イーウォン家のお茶会
「おかえり、ドリィ」
「……ミリカ?」
銀細工屋へ戻ると店先でミリカが待っていた。
入り口脇に置いてあるベンチに腰掛けていたのは、新しい服を着たミリカだった。僕に気がついて立ち上がり、服の裾をつまんでポーズ。
「どうかな?」
「どうって……」
はにかんだ笑顔に胸の鼓動が跳ねる。
落ち着いた印象の袖なしワンピースは萌葱色で、裾に刺繍が入っている。ゆるく腰紐を巻いた着こなしも自然な感じ。肩までの長さがある栗色の髪をハーフアップにまとめ、ちょっと大人びた印象で、一瞬だれだかわからなかった。
「おばさんがくれたお下がりだけど、ぴったりなの」
こういうのなんて言うんだっけ? 馬子にも衣装だね……って、それは言ったら怒られるやつか。
「えと……よく似合ってるよ。どこかのお嬢様みたい」
「ほんと!? よかった」
安堵と嬉しさの入り交じった笑顔を見せるミリカ。ホッとしたのは僕のほうだ。
すると店先におばさんも出てきた。
「どうだいドリィ、見違えただろう? 女の子はちょっと磨けば綺麗になるからね!」
まるで自分の娘の自慢をするみたいに、ミリカの両肩に手を添えて笑顔。
「えぇ、まぁ……はい」
曖昧に返事をしながらミリカをあらためて観察する。
いつもと雰囲気がちがうのは髪型のせいだろうか。あまり意識したことがなかったけど……可愛い? いやいや。それは友達として可愛い、という意味で……。あれ?
「ほら、ごらんよドリィの顔。あんなに赤くなっちゃって、気に入ったみたいだねぇ」
「もう! おばさんたら」
僕を見て、二人できゃっきゃと笑っている。
「な、なんなのさ!?」
と、ガラガラと車輪の音が近づいてきた。
「馬車が来たね。アンター! 品物は準備できてるかい!?」
おばさんは馬車を一目見るなり店の中へ戻っていった。
「どうどう……!」
二頭立ての馬車は、黒塗りの立派な客車を牽いている。イーウォン家のお迎えだ。
ゆっくりと銀細工工房の前に停車すると、御者さんがテキパキとした仕草で降りてきて、客車のドアを開けてくれた。
「マシュリカお嬢様よりのご招待です。お二人をお迎えにあがりました。どうぞお乗りください」
「は、はいっ」
「ど、どうも」
ミリカも僕も慣れないことに戸惑う。近所の人々も何事かと視ているので恥ずかしい……。
「じゃぁこれ。二人とも、頼んだよ」
おじさんが小さな木箱を差し出した。中には丹精込めて作った銀細工が入っている。
「はいっ」
両手でしっかりと受け取る。
ミリカは以前より歩けるようになったけれど、小物を持つのは少々辛い。杖を小脇に挟んで身体を支えているからだ。だからこそ、この大切な荷物を運ぶのは僕の役目。責任をもってお嬢様に渡すのが今日のクエストだ。
「いってきます!」
「では、イーウォン家に向かいます」
「おっ、お願いします」
僕らが客室に乗り込むと御者さんがドアを閉めた。そして御者席にもどり馬にムチを入れた。
馬車がゆっくりと動き出した。
「この座席、フカフカだね!」
「わぁ……!」
車窓からの眺めも新鮮だった。
「なんだか不思議」
見慣れたはずの通りをあっという間に抜け、大通りへと合流する。
馬車はゆっくりとした速度で大通りを進むと、歩く人達が引き波のように避けてゆく。馬車にのっている人からはこんな風に見えるんだ。
「あ、ギルドだ」
「店の前に、冒険者さんがいっぱいいる」
「クエストを終えて帰ってきたパーティだよ」
ミリカと二人で右の窓を見たり左の窓を見たり。御者さんから客室の中が見えないことをいいことに、ついはしゃいでしまう。
「ミリカ見てあれ、広場で何かやってる……!」
広場に凄い人だかりができていた。
「あれは大道芸をやっているんだと思うよ。このまえ私も見たもん」
「ガルドさんが出演していた……っていう?」
「そうそう。ドラゴン退治のお話で、すごい人気だったよ」
「へぇ……あれかぁ」
先日ミリカが教えてくれた大道芸人の一座。
なぜかSランク冒険者のガルドさんが特別出演していたらしい。確かあの日はドラゴン退治に失敗し、パーティが解散した翌日だっただろうか。
汚いブーツを預けに来て以来、ガルドさんの姿を見ていない。今頃。ガルドさんはどこで何をしているのだろう……。
『大道芸団いちの人気者! ドラゴン討伐の大英雄! ガルド・ノアローグの魔竜退治の演目はこのあとすぐでござーい!!』
ピエロの格好をした人が、立て札をもって輪の周囲を駆け回っていた。
「あっ!?」
「ガルドさんだって」
思わず顔を見合わせる。
あのひとは今、大道芸人の一員として活躍しているってことなのかな?
