竜のアイテムを求めて
◇
ミリカの脚は病気じゃない……!
マリュシカさんの診立てでは、スキルが発現する前兆かもしれないという。
それは僕らにとって思わぬ朗報だった。
「ドラゴンに関係するアイテムがあれば、ミリカの脚が動くようになるんですか!?」
僕は藁にもすがる思いでマリュシカさんに尋ねた。
魔女として多くの知識を持つ先輩は、少し考え込んでから口を開いた。
「……可能性があるのは、『竜血呪種』といって、肉体強化系のスキル。でも……竜に関係するアイテムがないと発動できないと思う。それに……スキル発動中は、魔力を大量に消費するの。体内で魔力を生成できないなら、魔石のような魔力を供給できるアイテムを持たないと……」
「魔石がないと、どうなるんですか?」
ミリカが身を乗り出した。
「……『竜血呪種』に肉体を蝕まれてしまうの。肉体が疲弊し寿命が縮む。干からびるように朽ちてゆく……。本で見た副作用は、どれも恐ろしいものばかりよ」
マリュシカさんは静かな口調で、丁寧に教えてくれた。
「そんな……」
「やっぱり簡単にはいかないね」
ミリカは意気消沈した様子で僕を見た。諦めてしまったような表情をして。
「ごめんね。期待させるようなことを言って……」
「いえ! マリュシカさんには感謝です。おかげで治る可能性、それどころかスキルとして成長できる希望が見えたんですから」
「ドリィ君……」
とはいえ、喜んだのもつかの間、思わぬ壁に突き当たった格好だ。
ひとつ目は「ドラゴンに関係するアイテム」の入手。
現実的にそれが難しい。
アイテム鑑定士を目指す僕は、基礎的なアイテムに関する知識はあるつもりだ。
ドラゴンに関するアイテムについても、ギルドで貸している古本に書かれている内容程度にならば知っている。
――竜のうろこ一枚は金貨一枚、血の一滴は金貨一枚
ドラゴンはその希少性から骨や皮、あらゆる部位が高額で取引される。
ドラゴンは遺跡の奥で宝物を守っていたり、ダンジョンの入り口や階段を縄張りにしたりしていて個体数が極端に少ない。
恐ろしく強くて簡単には倒せない。
長寿な生物で、人間並の知恵を持ち、魔法を使うものさえいるという。
それでも倒して得られた血や肉は、魔法の秘薬の原料として高値で取引される。
骨も皮も、あらゆるものが何らかの魔法効果を有するアイテムの材料となる。
年に一匹、数年に一匹、そんな程度でしか「竜を狩った」という記録はない。
遺跡やダンジョンでは『竜の鎧』『竜の盾』なども見つかる。今は存在しない種類のドラゴンを素材にしたそれらの武具や防具は、金貨数百枚の値段で取引される。
とてもじゃないけれど、今の僕らが買える代物じゃない。
今日出発したガルドさんのパーティに一瞬期待したけれど……。僕にその「おこぼれ」が回ってくるなんて調子のいい話はそもそも期待できない。
でも、竜の鱗一枚ぐらいなら売ってくれるかな?
「って……お金がないね」
がっくりと肩を落とす。
「そこだよね」
ミリカと二人でため息を吐く。
わかっている。ドラゴンに関係するアイテムは、おとぎ話に出てくるみたいにレアでどれも高額だ。
「クエストで見つかる可能性も……」
マリュシカさんがギルドの壁に張り出された仕事の依頼に視線を向ける。
見つかったアイテムはギルドに集まってくるけれど、買い取るならお金がかかる。
「それに、近場のダンジョンや遺跡は探し尽くされていますからね」
「そうよね……」
ドラゴン関係のアイテムなんて地下の倉庫でも見たことない。
「こうなったら僕が見つけてくる!」
ガタッと思わず立ち上がる。
「お葬式なんて出せないからね」
ジト目のミリカにバッサリ。
「ひどいなぁ、死ぬ前提?」
「生きて帰ってこれるとでも?」
「うぅ……ミリカのためなのに」
パーティを組んで、魔物がうろつく森に分け入り、ダンジョンに潜る!
なんて。
確かに今の僕には、とてもじゃないけど無理だ。
それよりは地道にコツコツお金をためて、ドラゴンの鱗一枚を買い取るほうが確実な気がしてきた。
「それより一緒にいてくれたほうがいい」
「ミリカ……」
「く、うっ」
一瞬、マリュシカさんが羨ましそうな顔をした。なんで?
