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謎肉と三人のお食事会


◆印はマリュシカさん目線(三人称)で、

◇印はドリィくん目線(一人称)となります!


 彼女(・・)だとドリィくんの口から紹介された時は、危うく心臓が止まりかけた。

 名前はミリカ。

 ドリィ君が先日、裏路地で悪漢から守ろうとしていた子。

 第一印象は仔猫っぽい。

 ドリィくんが仔犬っぽいのとは対照的かも。


 小顔で肌は綺麗。意思の強さを感じさせる瞳と太めの眉。受け答えは明瞭で賢そうな印象を受ける。笑うと可愛くて愛嬌があって、大人になれば美人になりそう。

 淡い桜色のストレートヘアーはさらさらで、絶対にいい香りがするに違いない……! ドリィ君を虜にした秘密はそこか?

 しかし胸はまだ未発達。マリュシカのほうが大きい。ドリィくんも男の子。胸をチラ見していた気もするし、勝算はある。

 まだ敗けたと決まったわけじゃない。がんばれ、あたし。


 背はドリィ君と同じぐらい。まだちょっとだけ彼女のほうが高いかも。でも男の子は第二次性徴期であっというまに背が伸びる。そのうち頭を「ぽんