真実を見抜くスキルで
「ま……魔女はァ……ッ! あっ……あら?」
突然、お嬢様とは思えないほど声を荒げたかと思うと、一転。穏やかな声色に戻った。
「…………!?」
「マ、マシュリカさん……?」
僕もミリカも呆気にとられていた。まるでマシュリカさんの人格が入れ替わったみたいだった。
妹――マリュシカさんのことを聞きたい、と言ったのはマシュリカさんのはず。なのに、自分が発した魔女という言葉に反応し、突然ひとが変わったみたいになった。
「妹……そう、マリュシカの話を聞かせてくれるかしら?」
お嬢様さまは、何事もなかったかのように笑顔に戻る。
「は……はい」
とは言うものの、十秒前の様子が頭にこびりつき、何をどう話せばいいのかと戸惑う。
ミリカとちらりと顔を見合わせると、以心伝心。
適当に話をしてとっとと帰ろう、と目で訴えていた。僕も同意見だ。さっきのお茶会は楽しかったのに、今は一刻も早く帰りたい。
「ギルドでは、とても親切にしてくれます。僕は駆け出しなので助けられてばかりです。マリュシカさんはいろいろな事を教えてくれます」
「いろいろなこと?」
「はい、アイテムや魔法のこと……」
「魔法……ッ! ま、まぁ……魔法ゥゥゥ」
マシュリカお嬢様は、目を見開く。
手にもったティーカップが受け皿とぶつかり、カチャカチャカチャと神経質な音を立てはじめる。
しまったこれもNGワード!?
先日の上品なお嬢様……という印象とかなりちがう。マシュリカさんからは何か不穏な気配がする。
「いっ、いえその……そうだ! ミリカの脚を診てくれたりもし――いでっ!?」
がっと脇腹を小突かれた。ミリカが笑顔で「私に話をふらないでよ」と無言のまま睨んできた。
「ミリカさんの脚……心配ですわね。妹はなんと?」
「あっ! えぇと、どうやら病気じゃなくて、スキルの影響らしいんです」
「まぁ……? スキル……。スキ……ル、知っているわ。遥かなる昔にこの地を支配していた魔法使いや魔女たちが……撒き散らした魔法の欠片……。失われし叡知の断片。それが人から人へ、あるいは土地に染み付いて、影響を及ぼすことで生じる……忌々しき力……のこと……」
まただ。
胡乱な目になり口から言葉を漏らす。
おそらく僕らに語っているわけじゃない。ほとんど独り言のような、なにか回想しているようにも思えた。
ミリカは戸惑いながらも話を終わらせる。
「そのうち歩けるようになるかもって」
「……まぁ、それは良かったわ」
急に元に戻るマシュリカさん。感情と思考がちぐはぐで会話をしている気がしない。かなり情緒不安定なのだろうか。
僕らには計り知れない苦労も多いのかもしれない。超お金持ちなのに、マリュシカさんを追い出すほど、お屋敷の中では熾烈な争いがあるのかもしれない。
「あの……僕たちそろそろ帰らないと」
「そうね、工房でも心配しているだろうし」
ミリカと調子をあわせ、おいとまさせていただきますと笑顔を作る。
「そう? もっとごゆっくりしてもいいのに」
「お気持ちだけで嬉しいです」
「とても素敵な時間でした」
丁寧に礼をいいつつ椅子から腰を浮かす。
ちらりと視線を向けると、お屋敷の近くにいた老執事のジョシュアさんが「馬車の用意を……」と、御者のおじさんに話している。
「……あっ」
「ミリカ!?」
「脚が……なんで?」
ミリカが太ももに手を添え、椅子に腰を落とした。
「痛いの?」
「違うの……そうじゃなくて」
小刻みに震える脚をワンピースの上から押さえている。
「おや、もう帰るのかい?」
不意に、絡み付くような声がした。ねっとりと絡み付くような、成熟した女の人の声。
屋敷の方を見ると、老執事のジョシュアさんが現れた女性に頭を垂れ、すっと離れるように消えていった。
「あ……こん、にちは」
とっさに僕は礼をした。
「ウフフ、可愛い……いいお友だちだこと」
青いアイシャドウに紫色のルージュ。厚化粧のマダムが、ブヨブヨとした身体を揺らしながら歩いてくる。
赤みがかった髪を巻き貝みたいにうず高く結い上げて、手には広げた扇子を持っている。身体を辛うじて包んでいるドレスははち切れんばかりで、黒い蛇のウロコのような模様が刻まれていた。
「おかあさま……」
マシュリカさんが呆けたような声をあげた。
あれが、継母のイヴォルヴァさんか。
「あぁ……アタシの可愛いマシュリカ。お友だちからちゃんと話を聞けたかい?」
「えぇ……おかあさま」
「アタシはイーウォン家の当主、イヴォルヴァ。話はきかせてもらったよ、ドリィにミリカ……だったね?」
「は、はい」
「えぇ」
僕らの名前を知っている?
