友達の話に耳を傾けて
◇
「おはようございますマリュシカさん」
「ドリィくん、おはよ」
翌朝、マリュシカさんはいつも通りギルドへやってきた。朝の掃除を終えた僕と挨拶を交わし、アイテム受け取りカウンターの内側に座る。
早朝のギルドはまだ閑散としていて、仕事の開始までは少し時間がありそうだ。
僕はマリュシカさんの横に座り、何気なく昨日の出来事を話してみた。
ミリカがお姉さんのマシュリカさんと偶然出会ったこと。
お姉さんが妹であるマリュシカさんの事を知りたがっていたこと。
それらを伝えると、マリュシカさんはとても驚いた様子だった。
「マシュリカ姉さんが、わたしを……?」
「はい。お姉さんがマリュシカさんの様子を気にされていたそうです」
「そう」
マリュシカさんは曖昧な笑みを浮かべ、しばらく黙っていた。朝日が丸メガネのレンズに反射して瞳の表情は読み取れない。
明るく「そうなのよ! 実は姉がいてね」みたいに話す感じではないので、大体の察しはついた。やっぱり何か二人の間には込み入った事情がありそうだ。
注文を受けた銀細工を納品することになり、ミリカとお茶会に誘われたことも伝えてみた。
「……もしまた会ったら、あたしは元気でやってますよって。伝えておいてもらえるかな」
マリュシカさんは絞り出すような声で言った。
喜んでいる雰囲気ではない。マリュシカさんにとってはあまり良い話ではなかったのだろう。
姉妹の間には人に言えぬ事情があるのかも、というミリカの推測は当たっていたみたいだ。
「ミリカにも言っておきますね」
街一番のお金持ちのご令嬢マシュリカさん。
妹はギルドの魔女マリュシカさん。
姉妹はあまり交流する事もなく、疎遠になっているのかもしれない。あまり深入りするのはよくないだろうか。
「あのね、実は……」
するとマリュシカさんは、何か思い詰めたような表情で僕を見つめ直した。
「何か事情があるんですよね。無理しなくてもいいですよ」
話したくない事は誰にだってある。
僕とミリカだって村から夜逃げしたようなもの。誰かにほいほい話すことじゃない。
「ううん、違うの。むしろドリィくんに聞いてほしくて。ずっと……その、話せる友達がいなかったから」
「えっ」
「聞いてもらえたら嬉しい。……嫌かな?」
「そ、そんなことないです。僕でいいなら」
「と……友達として、こういう話をするのってダメかな?」
頬を染めるマリュシカさん。そういうことならどんと来いだ。
「ダメじゃないです。むしろ嬉しいです! 気軽に話してください。なんでも相談にのりますから」
友達として話を聞く。
それはごく普通の事だ。
ミリカだっていろいろ話してくれるし。話しても解決しないこともある。でも聞いてほしいとミリカはいう。寝台の端に腰かけて、ひたすらグチを聞かされる日もある。その時の僕はただうんうん聞いてあげるだけ……。なんてこともあるし。
「話を聞くの好きなんです。慣れっこですし」
「ミリカさんで鍛えられてるのね」
「かもしれません」
それを聞いて、マリュシカさんも少し気が楽になったらしかった。
僕はマリュシカさんの話を聞きたい。
人生相談の相手としては力不足だけど。
聞かせてほしいとおもった。先輩というより、友達として話してくれることがうれしかった。
気がつくとギルドに冒険者達が集まり始めていた。じきに仕事も始まるだろう。でも今はもう少しだけマリュシカさんの話に耳を傾けていたい。
「こっち」
「あっドリィくん」
マリュシカさんの手を引っ張ってカウンターの陰になるドアの後ろに移動する。見えない位置に椅子を二つ動かして、ちょっと斜めの位置に腰かける。
真正面だと緊張するし。真横に座っているのも独り言みたいだし。マリュシカさんもこのほうが話しやすいだろう。
「あの大通りにもあるイーウォン商会って、マリュシカさんのご実家なんですね」
まずは僕から話を切り出す。
「今は関係ないの。……あたしね、あの家から追い出されたの。出ていけって。追放されて一年になるわ。だから近づかないようにしていたの」
「追放されたって……。そんな」
想像以上に重い話だった。
僕が冒険者パーティから追放されたのとは訳が違う。
家から追い出された。
とっさに、どう反応してよいか思い浮かばない。
けれどマリュシカさんは胸の内を僕に話したいみたいだった。静かに言葉を紡ぐ。
「……二年前、大好きだったお父様が亡くなって、お姉さまも……イーウォン家も変わってしまった。お姉さまとはもともとすれ違いが多くて、お姫様みたいな姉と、魔女を目指すあたしとじゃ生きる世界が違ってて……。話しも合わないすれ違いの毎日で。けれど、それでも普通の姉妹みたいには話せていたわ……。なのに、ある時を境にあたしは『災いの魔女』と罵られて、家を追い出された。嫌われちゃったみたいなの……」
一気に早口で彼女にとっての真実を吐露するマリュシカさん。
「災いの魔女……!? そんなのって酷すぎる……!」
僕は思わず立ち上がった。頭に血が昇る。マリュシカさんを災いだなんて。
「僕はそうは思いません」
「ありがとう、ドリィくん。嬉しいよ。でも仕方ないの」
「でも……」
お姉さんとは会っていないけど、マリュシカさんを悪く言う人なら嫌いになりそうだ。
でもマリュシカさんの温かい手に優しく引っ張られ、椅子に腰を下ろす。
「原因はあたし。二年前、お父様が死んだのは……たぶんあたしのせい。お父様は自分が求めていた、夢にみていた魔法の力を、わたしに託していた。自分が手にできなかった魔法の力、スキルに憧れて、夢をあたしに託していたわ……。幼い頃に出会った魔女という存在に憧れを抱いていたらしくて」
「魔女が好きだったのですね。じゃぁマリュシカさんが魔女になって、喜んでいたんじゃありませんか?」
「そうね……。お父様からは、いろいろな魔導の本を買い与えられたわ。友達も出来なかった私はずっと読み耽った。魔法のスキルも使えるようになったあたしを、お父様は誉めてくれた。マリュシカは才能がある。きっと素敵な魔女になれるって。魔女になって皆を救うんだよって、そう言ってくれたの」
「いいお父さんじゃないですか」
お父様は少なくともマリュシカさんを好きだった。
でもそのお父さんが死んだ。
だから家族が辛くあたるようになった……のかな?
