふふふ……ふぅ……ふぅ、はふぅ」
鼓動が速まり、顔が熱くなり、そして鼻息も荒くなる。
紫のロングマントで隠した身体を、くねくねとよじる。
――完璧だわ。欲しい、連れて帰りたい……ッ。
「……?」
ドリィが不意に辺りを見回した。
一瞬、視線が合った気がしてマリュシカは隠れた。
「どうした、ドリィ」
「いえ、なんだか悪寒が……」
「風邪かい? あまり遠出するクエストはやめときなよ」
「だ、大丈夫だとおもいます。あれ、おかしいなぁ……?」
この一週間、魔女のマリュシカはずっと少年を観察し続けていた。
新人の冒険者志望の男の子、ドリィ君。
ギルドの冒険者登録名簿で、年齢も確認した。
新人紹介コーナーにも自己紹介が掲示されている。「がんばります!」と書かれた文字は、まるっこくて丁寧で彼のイメージ通りだった。
帰り道も尾行し、住んでいる場所も大体わかった。
どうやら銀細工職人の家の屋根裏部屋を借りているらしい。
貧しく、寂しい一人暮らしの少年……!
邪魔な親も居ない。
となれば、人肌に飢えているはず……!
「くっくく、ふぅふ……ふーふー」
いけない、興奮してきた。
彼こそついに見つけた理想の友達候補……!
お近づきになり、仲良くなりたい。
笑顔を独り占めし、時々意地悪をして泣き顔を見たい。
抱きしめて匂いを堪能し、愛でまくりたいッ。
しかしとりあえずは、パーティを組みたい。
くんずほぐれつ、二人で未知の領域を冒険したい。
クエストを通じ心を通わせたい……。
ギルドに登録して半年。
魔女マリュシカはいまだ誰からも声がかからない。
何故か。
存在感が薄いせいもあるが、そもそもいつも隠れてばかりいるのだから当然だ。声をかけてくれそうなパーティーが近づいてくると、緊張で逃げてしまう。
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……。
そう思っても、身体が勝手に逃亡する。
ダメ、男が怖い。
オス、雄、成獣が無理……!
そもそも毛深い、声がでかい、臭いしなんだかゴツゴツしている。
成人男性という四文字熟語さえ怖い。
だったら何故にパーティ希望のギルドに登録などしているかといえば、どうしても叶えたい夢があるからに他ならない。
友達が欲しい。
語り合える仲良しが。
できれば年が近いほうがいい。
女性とはなんとか話せるが、いつのまにかマウントをとられ、口ごもってしまう。うつむいてしまって上手く話せない。
だから、友達になってくれる人の性別は「男の子」がいい。
「オスガキ」や「野郎」などもってのほか。
だけど、あの子なら……きっと。
毛さえ生えていなさそうな、あの子ならきっと大丈夫!
最初は魔法薬を嗅がせて失神させ、連れ去ろうかな……と本気で考えた。
けれどその後が大変だと思い留まった。魔女の棲家……いや安アパートの壁は薄いし、何よりも背負って連れ帰るのも難儀するだろう。
やっぱり、ここは正攻法でいくしかない。
マリュシカは意を決する。
丸い眼鏡をすちゃりと直し、息を整える。
そう、声をかける。
正面から……は、恥ずかしくて無理。
横からさり気なく近づいても、スルーされそうで怖い。
でも真後ろから近づいて声をかけるくらいなら、なんとかいけそう。
背後から近づいて、自然に、何気なく、声をかけて。
そして知り合いになって……友達になる。
か、完璧だわ。
これしかない。
マリュシカにとって一世一代の大勝負。
人生初の友達を捕まえるチャンスなのだ。
十五年生きてきて、まだ一度も出来たことのない、奇跡の存在。友達……に!
「はぁ、はぁ……」
落ち着け、友だちになりさえすれば後はこっちのもの。あとはどうとでもなるわ……!(※なりません)
魔女マリュシカはゆっくりと栗毛の少年の後を追った。
◇
「うーん。今日のクエストは、これにします」
僕が選んだのは『ギルドの倉庫の未分類のアイテム整理』だった。
いろいろなパーティがクエストで回収してきたアイテム。
目ぼしいものはすぐにレベルの高い鑑定士が目をつけて、値をつける。
「クエストっていうか、普通の仕事だよ。一日で銀貨一枚。あとは歩合制。鎧を揃えたら銅貨一枚プラスだよ」
「やります! 鑑定の訓練になりますから」
「そうだな、君にはピッタリかもしれない。じゃぁ……これ、地下の倉庫の鍵ね。わからなかったら分類だけしてくれてもいいから」
「はいっ」
ギルドマスターのポーさんから古びた地下の倉庫の鍵を受け取る。
冒険者達が集めてきたアイテムのなかでも、価値の乏しいものや、沢山見つかる類のアイテムは、そのままギルドの地下倉庫で埃をかぶっていたりする。
でも、価値がないわけじゃないから整理して市場に出したい。だから時々こうして倉庫整理の仕事があったりする。
しかも『畑を荒らす大ミミズ退治』よりも割が良い。あれは武器も何も要らないけれど、臭くて最悪だった。しばらくご飯が喉を通らなくなることうけあいだ。
地下への階段を降りて、扉を開ける。
埃と地下のひんやりした空気が肺腑を満たす。
外の喧騒は聞こえない。
中に入り魔法の水晶ランプの明かりを灯す。四方を棚で囲まれた部屋には、うず高くアイテムが積まれていた。
「うわぁ……いっぱいある」
ほんとうに色々なアイテムがなかば放置されている。
魔法のかかった水晶が一番多いだろうか。
トロ箱に適当に投げ入れてある。どれも割れていたり、欠けていたり。色も悪くて価値はかなり低そうだ。
次は古代の書物。何か読めない文字の本ばかり。だけど中には魔導書もある。どれも破けていたり、汚れて読めなかったり。これも価値は低そう。
早速、鑑定士になる訓練だ。
鑑定スキル発動――!
