呪いの剣の良いところ
気づいたときには遅かった。
鑑定スキルを通じて、攻撃的な意識が流れ込んできた。針で突かれたような痛みが目の奥に走る。
「痛ッ……!」
「ドリィくんっ!?」
これが……呪詛? 呪われた剣?
でもこの嫌な感覚には覚えがある。
そうだ、少し前に似た感覚を味わった。路地裏で僕とミリカに声をかけてきた男の人……! あの人の心をつい鑑定してしまった時にそっくりだ。どす黒い欲望、怒りと敵意。
毒虫に刺された
ような痛みと不快感が襲ってくる。
でも、耐えられる。なんのこれしき。
「だ……大丈夫……です」
目眩がしたけれど、辛うじて意識は保っている。鑑定しているのは僕だ。負けてなるものか。
再び剣に意識を集中、痛みを堪えて意識で押し返す。
すると文字化けして読めなかった鑑定スキルが、再び意味のある言葉を導きはじめた。
死者の剣:――運命の落とし穴。足元に開く奈落、避けられぬ不幸、死の予感。不吉なる道を避けねば、私を抱き骸となりて永久に眠るだろう。
私を……抱き……?
まるで剣に人格があるかのような表現はいつものこと。剣に取り憑いた悪霊か何者かの言葉だろうか。
目の奥を締め付けられた感覚が一層強くなり、視界が狭まり意識が揺らぐ。
でも、おかげで理解した。
なんとなくわかりかけている。
この剣は呪われている。おそらく一般的にはそう云われる部類の品物だ。
でもすこし違う。
これは……手にした者に危険や災難が迫っていると訴えている。怖がらせ、危機感を煽っている気がした。
手に入れた時点で、接触した時点で危ないと。
――それが君の良いところなんだね。
「ダメ! 剣から目を離して!」
マリュシカさんが慌てた様子で、僕の目を手で覆い隠した。ぎゅっと後ろから包み込まれる感覚と同時に視界が遮られる。
「マリュシカ、さん……?」
「危険な呪いの武器、あるいは邪な魂が封じられた依代かと……。魔除けと浄化の術式を手から送り込んでいます。すこし、深呼吸を……」
すーっと痛みが退いてゆく。
「ありがとうございます。僕はもう大丈夫です」
「本当に?」
「心配掛けてすみません。もう平気です」
マリュシカさんの温かい手と魔法のおかげで、目の奥の痛みもとれた。
そっと視界が開放された。
どうやらマリュシカさんに後ろから抱き抱えられていたようだ。後頭部にふにゃりと温かくて柔らかい感触があった。
胸……? はっとして上を向くと、心配そうに覗き込んでいるマリュシカさんと目が合った。近い、顔が近い。銀色の髪の毛が、さらさらとおでこをくすぐる。
「人工呼吸……必要ですよね?」
「いっ、いらないと思います」
ぺち、と両頬を押さえられたところで、慌てて身を離す。
「おいおい大丈夫かよドリィ? まぁこいつが、ヤバイ物だってことはわかったぜ」
目の前では、アーカンズさんが怖々とした様子で、剣を指先でつまみ鞘に戻した。
処分に困るなぁ、と目が訴えている。
「そうでもないかも……」
「え?」
「そうでもないって、この剣がか? おまえさんの今の感じだと、こりゃ呪われてんだろ?」
「呪い……とは少し違うかもしれません」
僕が視た鑑定が正しいなら、単なる呪いの剣じゃない。考え方次第だけど。
「どういうこと?」
マリュシカさんが小さく首をかしげる。
「この剣は、遺跡の奥で亡くなった魔族の方が抱いていたんですよね? つまり、その人に訪れる死を予言していたんです。持った人が呪われて不幸な事が起こる訳じゃなくて、不幸になる人の手から手へ……渡り歩くといいますか。そういう剣なんだと思います。多分」
「なるほどな……。俺が持ってるって事が警告ってわけか」
「確かにドリィくんの言うとおりかもしれません。魔法で調べてみましたが、剣には霊魂らしき気配は潜んでいますが、人に害を及ぼす呪詛は仕込まれていないみたいですし……」
「そうかとおもいます」
上手く言えないけれどマリュシカさんとアーカンズさんは、僕の話を理解してくれたようだった。
「するってぇと何か? 俺っちにこれから不幸が降りかかるってのか……?」
「その可能性はありますので、気をつけてください」
「お、おぅ……わかったぜ。とにかく剣は手放す。ここに預けていく。代金はいらねぇから、適当に処分してくんな」
「あ、はい……」
戦士のアーカンズさんはそう言い残すと、仲間たちの待つフードコートへと去って行った。
仲間たちと何やら話している。今からどこかの遺跡かダンジョンへ向かうのだろう。
「でも、今度は剣がここに。次はあたし達も何か危険が迫ってるってことになりません?」
「う……そうなっちゃいますよね」
マリュシカさんと顔を見合わせる。
ちょっとお互いに顔がひきつっていると思う。
死者の剣は手から手へと。
災難や不幸の気配を察し、渡り歩く予言なのかもしれない。
けれどものは考えよう。
見方を変えれば、すこしお節介なアイテムで、危険が迫っているから回避しなさい。なんて教えて回る「幸運のアイテム」のようにも思えてくる。
「危険が来るかもって、事前にわかれば気をつけます。アーカンズさんも手放したわけですから、きっと大丈夫です」
「ですよね。だといいですけど」
しばらくはアイテム預かり所に置いておくしか無さそうだ。
でも、次に何か不幸や身の危険が迫るのは僕だろうか、それともマリュシカさん?