見たかったけれど、馬車は広場前の混雑を横目に通りすぎ、街の中心部から外れる方向へ進む。
二つほどブロックを進むと大きなお屋敷がいくつも見えてきた。
あまり来ることのない街の北側だ。
お金持ちの家が多い地区なのだろう。僕らが住んでいる下町とは雰囲気がちがう。
「ところでドリィ。その手首のミサンガ、何?」
「えっ? これは……」
さっきマリュシカさんにもらった御守りだ。何か変なことや危ないことがあったら引きちぎればいいという。
ミリカは大雑把な性格なくせに、意外と細かいところまで見ているいるんだなぁ。
「マリュシカさんにもらったの?」
「そ、そうだけど」
「……ふぅん」
なんでわかったの? てか、なんでジト目?
「や、厄よけの御守りだって。もらったんだよ」
「そういうのってさ、二人でおそろいでやるものだよねー」
笑顔が怖いんですけど。
「おそろい……?」
いわれてみれば確かにそうだ。マリュシカさんも手首に同じものをつけていたっけ。でもそれは魔法の連絡が出来るアイテムだからであって……。
「利き腕だったら恋愛成就。反対側は仕事運上昇」
「それなら仕事運だよ」
僕は右利きだから、左に巻いたミサンガは仕事運。よかった、余計な誤解を生まなくて。
「そろそろ到着いたしますよ」
しゃっ、と御者席のある壁に小窓が開き、御者さんが横顔を見せた。
「あっ?」
「はいっ」
あんなところに小窓があったなんて。
車窓から眺めてみると、大きなお屋敷が見えた。
お城……とまではいかないけれど、立派な二階建ての建物だ。
ギルドの建物を三つ繋げたような大きさで、中央広場よりも広そうな敷地を白い漆喰で塗られた高い塀が囲んでいる。
「あれだ」
「大きいお屋敷だね」
あれがマリュシカさんのご実家なんだ。
やがて、馬車はお屋敷の敷地へと滑り込んだ。
僕らを待っていたのは老執事のジョシュアさんだった。
「ようこそいらっしゃいました」
こちらもぎこちなく礼をして、まずは品物を渡す。
中身を確認したジョシュアさんは頷いた。
「確かに受けとりました。素晴らしい品です。主どのに礼を」
「よかった」
これで仕事は終わり。
ホッとしていると、ジョシュアさんが僕らを案内するという。
「お庭でお嬢様がお待ちです。ちょうどお茶会のお時間でございまして。お二人も是非、こちらへ」
「はっ、はい」
「ドリィ……」
「あ、うん」
ミリカの片手をとってエスコートしながらゆっくりと進む。
庭は色とりどりの花が咲き乱れていた。手入れの行き届いた植木に芝生。まるで天上の楽園に迷い込んだみたい。
「きれいね……!」
「ほんとに別世界みたい」
広い屋敷の庭を通り広い芝生の広場のような場所へと出た。
「こちらで屋敷の者たちによる、午後のお茶会が行われております」
執事長さんがおしえてくれた。
広い芝生の広場に白い瀟洒な丸テーブルが四つ。布製の大きなパラソルが天板の中央から伸びていて、心地よさげな日陰をつくっている。
テーブルの周囲では十数人の男女が気軽な雰囲気で、立ったままお茶を楽しんでいた。メイド服の女の人が7、8人。庭師の服装をした人が4人ほど。みんなお屋敷で働いている人たちみたいだ。テーブルの上には、美味しそうな焼き菓子が山盛りになったお皿、陶器製の茶器がいくつも置いてある。
「お待ちしていましたわ、ミリカさん!」
軽やかな声は、一番奥のテーブルからだった。
そのテーブルだけはテーブルと同じ白い色の椅子が置いてあった。銀色の髪に青いドレスのお嬢様はマシュリカさんだ。
いつのまにか執事長のジョシュアさんが、銀細工の小箱を開けてお嬢様に銀細工を見せている。
「まぁ素敵。思った通りの良い仕事だわ」
「マシュリカさま、この度はこのような席にお招きいただき……ありがとうございます」
