屋根裏部屋の幼なじみ
◇
早く帰らなきゃ。
下宿でミリカが待っている。
ミリカは僕の幼馴染。
足が悪くてあまり出歩けない。
二人で村から逃げ出して、隠れるようにこの町で暮らしている。
冒険者ギルドの建物を出ると、太陽は傾きかけていた。
空は青から黄金色のグラデーションへと変化し、黄色味を増した光がリューグテイルの街を染めてゆく。
初めて稼いだ報酬、銀貨三枚を腰のポーチに忍ばせて、足早にギルドを後にする。
チャリンという音がポケットから響く。
初日で追放されちゃったけど、冒険……クエストで稼いだお金には違いない。
僕が自分で稼いだお金。
初めての報酬……!
ぽっと胸の奥が熱くなる。
誰にも言えない小さな達成感。
こみあげてくるのは感激と喜びだ。
――嬉しいっ!
いやったぁあー! と思わず往来の真ん中で跳ねてしまった。
「くすくす」
道行くお姉さんに笑われた。親子連れとも目が合う。
はっと我に返る。
うぅ、めっちゃ恥ずかしい。
ここは――アントノキ王国の南端の街リューグテイル。
南部森林地帯、開拓の拠点。南に尻尾のように突き出た大陸の果て。だから竜の尻尾と呼ばれているらしい。
振り返ると冒険者ギルド『ギャラルホルン』の建物が見えた。
冒険を終え戻ってきたパーティが次々に出入りしている。王国公認の冒険者ギルドは街に幾つか点在し、いつも賑やかだ。
周囲の通りは様々な品物を売る商店、食べ物のお店、屋台が所狭しと立ち並び活気に満ちている。
肌の色や髪の色は様々だけど、九割五分は人間で、たまにエルフという耳の尖った人とすれ違ったり、ドワーフという鉱脈やダンジョン探掘が得意な人達が歩いていたりもする。
冒険者達で賑わっているのはギルドだけじゃない。近所の武器屋や鎧などの装備品のお店は、いつも人だかりが出来ている。
『Sランク冒険者御用達の店』『伝説の勇者ホーガンの鎧、レプリカモデル入荷!』『パーティ用の統一装備承ります』などなど。賑やかな看板やかっこいい武器や防具の数々は見ているだけで楽しくなる。
僕もあんな装備をつけて戦えたらなぁ……。
Sランクの大勇者、ガノンさんみたいに。
そんな夢想もするけれど、友達のミリカには「ドリィには無理、ぜったい向いていないよー」と笑われたっけ。
街を一歩出れば、南側には広大な原生森が広がっている。
そこは魔物たちが潜む森。他にも洞窟や遺跡が点在し、冒険には事欠かない。
遺跡には秘宝や未知のアイテムが沢山眠っている。アイテムは太古の魔法王国の遺物なのだ。
冒険者たちはそこから珍しいアイテムを見つけたり、魔物がドロップするアイテムを手に入れたりする。そして、ギルドに集まってくるアイテムを鑑定士が判定。機能や効果を確かめた上で値が付けられ、街の商店へと流通する。
僕もはやく鑑定士になりたい。
立派な鑑定士になれば、お金も稼げる。
珍しいアイテムにふれる機会も増える。
その中には病気を治すアイテムもあるはずだから。
けれど、道程は険しい。
冒険者ギルドに登録して一週間。
ようやく超有名なパーティから声をかけられて、仲間に加えてもらえたと思ったけれど……。一日でクビになってしまった。
とほほ。
がっくりと力が抜けた。
とても残念な結果だけど、仕方ない。
実力が足りなかった。
それだけのことなのだ。
もっともっと努力して、上手くスキルを使えるようになって、認められるようになりたい。
そうすれば……きっと夢も叶う。
改めて、貰った銀貨の重みを確かめる。
ベルトにくくりつけた小物入れに入れたお金は、大切なものだ。
大勇者ガノンさんがくれた報酬。
でも……。
これは「稼いだ」っていえるのかな?