この場合は『相手の良いとこ発見!』というより『アイテムの良いとこ発見!』という効果に変わる。
割れた水晶A――思い出の品
割れた水晶B――恋人への贈り物
割れた水晶C――浮気相手を殴った凶器
「……うーん。ほんとに僕のスキルって微妙ー」
我ながら苦笑するよりほかはない。
価値基準が曖昧で、お金になるかといわれるとわかりにくい。
思い手の品って、誰の何の? となる。
もし王様の大切な持ち物で、王妃への思い出の品……というのなら価値も出そうだけど。
レベルがアップすればもう少し詳しくわかるようになるのかな?
試しに「割れた水晶C」だけに集中してスキルを発動してみる。
「むむむ……えいっ」
これでより深く、詳しく、解析できるはず。
割れた水晶C――浮気相手を殴った凶器。右側頭部にえぐりこむように叩きつけても割れなかった丈夫で鋭い凶器――
「……酷い。てか、アイテムの良い点なの?」
腕組みをして考え込む。
自分のスキルだけど使い方が思い浮かばない。
何か良い使い方を考えなくっちゃ。
あたりを見回すと、他に多いアイテムは古代遺跡から拾い集めた鎧のパーツだった。
腕の部分だけだったり、胸当てだったり。バラバラだから価値は無いけれど、集めて鎧を一組分揃えれば銅貨一枚もらえる。
とりあえずこれを揃えてお金を稼ごうっと
と、背後で物音がした。
ドキッとして振り返る。
間近に青白い顔がヌッと浮かんでいた。
「う、わああああ!?」
「ひぃひゃぁああ!?」
思わず叫んで尻餅をつく。
と、相手も叫んで飛び上がって、壁際の棚までダッシュで後退。
どうやら、人間だったみたいだ。
「び、びっくりしたぁ……」
「……あ…………ぁ……」
魔女だった。紫色の長いマントを羽織って、中は白いひらひらした衣装。
僕より少し年上の、女の人だ。
ズリ落ちかけた丸いメガネを直し、二つに結い分けた銀色の髪を一生懸命整えている。
「だ、大丈夫ですか? すみません、驚いちゃって」
「あわ、わた、わたた……」
口をもごもごして、何かを言いたそうだ。
驚きすぎて声が出ないのかもしれない。心配になって近づいて、顔を覗き込む。
「あの……?」
「せ……せせ……」
顔を真っ赤にして汗をかきはじめている。
ぷるぷると小刻みに震えながら、僕に向かって微笑みかけようとしているみたいだった。
「せ?」
「精通……してる?」
「……はい?」
せーつー?
精通?
あっ、アイテムに詳しいかってことですね。
「いえ、まだ全然……未熟で」
「そうなの……!? へぇ……えぇへへへ、思ったとおり。いい……いいわぁ……」
すごくうっとりと嬉しそうな顔に変わる。
顔を赤らめて笑顔を浮かべているけれど、なんだか目が怖い。
なんだろう……。
この人、ちょっとヤバイ?
でも、いきなり初対面でそんなこと思っちゃダメだ。
失礼だよ。
僕はこっそりスキルを使う。
こんなときのための『相手の良いとこ発見!』なのだから。
心の底から悪い人なんて見たことがない。
誰だって何か絶対に良いところがあるんだ。
魔女A――男の子が好き
「あっ……? 子供が好きなんですね」
魔女さんは更に驚いた表情になった。
正解だ。
きっと「子供好き」の優しい人なんだ。
僕がアイテム鑑定に困っているのを見かねて、声をかけようとしてくれた。たぶん、子供だと思われたのかな。
「す、好き! そう、しゅ、しゅきいい……!」
一瞬、女の人はヨダレを垂らしたように見えた。
「え、えぇ……?」
◇
【作者より】
はいw
今回は危ない魔女マリュシカさんの登場ですw
ハードコア・ボッチ魔女でショタ好きをこじらせてしまっています。
ドリィ君が色んな意味で危ない……(わりとマジで)
次回の更新までブックマークで応援いただけたら幸いです★
では、また!




