今さら戻ってこいと?
「大森林の奥深く! シルターレル遺跡を守る魔竜、ディープグリーン・ドラゴンに俺は挑んだ! 激しい戦い……! 惜しくも討ち損じたが、そのときに踏んづけたドラゴンのウ●コ付きのブーツだよ!」
Sランク冒険者のガルドさんは大声で、自信満々の表情で語る。両腕を大きく広げ、眉を持ち上げ、口を竜みたいにがーっと開けて。
表情も身振りもいちいち大げさで、芝居じみていて、なんだか疲れる。
「あの、血とかウロコとかは……?」
僕の言葉にカチンときたのか、ぐわっと人差し指を向けてきた。
「んなもんは無ぇ!」
「すみません」
「いいかドリ坊! 駆け出しのお前は知らねぇかもしれねえがな、竜ってのはめっぽう強くて、狡猾なんだ……! 俺は奮戦しがんばったが、パーティは力及ばず、あっというまに全滅しちまった! 破壊のブレスによる先制攻撃! そして巨大な尻尾でなぎ払われてな……! あぁ……惜しいぜチキショー!」
悔しそうに地団駄を踏み、拳を握りしめカウンターの天板をゴッと叩いた。
「はぁ……、それは大変でしたね」
ガルドさんは一太刀も浴びせていないっぽい。
もしドラゴンに少しでも傷をつけ、剣を突き立てていたなら、きっと「ドラゴンの返り血がついた剣だぜ!」と言って、意気揚々と売り込みに来るはず。なのに持ってきたのは何かを踏んづけたブーツだけ……?
ドラゴンとの戦いを自慢しているけれど、実際は返り討ち。無謀な作戦だったとギルドのみんなは噂していた。
Sランクの最強パーティは、大ダメージを受け全滅。大ケガの治療で大変な騒ぎだった。
結果、仲間割れをしたガルドさんのSランクパーティは解散したらしい。
「ドリ坊、俺とドラゴン退治に憧れて、パーティに戻ってきたい……なんて言っても今さら遅いぜぇ?」
両手の平を天井に向け肩をすくめるガルドさん。口もとには余裕の笑みを浮かべている。
「言いませんよそんなこと」
っていうか、パーティ解散しちゃってません?
どうしてそんなに自信満々なのだろう?
仲間がいなくなって寂しいとか、思わないのかな?
クエストを失敗しての反省とか、後悔とか……。負けたことを悩んだりしないのかな?
疑問を抱き、思わずじぃ……と、目の前いる勇者、ガルドさんを見つめていたら勝手にスキルが発動した。
『相手の良いとこ発見!』だ。
大男A:――アピール上手で超前向き。
「おいおい、そんな憧れの眼差しで見つめんなよ、照れるぜ」
どうやらガルドさんの良いところは、アピール力。
それと超前向きな性格みたいだ。
つまり、皆を引っ張っていくリーダーシップがあって、作戦の指示や目的をちゃんとアピールできる力。
もちろん剣や戦いの腕前は超一流なわけだし。
やっぱりSランクまで上り詰める人は違うなぁ。
とても勉強になる。
「あっ、その……。ガルドさんの良いところは、前向きなことなんだなーって思いまして……」
「おぉ!? わかってんじゃねぇかドリ坊! いいかぁ? 男はよ、ウジウジ過ぎたことを悔やんでも仕方ねぇんだ」
「はぁ」
「転んだらすぐに起き上がる! 障害があったら避ける道を探すより蹴散らして乗り越えろ! どんどん前に進みゃぁいい」
があっ! とガルドさんが吠えた。
すごく元気で騒々しい。
でも言っていることは説得力はあった。
というか勢いで押し付けられている感じだけど。
身体も大きくて声も大きいガルドさんの存在感はすごい。
ギルドのフロアにいた人たちが「何事か」と一斉に注目している。けれどその視線はどこか冷たかった。
でもガルドさんはおかまいなし。背中に集まる視線なんか気にしていない。
僕なら恥ずかしくて小さくなるのに……。
「わ、わかりました。そんなに大声ださなくても……」
「あん? 声は普通だぜ!?」
いやいや大きいですってば。
マリュシカさんが速攻で逃げ出した気持ちもわかる。
苦笑しながら振り返ると、地下倉庫へと続く階段の入口に人影が見えた。マリュシカさんだ。
ひゃっ、と怯えたように顔を出したりひっこめたりしながら、此方を覗っている。
「おっといけねぇ本題だ! それでよ、これがどんな貴重なアイテムか……鑑定してほしいってわけよ!」
どんっ! と、抱えていた革袋から汚れたブーツを取り出した。土と何かの汚れが、カウンターテーブルの上に散る。
あぁ……せっかく綺麗にしたのに。
「あ、はい」
それは分厚い革製で、甲冑みたいなブーツだった。靴底と脛を守る正面が金属で装甲されていて、カッコイイ。
街の冒険用品屋さんで売られているやつだ。商品名はたしか『安全冒険ブーツ』とか。僕も欲しいけど、履いたら重くて動けなくなりそう。
「注目はここよ! 足の裏に……べったりついてんのが、ドラゴンの……アレだ」
ブーツを傾けて、つま先を此方に向けるガルドさん。
いまさらアレだなんて言わなくても、さっきウ●コって叫んてたじゃん。
「……では、一応確認しますね。って臭ッ!?」
「そりゃぁ俺がずっと履いてたからな!」
「うぅー」
最悪……。
なんかもう、ヤダ。
恐る恐る指先で摘んで、傾けて眺めてみる。
足の悪臭が強すぎて、排泄物的な臭いはしない。
ブーツの靴底の汚れも、黒い泥汚れにしか見えない。
「ドラゴンと戦ったときに踏んづけたんだ」
「それはわかりましたから」
でも、靴底の汚れが本当にドラゴンのアレなのだろうか?