お情けで貰った「参加賞」みたいな気もする。
出来たと思った「スキル」は褒めてもらえなかった。
視えたと思ったことをそのまま言ったら怒られた。
クエストでは全然役に立てなくて。
出来たつもりがダメだった。
使えないヤツって、怒られた。
僕は……失敗したみたいだ。
憧れのSランク冒険者、大勇者ガノンさんからは「ウチでは要らねぇ!」って、追放されちゃうし。
とても厳しい人だったけど、パーティの仲間の命を預かっているリーダーなのだから、それも当然だと思う。
僕のスキルは役に立たない。そうハッキリと宣告されたのは逆によかった。
役に立つ方法を考えるきっかけになったと思えばいい。
それに、こうしてお金はもらえた。
これは『努力賞』なんだと思うことにする。
うん。
努力賞。
参加賞じゃなくて、努力賞。
「よし!」
次はもっと頑張ろう。
街の通りを歩く。
いつもより堂々と歩ける気がするのは、なんでだろう?
なんたって銀貨三枚は大金だ。
銀貨一枚あれば下宿の家賃が払える。
家主のおばさんは「屋根裏部屋なんだからタダでいいよ」と優しく言ってくれてはいるけれど。いつまでも甘えてばかりも居られない。
同郷人の友達と一緒に、時々ご飯までご馳走になっているんだから。
それに銀貨一枚あれば数日分の食い扶持には困らない。
両替所で十八枚の青銅貨と交換、ギルドのフードコートや下町の屋台料理で済ませば食費も浮く。
銀貨一枚あれば治癒の効果の高い薬を買える。一緒に暮らしているミリカも元気になる。
「そうだ、何か買って帰ろう」
まずは下宿のモーヤおばさんに、初めての報酬でお土産を買っていこう。
確か、甘いものが好きだったはず。
お砂糖をたっぷり塗し菓子がいい。屋台の甘い香りに引き寄せられる。
ミリカも喜ぶかな?
ミリカ。
僕の大切な友達。
今は狭い屋根裏部屋で二人で暮らしている。
同じ村で一緒に育った幼なじみ。
小さい頃からいつも、ずっと一緒だった。
兄妹みたいに育った、大の仲良し。
でも十二歳になった頃から、急に歩けなくなった。
脚の一部が石みたいに固くなって……動けなくなる病気だった。村の医者は、それが全身に広がれば死ぬ不治の病だと言い放った。
村の医者では治せなくて。本当に病気か、呪いなのかさえわからなかった。
教会の神父さんは、高価な魔法の薬か伝説の治癒アイテムがあれば治せるかもしれない……と教えてくれた。
やがて、ミリカは家族から辛い仕打ちをうけはじめた。
元々、叔父さんと叔母さんの家で、ミリカは本当の家族じゃなかったからかもしれない。
『そろそろ客をとらせようと思っていたのに……』
『なぁに構いやしない、生きている間は金になるさ』
僕はミリカの叔父夫婦がそう話しているのを聞いてしまった。
金にならない娘では育てた意味が無い、そんな事さえ言っていた。
だからミリカを助けたいと思った。
僕は決意した。
友達を救い出し、村を抜け出すことを。
「無理だよ、そんなの……逃げられっこない」
「大丈夫! 僕がミリカを背負うから」
「ドリィ……」
「ずっと一緒だから、二人で、逃げよう!」
朝早くミリカを背負い、こっそり家から連れ出した。
二人で考えた作戦通り、隣村に毎日向かう牛乳やチーズを運ぶ牛車の荷台に二人で隠れた。
そして、二人で村に別れを告げた。
それはハラハラドキドキの脱出劇だった。
でも二人でいつもやっていた遊びの延長みたいで楽しかった。
僕は元々、村の教会で育てられた孤児だ。
だから神父さんにだけは別れを言ってきた。
村を出て働き口を探します、と告げて。
「ドリィ、お前の秘めた力はきっと人の役に立つ、自分を信じるんだ」
「はいっ……!」
――自分の信じる道を歩みなさい。それと大切な友達を守っておやり。
ミリカの病気を治せないことを神父さんは悔やんだ。けれど僕は嬉しかった。育ててくれたことに心から感謝した。
そして二人で村を出て、十日目。
僕らを知る人の誰もいない、この街にたどり着いた。
ミリカは一人では街を歩けない。
壁につかまるか、僕が支えて手を繋いでようやく出歩ける。
「ミリカ、待ってるかな……」
歩みも自然と速くなる。
曲がりくねった下町の路地を抜ければ、工房が軒を連ねる地区だ。
一角にある小さな銀細工の工房が、僕らが下宿している家。さらに二階の屋根裏が僕の仮の住処になっている。