どっちにしても気を付けなきゃ。
ここにいる限りは安全だけど、夜道に気を付けるとか、食べ物に気を付けるとか……。
でも危険と言えば思い当たることが無いわけじゃない。
イーウォン家。
マリュシカさんの実家へ銀細工を届けにいく時だ。
ミリカや僕が注意しなきゃならないとしたらそこだ。
強盗や事故、あるいは向こうについてから殺人事件に巻き込まれるとか……。
余計なトラブルや不幸に巻き込まれないように、慎重にいくことにしよう。ミリカにも言い聞かせておかないと。
忙しい日はあっという間にすぎてゆく。
やがて陽が傾き、夕暮れの陽光が町を染めてゆく。
冒険を終えたパーティが戻りはじめた。
ギルドが再び賑やかになったとき、アーカンズさんが息せききって駆け込んできた。
「ドリィ! おぉお……!」
他のパーティメンバーも一緒に、ドカドカとアイテム受け取りカウンターへと近づいてくる。
僕とマリュシカさんはカウンターの内側に並んで座ったまま、何事かと身構えた。
「命拾いしたぜ! ドリィ!」
「えっ?」
「実はよ、今朝あれから潜ろうとしたダンジョンが、目の前で崩落してよ……! ドリィの助言がなかったら、完全に死んでたぜ……!」
アーカンズさんが興奮した様子で捲し立てた。
「崩落!?」
「当たった……」
「あぁ、本当に危機一髪さ。もし、あのままダンジョンに入っていたら……僕らは全滅だった。本当に危なかった」
「アーカンズが『今日は嫌な予感がする』なんて珍しく入り口で私たちを引き留めてさぁ。あの言葉がなかったら今ごろ……」
パーティのリーダーの若いお兄さん戦士と、綺麗な格好をした魔女さんが、思い出してもゾッとするといった表情で僕らを見た。
「お陰で助かったぜ、ドリィにマリュシカさん。本当に感謝する!」
アーカンズさんたちの声がギルドの中に響く。
注目が集まり、ギルドマスターさんまでもやってきて話を聞いている。
「まさかアイテム鑑定で命を救われるとはな……!」
アーカンズさんは何故か自慢げで、周囲に聞こえるように語っている。
でも鑑定は当たっていた。
死者の剣はやはり不幸を予言していた。
それを回避できたのは、アーカンズさんの警戒心と、いつもとは何かが違う……という違和感を信じたお陰だ。
「おまえの鑑定のお陰だぜ。単なる呪いのアイテムだ……で終わってたらよ、俺たちはヤバかったんだ」
「僕はなにも……」
がっと手を握り、ものすごく感謝されてしまう。パーティのリーダーや魔女さんからも沢山の感謝の言葉をもらう。
「お役に立てて嬉しいです」
一番うれしかったのはアーカンズさんをはじめ、パーティのひとたちみんなが無事だったことだ。
「とにかく感謝だ。この借りはいつか返すぜ!」
「何かあったら相談してくれたまえ。僕らに出来ることなら、力になるから」
「そう、受けた恩は返す。それがこのギルドの流儀ってやつだからね」
リーダーのお兄さんと、魔女さんが口々に僕の手を強く握りしめた。
「はいっ!」
なんだんかとても照れ臭い。マリュシカさんと二人で小さくなって微笑みながら、頷くしかなかった。
死者の剣は災難を予見していた。でも回避できない災難じゃない。
夕方の忙しい時間も過ぎ、仕事もおちついた頃、マリュシカさんが朝の話の続きを切り出した。
「ドリィくん。あのね。……家のことなんだけど」
「イーウォン家、ご実家とお姉さんとの関係のことですね」
「言っておきたいことがあるの」
マリュシカさんは意を決したように、声を低めた。
「はい」
「お継母さまには気をつけて。何か嫌な予感がするの」
マリュシカさんの感じる「不吉な予感」の源はそこなんだ。
マリュシカさんを追い出した、継母。
それは僕にとっては警戒すべき敵みたいなものだ。
「お茶会に行くときは気をつけます」
「そうしてくれると安心。それと……」
「それと?」
「なんていうか……。上手くいえないのだけど、お継母さまから時々、とても恐ろしい気配を感じることがあったの……。姉は気にならないようだったけど。私は怖かった」
「お継母さんが……?」
「それでも姉は世渡りが上手くて、愛想も良く接していたから気に入られたわ。だから全てが順調で、上手くいって……良い婚姻の話も舞い込んできたみたい。でも、私は継母さまがなんだか怖くて……。きっと態度に出て、ますます嫌われたのだと思う」
「もしかして、マリュシカさんの魔法スキルで、何かを感じていたとか……」
マリュシカさんの感じた気配。それは魔法のスキルによる何かなんじゃないだろうか?
