夜はふたりでゲームを
◇
「……とかね、いろいろあってさ」
ぺち、と盤上の駒を動かす。
ギルドでの出来事をミリカに話しながら、ミリカと頭をつき合わせる。
「ふぅん。まぁ気をつけないと……ね」
「あっ!?」
「なによ」
ミリカが口角を持ち上げる。
「うぅ……負けた」
チェックメイトされてしまった。
僕の二連敗。
「やったー、えへへ」
「くそー」
ごろん、と寝台の上で仰向けになる。
ここはいつもの屋根裏部屋、寝台の上。
香油ランプが揺れる薄明かりのなか、僕とミリカは二人で寝そべりながらゲームをしている。
中古のボードゲームを買ってきて、二人で遊ぶのがちょっとしたマイブーム。
道端の露天で投げ売りされている古いものだけど、村ではお金持ちの子しか持っていなかった。それが銅貨三枚で買えるなんて、さすがは大きな街だなぁ。
それにしても。悔しいことに何故かゲームはミリカのほうが強い。
運に頼るゲームなら僕が勝つことが多いけど……。
もしかして僕は、ミリカより頭の回転が悪いのだろうか?
「も、もういっかい……!」
「いいけど。私もう二連勝してますけど?」
フフンと自信ありげに笑い、頬杖をついている。
「とにかくあと一回!」
このままじゃ悔しくて眠れない。
盤上の駒をもう一度並べ直し、ゲームスタート。
交互に駒を動かし、相手の陣地に攻め込んで王様の駒をとったら勝ち。だけど、駒には種類があって、駒の特性が相対した時の勝敗に影響する。騎士は兵士より強い。魔法使いは騎士を2マス先から倒せる。盾兵は倒せずに迂回するしか無い。兵士だけが王様を倒せる。……みたいな細かいルールがある。
「仕方ないわね。じゃ、ドリィからどうぞ」
「よーし」
僕は集団での密集突撃戦法。一気呵成に王様めがけて部隊を動かしてゆく。
対して、ミリカは関係なさそうな駒をあちこちに動かしている。その間に僕は王様に一直線に兵士や騎士を動かしてゆく。
「うりゃ」
「やん……そんなに攻めたら」
序盤は僕が攻めている感じがする。
よーしいい感じ。一気に王様を倒してやる。
けれども中盤から流れが変わってくる。
騎士が魔法使いに狙撃されたり、兵士が騎士に挟み撃ちされたりと、こっちの駒が徐々に削られていく。まるで動きを予測されていたみたいに。
「あっ……!?」
「騎士いただきー」
そして終盤。
ミリカの王様の駒まであと一歩、というところで足止めを食らう。攻め手が減っていて上手く攻撃できない。
すると、いつの間にか僕の陣地にミリカ軍が集結しつつあった。
分散して動いていた駒が陣地に滑り込んでくる。
気がついた頃には、時すでに遅し。
防御するにも主力はみんな敵陣地……。
あっけなく王様が討ち取られた。
「負けた……」
「ドリィはさ、考えたら一直線なところあるよね。作戦バレバレだし」
「そうかなぁ」
「そうよ。視界を広く持って、並行してあれこれ考えたほうがいいよ」
「うー」
ミリカの言うことはもっともかもしれない。
物事を見る時は一点だけを視てはいけない。
それはアイテム鑑定にも通じる考えかもしれない。
他人や魔物の「良いところ」を視るときだって同じことだ。
すこし参考になった。
けど……なんか悔しい。
ていうか頭をつかい過ぎて眠くなってきた。
「ドリィが考えてることわかるよ」
ミリカは両手の手のひらで頬を押さえ、じっと見つめてくる。
「ほんとにわかる?」
「……負けたショックで思考停止、眠くなってきた。違う?」
「まぁ、あたり」
なんだかいろいろ負けた気がする。ミリカにはまだ勝てない。
「さー寝よ、寝よっ」
「うん」
ゲームの盤を片付けて、寝る準備をはじめるミリカ。
水瓶の水で歯を磨き、髪を梳く。
枕を並べた寝台は狭いけど、ミリカの寝相さえ良ければ快適だ。二日に一度は押し出されて床に落ちるけれど……。
「負けたドリィは罰ゲーム。私が寝るまで脚をマッサージね」
「それはいつもやってるじゃん……」
