鑑定スキルで繋がる絆
朝から仕事は順調で……というか、すごく忙しい。アイテム受け取りカウンターはいつにも増して大忙しだ。
「やぁドリィくんおはよう。これの鑑定をお願いするよ」
「はいっ!」
お客さんが次から次と、ひっきりなし。
「マリュシカさん、こっちの箱の中身のアイテムは、別の人のタグになりますからね」
「了解、まかせて」
仕事を二人で分担しながらこなしてゆく。マリュシカさんといろいろ話したいことがあるけれど、まずは仕事に集中する。
「なんだかギルドが活気づいてません?」
「……群雄割拠、竜闘虎争。上位ランクのパーティの皆さんが、しのぎを削っているみたい」
「みんな頑張ってる、って意味ですよね?」
「そう。目の上のたんこぶ、ワンマン勇者が脱落……」
メガネをすちゃりと指先で持ち上げる。
物静かな魔女さんは、物事や他人を観察し、深く考察している場合が多い。流石はマリュシカさん。
「あ、ガルドさんが不在ですもんね」
Sランク冒険者パーティが解散した余波なのだろう。五組ほどあるAランクパーティたちが「俺たちの時代だ!」とばかりに、クエストをがんばりはじめたらしい。
Sランクパーティが解散した穴を埋めるかのように、他のみんなが頑張っているのだろう。
ガルドさんはギルドに来ていない。昨日顔を見せたきりで、どこをほっつき歩いているのだろう。新パーティ結成の募集には誰も応じなかったのだろうか。
そういえばミリカが、広場で大道芸人たちに交じっていた気がする……と言っていたけれど、本当ならちょっと切ない。
「今日も気合いいれていくぜ!」
「うぉー!」
パーティメンバーはクエストへの出発前にみんなで集まって気合いを入れる。拳をぶつけ合ったり、肩を組んで声を上げたりと作法はさまざまだ。
でも「安全にいこうぜ」「連携と信頼が一番大事だからね」と、お互いを気遣う声も聞こえてくる。というか「おれはガルドとは違う」「不協和音のでるようなパーティとは違う」とお互いの信頼を確かめているみたいな気がした。
ガルドさんという、色んな意味で大きな存在感を放っていた人が居なくなって、空気が変わった気がする。
次のお客さんがやってきた。
大きな袋を二つ抱えている。
「こんにちは、ドリィ君にマリュシカさん。アイテム見てくれる? けっこう大漁なんだ」
運んできたのはAランクパーティ『夜明けの寝ぼけ眼』の荷物持ちマスター、リメリアさんだ。爽やかな感じのお兄さんで顔もかっこいい。思慮深くて、言葉もアイテムの取り扱いも丁寧だ。
「リメリアさんこんにちは……って、アイテム沢山ですね!」
「でしょう?」
早速、一つ目の袋を広げて見せてくれる。
そこには遺跡から見つけてきたらしい銀の盃やお皿、宝石の嵌め込まれたカチューシャに魔石のペンダント。錆びない金属で作られた小さな儀式用のナイフなど、沢山のアイテムが入っていた。どれも一目でかなりの値がつきそうだとわかるアイテムばかりだ。
大急ぎでアイテム受け取りのタグをつける。マリュシカさんが管理台帳にアイテムの名前と特徴を素早く書き込み、伝票を書いてリメリアさんに手渡す。
「ありがとう。それと……こっちもね」
「わわ、大物ですね。これ、鎧一式ですか」
「そうなんだ、綺麗でしょ」
「見事なものですね」
広げて見せてくれたのは立派なフルアーマータイプの鎧、一式だった。
大きな革の袋に丁寧に折り畳まれて格納されていたけれど、重さもかなりのもの。表面に精緻な紋様が刻まれた鎧だった。ここまでいい状態で、完全に揃っているのは珍しい。
「これはね、ハーヴェリア遺跡の地下ダンジョン、第三層まで潜ったときに番人を倒して手に入れたんだ」