魔女のマリュシカさんを嫌い、遠ざけたのは、もしかして魔法の力で何かがバレるのを恐れた……とか?
姉のマシュリカさんとイーウォン家に関する事は、すこし気を付けたほうがよさそうだ。
「関係があるかはわかりませんが、『死者の剣』がこのタイミングで僕とマリュシカさんの近くに来た……ってことは警告と考えていいですよね」
「……そうね。注意しましょう」
暫くして、Aランクパーティ『砂漠の乾燥クラゲ』に所属する鑑定士さん、リブラスルさんがやってきた。
いつもどおり面倒くさそうに、あくびをしながら。
「……今日は多いな」
「はい。分類はしておきました」
それでも山のようなアイテムを視て、高級なアイテムを素早く鑑定、特別に価値の高いアイテムを選別してゆく。やがて鑑定し終えると「あとはお前がやれ」と言った。
僕に任せてくれるのは嬉しい。
けれど一番気になっていることを確認していない。
死者の剣。
手にした者の不幸や災難を予言する、親切な剣のことを詳しく教えてくれないだろうか。
「あの、この剣なんですけど……」
手にした剣を恐る恐る差し出す。
「ゴミだ。そんな剣に価値は無い」
一瞥し、にべもなくばっさりと切り捨てた。
「でも! これは不幸を予言してくれて……」
「無駄な時間を取らせるな! 価値のないアイテムだ。それぐらいわからんのか!? だからお前は半人前以下なんだ」
怒鳴られた。吐き捨てるように罵られた。
僕の聞き方がわるかったのだろう。価値の有無を鑑定するのが鑑定士なら、怒るのも当然かもしれない。
「すみ……」
「ドリィくんはそれでも人を救いました」
思わぬ声にハッとする。マリュシカさんだった。
「魔女、お前にアイテムの価値がわかるのか?」
「ひぅ!?」
睨み付けられたマリュシカさんは、杖を抱いて縮こまった。僕はムッとしてしまった。
「お時間を取らせてすみませんでした。お疲れさまでした」
リブラスルさんは面倒くさいとばかりに大きなため息を吐き、踵を返し去っていった。
僕はすぐにマリュシカさんに向き直った。
男は無理、怖ッ……とかブツブツ言っている。トラウマモードに突入している。
「マリュシカさん、ありがとうございます。嬉しかったです」
「ドリィ……きゅん」
顔をあげるマリュシカさん。すこし涙目だろうか。
「怒られちゃいました。確かに価値の有る無しで判断したら、古い剣に価値は無いですから」
「そ……そんなことない! ドリィくんのスキルはアイテムを、お金の価値だけで測ってるんじゃない。もっと……別の価値を視ているの……。使った人がどう感じるかとか、運命がどう変わるかとか……。それってとても大切で素敵な、きっと世界で唯一無二の力なんだと思う」
嬉しかった。そんな風に認めてくれるなんて。
「マリュシカさん……」
「ドリィくん……!」
目をつぶって「んむー」と顔を近づけてくるマリュシカさん。慌てて彼女の両肩を押さえ椅子に座らせる。
でも、お陰でまた自信を持てた。
受けた恩は返す。
それがこのギルドの流儀なら、僕は必ずマリュシカさんに恩を返そう。必ず……!