とほほ。ゲームで負けたという枕詞が付くと、奴隷と主人みたいな気がしてくる。
「お加減はよろしいですか?」
「うむ、よきよき」
うつ伏せになったミリカのふくらはぎや、足首をゆっくりとマッサージする。スキルが発動してから、だんだん歩ける時間が増えてきたという。
歩けるように、走れるようにと、祈りを込めて手を添える。
「……くー」
ミリカが寝息をたてはじめた。
人に揉ませていい気なものだなぁ。もう僕も寝ることにする。
「おやすみ」
◇
そして、翌日。
工房では銀細工が完成し、昼過ぎには迎えの馬車が来るという。
ギルドの仕事は午前中で切り上げることにした。
アイテム受け取りカウンターの仕事は、ギルドマスターさんには相談済み。
マリュシカさんだけでは大変だということで、ギルドマスターさんが手伝ってくれることになっている。
「すみません。ギルマスさんにマリュシカさん」
「いいの。ちゃんとミリカさんをサポートしてあげて」
「はいっ」
「んー。どうせならマリュシカちゃんもお休みしてもいいのよん? 鑑定師のリブラスルにきっちり、賃金のぶん働いてもらえばいいだけだから」
ボキボキと拳の骨を鳴らすギルマスのポーミアスさん。乙女言葉だけど目が据わっていて、顔が怖い。
「え、えぇ……?」
「あの子、最近ちょっといい気になりすぎなのよねぇ。高いお金払ってるのに……。ドリィくんの働きっぷりを見ていたら腹が立ってきたわ」
フラッと来てさっさと帰ってしまう鑑定師のリブラスルさん。その働きっぷりが気に食わないらしい。
「今日はたーっぷり、働いてもらおうかしら」
リブラスルさん……大丈夫だろうか。
「でも。……あたしまでお休みなんて」
「『ギルドの地縛霊』と噂がたっていた以前と比べて、マリュシカちゃんは最近良く話すし笑うし……とても元気になったわ。ドリィくんといいコンビだし。お休みしてもいいわよ」
これは思わぬ提案だった。ギルマス、ポーミアスさんのご厚意にマリュシカさんもちょっと嬉しそう。
「は……はひ。ありがとうございます」
マリュシカさんはへんな返事とともにコクリと頷いた。
「よかったね。マリュシカさん!」
「うん」
「はい、じゃぁおつかれー」
アイテム受け取りカウンターの内側に座り、手をひらひらさせるギルマスさん。
数日前からお休みをお願いしていた僕はともかく、マリュシカさんも思わぬお休みを貰った格好だ。
ギルドの建物を出ると、マリュシカさんが歩みを止めた。
「マリュシカさん?」
「あたし、やっぱり一緒にはいけないよ。あの家には……もう」
なるべく近づきたくない。そう言うだろうことはわかっていた。
ギルマスさんのご厚意は嬉しいけれど、無理に誘うのもなんだか悪い気がする。
「大丈夫ですよ、僕とミリカで行きますから。マリュシカさんはお休みなんです。自由に……街でお茶でも飲んでいてくださいね」
「ドリィくん……。じゃぁお言葉に甘えるね」
「はいっ」
「そうだ。あの……これ」
マリュシカさんは腰のポーチをごそごそと探ると、小さな紐を取り出した。何かの植物の蔓みたいだ。
ごにょごにょと呪文を唱えて、二つに千切る。
「腕を出して」
「こうですか?」
左の手首を差し出すと、マリュシカさんが蔓の切れ端で輪を作り、細い蔓草のブレスレットみたいなものができた。それを僕の手首にくくりつけた。
同じものを作り、マリュシカさんも同じように手首にはめる。
「お揃いの……蔓草のブレスレット?」
「今日限定の御守りよ。なにか困ったこと、緊急な事が起こったら……こう、引きちぎって。あたしの手首に伝わるから」
びっ、と引きちぎる真似をする。
「すごい……! 魔法の御守なんですか!?」
さすがは魔女さんだ。かっこいい。
「ありがとうございます」
「もし何かあれば駆けつけるからね。だ、大丈夫だと思うけど」
「は、はい」
そこまで心配しなくても大丈夫だとは思うけど……。
よほど何か嫌な予感がしてるのかな?
ちょっとだけ今日のお茶会が不安になってきた。