フードコートで話しているのを聞いたことがある。なかなか手強くて三層から下に進めないって。
「手強い魔物がいるって聞いたことがありますけど」
「まぁね。でも、昨日はみんなで一致協力、がんばったんだよ」
爽やかな笑顔で鎧をぽんと叩く。
ギルドマスターさんが以前、「兵站を担う荷物持ちこそがパーティの要なのよ」と言っていた。言われてみれば上位ランクパーティには、たいてい優秀な荷物持ちさんがいる気がする。
「凄いですね、さすがは『気配り上手』なリメリアさん」
「ははは。それ、君に言われて気に入ったよ」
「あっ、すみません……なんだか」
「いいのいいの。戦いのときは後方に下がる僕らポーターが視界を広く持って、周囲にも気を配る。そのほうが戦いはスムーズに運ぶしパーティも調子がいい」
「そうですか、それならよかった」
「ドリィくんには、人の良いところや得意なことを見抜く目あるんだね……。アイテム鑑定にも役立つよきっと」
「だといいんですけど……」
ちょっと誉められたみたいで、思わず照れ笑い。
「鎧の簡易鑑定、できそう?」
「はい、やってみます」
鑑定スキルで視る。
臆病な鎧:――邪悪なる魔法は逸れ、魔法使いは悔しがるばかり。
「……魔法に対する耐性が高いっぽいです」
僕の未熟な鑑定スキルの目を通してでさえ、かなり上級な品物だとわかる。対魔法効果が秘められている。
「へぇ! 良い値がつきそう?」
「おそらく。明日までには上位鑑定師に正式鑑定してもらいますから」
「ドリィくんの簡易鑑定で十分だと思うけどな」
おまけにリメリアさんは、おだてるのもうまい。きっとパーティメンバーも上手に鼓舞しているのだろう。
「僕はまだ修行中なので……」
「君のそういうとこ好きだよ」
「あ、ありがとうございます」
イケメンで優しいお兄さんに見つめられ、顔が赤くなる。うぅ恥ずかしい。
「……好き……。ムフッ……フーッ」
マリュシカさんが背後で鼻息を荒くした。リメリアさんはまたねと言い残して去っていった。
「おうドリィ、今日もたのむでぇ」
またお客さんだ。本当に今日は忙しい。今度は戦士のアーカンズさん。気さくで誰にでも気軽に話す感じのおじさんだ。
「こんにちはアーカンズさん。それは……遺跡で見つけた剣ですか」
「まぁな。簡易鑑定してくれる?」
「はいっ」
カウンターに置かれたのは、布でぐるぐる巻きにされた短剣だった。包みをほどいてみると柄も鞘も普通で、特別珍しいものには思えない。持ってみるとすごく重い。鞘から抜こうとしても抜けない。
「うーん、重い」
「ははは、その細腕じゃ仕方ねぇな。どれ、怪我でもされたら大変だ、かしてみ」
「すみません」
悪戦苦闘しているとアーカンズさんが軽々と、剣を抜いてみせてくれた。ギラリとした抜き身の剣に息を飲む。
刃の側面には見たこともない文字が刻まれていた。
「……古代ルクソニア文字。滅ぼされた魔性の一族しか使わない。魔法の遺物かもしれません。あの……これをどこで?」
マリュシカさんが後ろから僕の両肩に手をのせて、剣を覗き込んでいる。何か気になるらしかった。
「あー。それがよ、遺跡の奥で……古い魔族の死骸が抱いてたんだ。それを拾ったんだがよ」
うわ、なんだか不吉。
「ドリィくん、気を付けて」
「わかりました」
とりあえず鑑定するぐらいなら大丈夫だろう。
『アイテムの良いとこ鑑定!』
いつもは瞬間的にイメージが浮かぶ鑑定結果は、少しだけ時間がかかった。
死者の剣:――危険へ近づく暗示、予見する、死に近づく者、剣は抱かれ¶§‰・・・
「あ……れ?」
途端に視界が暗くなり、ギーンと強い頭痛がした。
「ドリィくん!?」