マシュリカさんが教えたのだろうか。
「べつに取って食いはしないさ」
お金持ちの奥さまとは思えない、下品な笑い顔。
ミリカがぎゅっと身を固くするのがわかった。
猫なで声も優しい風を装っているけれど、心がざわつくような嫌な感じがする。
ぎょろりと片目だけを大きく見開いて、僕の顔を覗き込む。
「……ドリィ、おまえにもスキルがあるのかい?」
「えっ!?」
も、ってなんだ。
ミリカが脚のスキルの話をしたことを、自分も聞いていたみたいな口ぶりだった。
お屋敷から御茶会のテーブルはかなり離れた位置にある。盗み聞きできる距離じゃない。
まさか、マシュリカさんを通して聞いていた?
目や耳を通じて、さっきの話を……!
マシュリカさんの人格が入れ替わったような、感じはもしかしてこの人が原因……!?
「……おや? 勘のいい子だねぇ。賢くて、可愛らしい……。そうさ……アタシにはね、視えるのさ」
大きな顔を近づけながら紫色の唇をニィ、と歪める。
見開いた目を蛇のようにギョロリと動かす。
冷たく光る瞳孔は人間のものとは思えなかった。
ゾッとして目が離せない。
嘲り、嘲笑、敵意。
明け透けで邪な心がそのまま浮かんでいた。
自分の心の内を隠すことさえなくさらけ出している。
隠す素振りさえもない。
そうか、完全に勝利を確信しているんだ。
蛇に睨まれたカエルを、今から丸のみにするみたいに……!
「ミリカ、逃げ……!」
ギィン……! と右目の奥に激痛がはしった。
「うっ!?」
「ドリィ!?」
「アタシはねぇ、勘のいい子や、頭のいい子。忌々しい魔法を使う子は……嫌いなんだよ!」
じわじわと頭の中に靄がかかる。被さるように、根を張るように、侵食してくる。
痛い、これは……なんだ!?
魔法……?
ちがう、これは、
「おばさんの……スキル……!?」
目眩がした。右目を押さえると平衡感覚が狂い、がくんと片膝をついてしまった。
テーブルのマシュリカさんは虚ろな目で中空をみているばかりだ。老執事のジョシュアさんも御者さんも、人払いされたみたいに姿が見えない。全て、この人の支配下なんだ。
「なにも怖がることはないさ、みんなも幸せにしているだろう? ごく自然に……。アタシの『思念強制隷属』は余計なことを考えることなく支配できる……! 波長さえあえば、簡単にアタシの支配下にできるのさ……! スキル持ちなら簡単さ……!」
ニィと歪んだ顔で舌なめずりをする。
怪しいどころか、この人が黒幕じゃないか!
継母、イヴォルヴァ。
この人が全てを支配していた。
「マリュシカ……さんは……」
「あの子は一番厄介だった……! この家を支配するために邪魔だったからね……」
やっぱりだ。
マリュシカさんを追い出すように仕向けたのは、魔法が使えることがイヴォルヴァにとって厄介で危険だからなんだ。
姉のマシュリカさんはスキルが使えない。だから従順に支配できる手駒として、手元に置いていた……ということか。
そして次は僕らを支配しようとしている。
なんて身勝手な……!
許せない!
「や、やめてください!」
「ミリカ、おまえも妙なスキルを宿しているね……? 体内に魔素を持つのなら、アタシのスキルに共鳴する! 簡単に支配できるッ……!」
もはや敵意も野心も隠さない。完全に僕らを支配下におけると確信しているからだ。
「きゃっ……!」
禍々しい視線をミリカにも向けた。僕に放ったのと同じスキルを放ったのだ。
僕は咄嗟に立ち上がり、ミリカを庇った。
奥歯を噛み締めて、イヴォルヴァを睨み返す。
「騎士のつもりかい、ヒヒヒ生意気な……!」
「うるさい、お前なんかに……!」
スキルが発動する。
こんなときに、なんの意味もないのに。
戦える力がほしい。でも非力な僕に出来ることはこれしかない。
――相手の良いとこ発見!
こいつに良いところなんてあるものか。
目の前にいるのはマリュシカさんをいじめ、この屋敷を支配している恐ろしい女主人。そして今度は、僕やミリカの心さえも従わせようとしている敵なんだ。
イヴォルヴァ(人間体):堕竜種として最後の生き残り――
息を飲んだ。驚愕とともに声が漏れる。
「おばさんが……竜?」
ビキシッ……!
張り裂けるような音がしてイヴォルヴァの顔に青筋がいくつも浮き上がった。まるで破裂寸前の腫瘍のように。
「――小僧ッ……! なぜ、なぜ見破れた……ッ!? この数百年……! 誰にも、何者にも……。どんな魔女にも決して見破られなかった……気づかれなかった……! アタシの完璧な擬態を……! 秘技をォ、ォお、お前が……どうしてぇええああああああああ……!?」
庭に嵐が吹き荒れた。
理由なんて簡単だ。
僕のスキルは、相手の良いところを見つけ出す。
魔法でごまかすことも、偽ることもできない。
それはときとして、真の姿を映し出す。
「それが、おばさんの良いところだから」




