Sランク冒険者の相談
◇
ちゅん、ちゅちゅん。
小鳥達が道端で遊んでいる。
朝もやがまだ残る町を駆け抜けて、ギルドへと向かう。
「おはよーございます!」
今朝はいつもよりかなり早くギルドへやってきた。
扉は開いている。中にはいると、冒険者達もギルドマスターもまだ誰もいない。
でも二人のおばさんがいた。一人は手にホウキ。もう一人はバケツとモップを持っている。僕を見て怪訝な顔をする。
「おはようお嬢ちゃん。フードコートならまだ開かないわよ?」
「今は掃除の時間だからね」
「あの! 僕も掃除をしにきました。ドリィっていいます! ご一緒にお手伝いさせてもらえますか?」
ぺこりと頭を下げる。
早朝、近所のおばちゃん達が来て、ギルドのフロアやフードコートまわりの掃除をやっている。
その話を聞いて僕は飛び付いた。ギルドマスターさんからの依頼で、近所のおばさん達が働きに来る。しかも一時間働いて銅貨を五枚!
これはやるしかないでしょう。
ということで、僕は早起きしてやって来た。寝起きの悪いミリカは今ごろまだ夢の中だろう。
おばさんたちは「まぁ!?」と目を丸くして、すぐに明るい笑顔に変わる。
「そうかい、偉いわねぇ!」
「男の子だったのかい? 掃除だなんて感心だこと」
「そうそう、うちのバカ息子とは大違いだよ!」
「もしかして、お母さんが病気なのかい? それでお手伝いのために……?」
不幸な身の上と誤解され、同情される始末。
まぁ実際、病気っぽいミリカのため、少しでもお金を稼ぎたいのは間違いないのだけれど。
「ち、ちがいます! 僕もこのギルドに登録してまして……。えぇそれで」
アイテム鑑定師見習いなんです! なんてちょっと恥ずかしくて言えなかったけど。
「あれま? そんなに華奢なのに、大丈夫なのかい?」
「森に入ったら危ないよ、魔物に食べられちまうからね!」
「内勤なんで平気です」
うぅ、そんなに心配しなくてもいいのに……。
兎にも角にも、おばさんたちは僕を新入りの掃除仲間として受け入れてくれた。
「じゃぁドリィくんは、拭き掃除をおねがいね。テーブルを一つずつ丁寧に」
「はいっ!」
フードコートやアイテム受けとりカウンターのテーブルを濡れタオルで拭いてゆく。
汚れは力をいれてごしごしと。
綺麗になると気持ちいい。早起きしてお金がもらえるなんて、やっぱり都会はすごいなぁ。
銅貨五枚あれば、朝のサンドイッチセット(銅貨2枚)、ランチはハンバーガーセット(銅貨3枚)が食べられる。
すごい! これは嬉しい。
いつもは特売のパン(銅貨1枚)と、チーズの端切れ(銅貨1枚)で朝昼済ませていたのに。
いやいや、贅沢は敵だ。気持ちを引き締めて。同じ食事を続けて毎日銅貨3枚を貯金! そうしよう。
そうすればいつか――。
ミリカのため「ドラゴンに関係するアイテム」を買えるかもしれない。
やがて掃除が終わり、おばさんたちは勤怠シートに時間と名前を記入する。僕もそれに倣って名前と時間を書く。
こうするとあとで駄賃が貰えるらしい。
「ドリィくん。丁寧でいい働きっぷりだったわよ」
「近所じゅうに教えなきゃ! 可愛い子が働いてるって」
「ダメよ、暇人たちで混雑したらどーすんの?」
「あらやだ、あたしったら、ぎゃはは」
「えぇ……?」
騒がしいおばさんたちは帰っていった。
「はぁ、結構つかれたかも……」
ギルド前にある公共の水場で顔を洗い水を飲む。お腹がすいたので、持ってきたパンとチーズをかじる。
ギルド前の人通りはまだまばらだ。
いつもは大勢の人や馬車が行き交う大通り。でも朝の通勤前の時間がこんなに静かだなんて知らなかった。
ちゅん、ちゅん……!