伝説級の魔法生物であるドラゴンは、血や肉、鱗に至るまで魔法の効果を有している。
だからって排泄物(そもそもするの?)にまで効果があるなんて、聞いたことがないけど……。
マリュシカさんならわかるかな?
期待したけれど戻ってきてくれる気配はない。
もしドラゴンの「アイテム」として何か効果があったら凄い。そしたら僕が買い取りたいくらいだ。
いやいや、まてよ。
この臭いブーツを?
ミリカのために……?
「ほら、ドラゴンのウ●コ、脚に塗るといいよ」
なんて言ったら本気でブン殴られるだろうなぁ。
悶々と色々なことが脳裏を過る。
ブーツをじっと見据えると、僕の鑑定スキル『道具の良いとこ発見!!』が発動する。
臭いブーツ:――運気下降。孤独が好きな貴方に。
「うわぁ……」
ドラゴンのドの字もない。
運気が下がるから、孤独な好きな貴方へって……。無理矢理「良いところ」を探し出した感じがする。スキルが苦悩した跡がうかがえる。
「どうだ!? 金になりそうか!?」
ずいっと身を乗り出して来るガルドさん。
「僕の予備鑑定だと、ドラゴンとは関係なくて……。効果も何も無い、ただのブーツです」
「……ほんとかぁ?」
「ホントですってば。むしろすぐに手放した方がいいかと思います。持っているだけで運気が下がるみたいで……」
「ウン気が下がるってか!? ガハハ! その手にはのらねぇぜ! 超絶レアアイテム化したブーツを買い叩こうって魂胆か?」
「違いますよ! 多分、銀貨一枚ぐらいにはなると思います。疑うなら、他のギルドか鑑定士さんに視てもらってください」
さすがにちょっとムッとする。
「んなことしたら金がかかるだろうがよ!」
前向きなくせに疑い深い、そしてケチ。なんてめんどくさい人なんだ。
パーティメンバーの皆さんも、苦労していたのかなぁ。
「ここでの予備鑑定は無料です」
事務的に言って書類に書き込んで、ブーツといっしょに押し返す。お持ち帰りしてください。
「ちっ。しゃぁねぇな。金欠だから金になればとおもったのによ……」
えっ? Sランクパーティってものすごく稼いでいた気がするのに。もうお金がないのかな?
「ガルドさんならクエスト依頼を受ければ、お金なんてすぐたまるんじゃないですか?」
「まぁな! 宵越しの金は持たねぇ性分なんだ! ジャラジャラじゃまくせぇしよ」
「すごい前向き……」
「そんでよドリ坊! 新しいパーティメンバー募集中だぜ?」
「あっ……僕は……遠慮しときます」
「鑑定師見習いでもかまわねぇからよ。な?」
もしかして誰も集まらない?
人材不足にしても僕にまで声をかけるなんて。
「なぁ頼むよ。もどってきてくれよ……ドリィ」
「……」
僕のこと要らないって追放しましたよね?
今さら戻って来いと言われてももう遅い、です。
「ここので仕事が結構気に入ってるんです」
「そうか……まっ! いいや。気が向いたら声かけてくんな! 邪魔したな。じゃぁな!」
何事も前向きなガルドさんは、ケロッとして臭いブーツを抱えて帰っていった。
ちょっと可哀想な気がして損した。
冒険か……。
いっしょにクエストとか行けたら楽しいかな?