銀細工の工房にいたご主人とモーヤおばさんに、まずは「ただいま」と挨拶。
そして、銀貨一枚と焼き菓子のおみやげを渡すと、目を丸くして喜んでくれた。
「ドリィ、今夜はとびきりのシチューがあるよ!」
そんな声を背に、二階へと向かう。
階段を駆け上がる前に入り口の公共水道で手と顔を洗った。胸や腹、腰を護るための簡易鎧を素早く外し、階段のフックにぶら下げる。
屋根裏部屋での暮らしはミリカにとって一苦労。
トイレに行くにも湯浴みをするにも、苦労しながら上り下りしなくちゃいけない。
それでも二人で楽しくて。ここは僕らだけの秘密の城だ。
「ただいま、ミリカ!」
「ドリィ、おっかえりー!」
明るい笑顔と、弾むような元気な声にほっとする。
ミリカは寝台から身を起こし、素足をゆっくりと床につけた。そして腰をずらして、ぽんぽんと横を指し示す。
まずはここに座りなさい。という合図。
僕はどすっと横に腰を下ろして、そのまま後ろへバタンと倒れ込んだ。
二人で使っている寝台は干し草の匂いに交じって、ふわりと甘い香りがした。
「疲れたぁ……。もう、くたくた」
「今日はどうだった? 面白いことあった?」
西日が小さな窓から差し込んで、ミリカのローズピンクの髪をより赤く染め上げる。
背中に流れ落ちる髪を耳にかきあげて、僕を覗き込む。
気の強そうなミリカの顔は、病気だなんて思えないくらい元気でそのままだ。悪戯っ子みたいに好奇心あふれる表情で、話を聞きたがっている。
病気で脚が思うように動かないだけで、ミリカは何も変わらない。
「Sランクのパーティと、冒険にいったんだ」
「すごいじゃん! 話きかせてよ、魔物もいた!?」
「出たよ、怖かった。ゴブリンだったかな」
「きゃー! って、どうせドリィは後ろで隠れてたんでしょ」
「うるさいなー、ちゃんと……まぁ、それなりにがんばったし」
「ふーん?」
「ほんとだってば」
がんばった。
うん。僕なりに頑張ったんだけど、ダメだった。
初めてのクエストでは活躍はできなかった。
けれど、Sランクの勇者ガノンさんは強かった。一緒に冒険を重ねてきた仲間の皆さんも、凄い技の持ち主ばかりだった。
僕は冒険の様子を聞かせてあげた。
緑の宝石みたいな瞳を輝かせて、ミリカはうんうんと話に聞き入っている。
「それでね、お金もらえたんだ」
「ほんとに!? 凄いじゃん!」
「下宿の家賃とお土産代で使っちゃったけど、残り銀貨一枚と銅貨十枚ぐらいあるよ」
「やったー! 家計簿つけよっかなー」
嬉しそうに寝台の上で膝を抱えるミリカ。
家計簿ってなんだろ?
片手で計算出来るお金しか無いのに、意味あるのかなぁ。
ミリカはなんでも「すごい」といって褒めてくれる。
僕がどんなに大したことができなくても。
失敗しても、すごいね、って。
それにすごく救われる。
いつも、元気をくれる。
「でも、よかった怪我がなくて」
「うん……。守られてたから平気だった」
「そっかー。お疲れおつかれ」
そっと手のひらが僕の額に触れた。
細くて冷たいミリカの指先が心地良くて、思わず目をつぶる。
僕にはミリカが必要だ。
かけがえのない友達のミリカが。
病気で居なくなるなんて、考えられない。
だから必ず、治してあげる。
絶対に……。
階下から「夕飯をお食べー」というモーヤおばさんの声がした。
美味しそうなシチューの香りが漂ってくる。
二人のお腹が同時に、盛大に鳴った。
思わず顔を見合わせて笑う。
「ごはんだって」
「うん、行こ」
「はい、おんぶして」
「えぇ……? クタクタなのに」
僕が身を起こして立ち上がると、ミリカが背中から飛びつくように覆いかぶさってきた。
「えーい」
「うっわ、重ッ」
「重いとか言うなー」
「いてて……」
ぎゅっと腕を回して、密着する。柔らかいミリカの感触と、熱いくらいの体温が伝わってくる。
ふわりと髪がかかり、顔がこそばゆい。
「しっかりつかまってて」
「うん。放さない」
――大丈夫、僕が君を背負うから。
両腕に力が加わるのを感じながら、僕はゆっくりと、階段を降りはじめた。
◇
【作者より】
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次回は、怪しげな魔女の登場です。
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では、また次回★