「お姉さんはマリュシカさんを、何か勘違いしているんじゃないですか? 嫌って、追い出したのって……。何か事情がありそうな気がします」
お父さんが死んだ原因がマリュシカさんにあると、憎み、追い出したのがお姉さんなのだろうか?
でも、それだとミリカに見せた態度と矛盾する。
妹の様子を気に掛けていた。
すくなくともミリカはそう感じた。
演技の可能性もあるけれど、偶然たまたま出会ったミリカ相手に、そんなことまでするだろうか……?
逆につい気を許してしまったんじゃないだろうか。
もちろん、なんの根拠もないけれど。
そうだ僕のスキルを通して、お姉さんを視たらどうだろう? 何かかわるかもしれない。
「あのね……。魔女を……あたし嫌っていたのは、お母様なの。ほんとうのお母さんじゃなくて、五年ほど前にお父様と再婚した継母のイヴォルアさん」
「その人が……!」
イヴォルア。その人が原因なのか。
「魔法の書物を買い漁る父と知り合ったらしいわ。何処か遠い街の貴族の末裔だといっていた。イヴォルアさん本人は魔女でもなんでもないけれど、魔導書をどこからか手に入れて父に売り……、次第に親しくなったみたいなの」
「その、新しい継母さんが、マリュシカさんを……嫌っていた? でもどうして……」
「わたしは最初から目の敵にされていたわ。魔女は追放すべき存在、気持ち悪い、魔法が使えるお前も汚らわしい。悪魔と交わった呪われた子だって……。姉も最初はかばってくれたけど……。だんだん継母は家を掌握していったから、従わないとダメだったんだと思う。お父様はそのころ……だんだん様子がおかしくなっていって。病気になって、どんどん悪化して……」
そして亡くなった。
「それがマリュシカさんのせいだって、言ったんですね」
静かに頷く。
銀色の髪がさらりと揺れ動いた。ぎゅっと膝の上で、マリュシカさんは手を握りしめていた。
「ごめんね朝から。こんな話しちゃって。でも……ずっと辛くて、誰かに聞いてほしくて……」
「大丈夫です、聞かせてくれて嬉しいです。僕は、尊敬する先輩で、素敵な魔女のマリュシカさんの味方で、友達ですから」
「うぅ、ドリィきゅんは……いい子ね」
ぐすっとマリュシカさんが鼻をすする。
ついでに僕も話したくなったので、椅子から立ち上がる。
「こほん。話を聞いた、僕の直感で申し訳ないですけど……。その継母のイヴォルアって人、なんだか怪しいです!」
ズバッと言ってやった。
話を聞くだけって思っていたのに。
客観的に考えてもなんだかおかしい。
「そんな……でも、何も……わからない」
イーウォン家を乗っ取ろうとしていた?
だとしたら、その目論みは再婚して家に入り込んだ時点で成功していたはず。お父さんの病気の原因は今となってはわからないけれど、それだって怪しい。
お姉さんとマリュシカさんの差。
姉のマシュリカさんは良くて、妹のマリュシカさんだけを追い出さなければならなかった理由はなんだろう?
そこに何か秘密があるはずだ。
「お姉さんって、魔法のスキルは?」
「全く無かったと思う」
はっとする。
「もしかして……マリュシカさんが魔女だから?」
魔法のスキルを開花させつつあったマリュシカさん。
その継母は魔女が目障りだった?
何故……?
考えはじめたところでタイムアップだった。
アイテム受け取りカウンターにお客様がいらっしゃった。
お仕事の時間だった。
「続きはあとで! このまま、マリュシカさんを辛いままにしておきたくないんです」
「ドリィくん……!」