「長旅、お疲れでしょう? お茶とお茶菓子を召し上がれ」
「あ、ありがとうございます」
僕も慌ててペコリと頭を下げる。
長旅ではないし、大して疲れてもいないけれど、お嬢様流の挨拶なのかな。
ミリカの手を取ったままどうすべきか迷っていると、メイド服を着た若い女の人三人が素早く寄ってきた。
「銀細工工房のところのお嬢様ね?」
「ミリカです」
「あら、可愛らしい……!」
「こちらは彼氏さんかしら?」
僕とミリカを取り囲み、口々に話しかけてきた。興味ありげに眺めては、キャッキャとはしゃぐ。凄いパワーに圧倒される。
「あっ……は、はい」
「ちょっ、ミリカ!」
ミリカは緊張しているのか返事が適当すぎる。
工房には下宿しているだけだし、僕は彼氏? まぁどっちでもいいけど。
「ミリカさんには椅子を!」
「はっ!」
年長のメイドがビシッと指さすなり、庭師のお兄さんがダッシュで椅子を運んできた。
「さぁこちらへ!」
「ど、どうも」
ミリカが椅子に腰かけるなり、目の前に御茶のカップが置かれ、間髪いれずに御茶が注がれた。
「君も可愛い顔をしているけど、ギルドで働いてるの?」
「凄いわ、冒険にも行かれるの?」
「内勤なんですけど」
ボクにも庭師のお兄さんがちゃんとした椅子を用意してくれた。カップが置かれ、瞬きほどの間に御茶が注がれる。凄い手際のよさだ。
「お二人はいつからお付き合いを? どうやって恋愛成就したのか、お姉さんたちに話してくれるかしら? ねぇ? 聞きたいわ。おねがい……ッ」
「え、えぇ!?」
見るからに年長なメイドのお姉さんが、凄い形相でミリカを詰問している。
「告白は君から?」
暇なのか、ゲストが珍しいのか、いろいろと質問攻めにあう。答えに困りつつも、僕らの話をあれやこれやと答えるとすごく盛り上がる。
「甘いお茶菓子よりも……甘い話をありがとう」
「泣かないでメイド長!」
きゃはははー! とメイドのお姉さんたちは、花咲くようによく笑った。
みんないい人で、親切だ。
マリュシカさんの心配は杞憂だったみたい。
御茶を飲み干したとき、マシュリカお嬢様が僕らのテーブルにやってきた。周りにいたメイドのお姉さんたちが消えるようにいなくなった。お嬢さまが椅子に腰かけた時には、周囲にいた人たちはいなくなっていた。
すこし離れた位置に執事長ジョシュアだけが、まるで置物のように佇んでいる。
「さぁ、魔女のことを聞かせてくれるかしら?」
マリュシカさんそっくりのお嬢様は、ミリカではなく僕を見据えていた。
じっ……と探るように、反応を確かめるように瞬きもせず。
「マリュシカさんのこと……ですか」
その名を口にした途端、空気が変わった。伝わってくる雰囲気がさっきまでとはちがう。
「何か、聞いていないかしら?」
どう答えたらいいのだろう。何か聞いていないかと言われても、継母さんのことについてだろうか。恐ろしい気配がする。何か怪しいと疑いを向けていた。
「例えばどんな……」
「質問を質問で返すなァ!」
突然マシュリカお嬢様が叫んだ。
「きゃ!?」
ミリカも驚き身を固くする。
そのダミ声も雰囲気も、馬車でミリカを運んでくれた優しくて親切なマシュリカお嬢様とはまるで別人だった。
その直感は正しいのかもしれない。
驚いた反動で発動したスキル、『相手の良いところ発見!』で視たマシュリカお嬢様のステータスは、不気味に文字化けし、まるで読み取れない。
目の前にいるのはマシュリカお嬢様の姿を借りた、「誰か」としか思えなかった。
だとしたら、考えられるのは……
「継母さんのことなら聞きましたよ」
瞬間、マシュリカお嬢様の瞳の奥底で何かが蠢いた。
「何ヲ……喋ったァア!? あの忌々しい……魔女はァアッ!」