2つ目の問題は「魔石」が必要ということ。
それを身につけることでスキル発動状態を維持できる。
肉体への影響を減らせる。
魔石自体は、珍しいものじゃない。
魔物を倒して体内から得られる結晶で、水晶のような見た目。色や大きさは様々だけど。魔法の杖や魔法のアイテムの素材として取引される。
マリュシカさんが持っている魔法の杖にも、赤い魔石が埋め込まれている。
値段は魔力の含有量によっても違うけれど、銀貨数枚程度が相場だ。
中には金貨と交換される高純度なものもあるみたいだけれど。
「私はこのままでも平気だから」
「でも……」
「焦ってもしかたないよ。一生懸命働いて、お金をためて。私もなにか働くからさ。それでもし竜のアイテムが買えたら……試してみてもいいじゃない。ね?」
浮足立つ僕に、ミリカは微笑みながらそう言うと、手を重ねてきた。
ミリカの言うとおりだ。
焦っても、ジタバタしても今の僕に出来ることなんて、そんなに多くはない。
「……わかった」
アイテム鑑定士として成長して、ちゃんと稼げるようになる方が近道だ。そのうちドラゴンに関するアイテムを目にする機会もあるかもしれないし。
「………………」
マリュシカさんは黙り込み、何かを考えこんでいるように唇を結んでいた。
それから三日後――。
僕の淡い期待はさっそく潰えることになった。
「痛てて……! チッきしょぁ……!」
早朝、ガルドさんのパーティが壊滅的な状態で戻ってきた。
遺跡を守るドラゴンに返り討ちにあったらしい。
戦士職三名が重軽傷を負い、魔法使い二名が中傷。荷物持ちたちにも被害が出たらしい。
治癒魔法で傷は治せても、骨折や深い裂傷は治しきれない。
ガルドさんたちは大怪我をして、這々の体でダンジョンを脱出。たまたま近くに居た他のパーティに助けられたらしい。
ギルド最強のSランクパーティの敗北に、ギルドは朝からてんやわんやの大騒ぎとなった。治癒の出来る魔法使いや魔女、それに薬士さんたちが必死で治療に当たる。
フードコートは野戦病院みたいな状況となった。
「……ハハハ! これしきの傷……痛てて。今度こそ狩ってやるぜ! なぁみんな!」
ズタボロの状態の仲間たちを鼓舞するように、ガルドさんが声をかけた。
けれど、返ってきた声は怒りと罵声だった。
「ふざけるんじゃねぇ!」
「だから言ったんだよ! こんな馬鹿げた遠征、最初から無理だってな!」
「あんたは独断がすぎる……! なにが勇者だ、バカか……!」
「お、おぃ……みんな?」
「何がSランクパーティよ。名声が欲しいだけで、カッコつけてばかり」
「チッ! やってらんねぇな。オレは抜けさせてもらうぜ」
「オレもだ」
ギルドのフロアに、ガルドさんを叱責する声と、パーティを抜けるという声が連鎖する。
パーティメンバーたちの鬱憤が、今回の遠征失敗で爆発したみたいだった。
「ま、まってくれよ!? な、なぁ!」
腕や身体にぐるぐると包帯を巻いたガルドさんは、孤立していた。
治療を終えたパーティメンバーは次々に去り、一人取り残される。
「みんな……」
どうっ、とフードコートの椅子に倒れ込むように腰を下ろす。ガルドさんはがっくりとうなだれた。
「ガルドさん……」
「今はそっとしておくべき」
見ていられなかった。思わず近寄ろうとした僕をマリュシカさんが止めた。
……確かに。僕が行っても慰みにはならない。
出過ぎた真似はよそう。
「ところでマリュシカさん、その目と腕、どうしたんですか?」
マリュシカさんは今朝、左目に黒い眼帯をつけ、右腕に包帯をぐるぐる巻いていた。
「……庇護欲?」
ぽつりとこぼす。
「えっ?」
「あっ!? なんでもないの。ちょっと目に物貰いができて、腕はやけどして……」
「大丈夫ですか? 無理しないでください」
「えぇ、えへへ……」
その日のアイテム受け取り所は、ほとんどお客さんが来なかった。
ギルドもまるで火が消えたように静かで、ギルドマスターさんの指示で早々に店じまいをした。
◆
マリュシカの予想通りだった。
ドラゴンなんて簡単に狩れるものじゃない。
ドリィ君の気持ちは痛いほどわける。
けれど、ドラゴンのアイテムが流通することなどめったにない。
遺跡を守る真竜種と呼ばれるドラゴンは、太古の魔道士たちが生み出した超兵器に他ならない。魔法の人造戦闘用生命たる彼らは簡単に倒せる代物ではない。
少なくとも魔導書に書かれている通りならば。
ここ最近で狩りに成功したというドラゴンも、調べてみれば亜種や交雑種といった劣化したドラゴンばかりだったという。
――でも、あそこなら……。
真竜種のドラゴン。
体の一部を用いたアイテムを保持している。
マリュシカはリューグテイルの街はずれの邸宅の前に立っていた。
ぐるりと大きな屋敷を囲む壁。
見上げるような鉄の門。
ギィイ、と門扉が開く。
現れた老執事が深々と礼をする。
「マリュシカお嬢様、お帰りなさいませ」
「マシュリカお姉さまにお目通りを」