「いっしょに食べる?」
気がつくと、パンのおこぼれを狙って小鳥達が集まってきた。人懐っこいのか、頭や肩にとまってくる。
とりあえずの朝食を終えた僕はギルドにもどり、アイテムカウンターをくぐり内側の席に腰かける。
しばらくじっと人が来るのを待つ。
「おっ? ドリィ、今朝は早いな!」
「ドリィくん、おっはよー!」
「おはようございます!」
フードコートのコックさんに、ウェイトレスのお姉さん。働き手さんたちが出勤し厨房が賑やかになる。
今朝も化粧がバッチリなギルドマスターさんが出勤し(近所にすんでいるらしい)挨拶を交わす。
「おはようございます、ギルマスさん」
「あら、さっそく掃除をしてくれたのね? 感心感心……! お金はあとでわたすからね」
「うぃーす!」
「っしゃ! 今日もいくぜー!」
どやどやと冒険者たちが集まりだす。
元気な挨拶と、笑い声。
ギルドのフロアが、靴音と武器と鎧が奏でる金属の音で満ちてゆく。
僕はぼんやりとその様子を眺めながら、アイテムの帳簿に目を通す。
時々顔見知りの冒険者や荷物持ちさんたちと挨拶を交わす。
と、滑るような足取りで、スーッと近寄ってきたのはマリュシカさんだった。
「お、おはよ、ドリィくん」
「おはようございます!」
トレードマークともいえる魔法の杖に魔女のマント。
丸いメガネに銀色のお下げ髪。
安定の笑顔と存在感にホッとする。やっぱりマリュシカさんが居てくれないと心細いし、寂しい。
そういえば今日は眼帯をしていない。
「目はもう大丈夫なんですか?」
「えぇ……。あまり、ドリィくんに刺さらなかったみたいですし……」
何が刺さらないのかちょっとわからなかった。きっと魔女さん特有の言い回しなのだろう。もうすこし勉強しないと。
「……勉強不足ですみません」
「えっ!? いえ、そうじゃないの。えへへ」
「そうだ。マリュシカさん。一昨日はミリカのこと。ありがとうございました」
魔法でミリカの病気を診てくれた。
その結果は、意外なものだったけれど。
肉体強化系スキルの前兆。
けれど発動するためには条件があって。発動してもその反動が大きくて、本当に寿命さえ縮めかねない……と。
「あたしは何も……」
「病気じゃ無い、スキルの前兆だって。そうわかっただけでも、すごく前向きになれました」
「ミリカさんが?」
「はい。マリュシカさんに重ね重ね、ありがとうって」
「……そう」
言葉少なだけどマリュシカさんは嬉しそうな顔をした。
恥ずかしがっているみたいに、自分の手を重ね、きゅっと結んでいる。
「おかげでふっきれたっていうか……。いろいろ話し合って、これからも頑張っていこうって。二人でなんとか力を合わせていこうって」
ミリカと僕は、今できることを精一杯やろうと決めた。
できる範囲のことしかできない。
背伸びしたって仕方ない。
少しずつ、目標にむけて頑張ろうって決めた。
お金をためてドラゴンの鱗でも爪でも、なんでもいい。アイテムを買う。
道のりは長いけど、それでも構わない。
例えば、いきなり冒険者がドラゴンを倒せないのと同じ。
レベルを上げてコツコツ努力して強くなって。そしていつかドラゴンを倒す。
僕らもそれと同じなんだ。
焦っても仕方なくって。
「あのね……ドリィくん……」
マリュシカさんは何か言いたそうに。けれど戸惑い、考え込んで、ようやく口を開く。
「もし、誰かがドラゴンのアイテムを……くれるって言ったらどうする?」
思わぬ言葉に僕は面食らった。
貴重なドラゴンのアイテムを?
鱗一枚でも金貨と交換するほど高価なのに。
くれるだなんて、そんなことを言われたら警戒するだろう。ミリカは特に。何か裏があるんじゃないかって。
「そんな上手い話、あるわけないですよ」
「……そっ……そうよね」
「すごく貴重で、ギルドの倉庫にもありません。でも、見るだけなら、見てみたいですけど」
そこまで言って、僕は考え込んだ。
ドラゴンに関するアイテムは貴重品だ。
そもそも、お金をためても買うアテさえない。
ちょっと……というか大いに期待したガルドさんの、Sランクパーティによるドラゴン討伐の遠征は失敗しちゃったし。
「突然、ドラゴンの鱗がドリィくんの家に届けられたら?」
「怖っ! それは怖いです」
「だ……だよね!? デヘヘ……エヘエ」
マリュシカさんが変な風に笑う。一体どうしたんだろう?
「まずは自分の力でがんばってみます。お金を貯めるのが第一です。ドラゴンのアイテムに出会ったとき、買い取るチャンスを逃さないためにも」
マリュシカさんは何か衝撃を受けたみたいに、はっと目を丸くして、いつもみたいな調子で手をぎゅっと握ってきた。
「やっぱり天使ね……!」
「もぅなんなんですかー」
その日のアイテム鑑定の仕事は順調だった。
受け取ったアイテムを鑑定スキルを活かして分類する。
繰り返すうちに精度も向上してきた実感があった。
昼ちかくになりアイテム受けとりカウンターが暇になった頃。大柄男の人がやってきてどすん、と椅子に腰かけた。
「わ……!? ガルドさん。いらっしゃいませ」
「……っ! トイレ」
マリュシカさんは猫みたいにサッと逃げた。
大きくて強そうな男の人が苦手らしい。確かにガルドさんは他の人に比べても大きくて肩幅も広い。服装は重装備の鎧ではなくて、トゲトゲのついた革のジャケット姿。はじめて見る普段着姿だった。
「おぅ! ドリ坊、商売繁盛か?」
「えぇ、まぁお陰さまで……。ガルドさんもお元気そうで」
パーティメンバーから追放……いや、三下り半を突きつけられてから数日。なんだかふっきれたみたいな顔をしていた。
「あぁ、ちょっといろいろあったがよ。食って酒飲んで寝たらスッキリしたぜ」
単純でうらやましい。
いなくなったパーティメンバーを呼び戻しに行く気はないのだろうか?
「あの、今日はどのようなご用件で……?」
「先日のよ、例のドラゴン退治で手に入れた、ドラゴンに関係するアイテムがあってよ……!」
「えっ!?」
僕は思わず叫んでいた。
「しーっ! でけぇ声出すんじゃねぇ」
「はっ、はい」
まさか、まさか……!
ドラゴンに関係するアイテム!?
例えば血とか鱗とか……!
そうか、ガルドさんは返り討ちにあったとはいえ戦った。
その時浴びた返り血や肉片、そういうものだろうか。
思わず身を乗り出して、ガルドさんを見つめる。
多分に期待のこもった眼差しで。
「実は……ドラゴンの糞をふんづけたブーツなんだが……買い取ってくれねぇか?」
「…………は?」
僕は心の底から「は?」という言葉を発していた。




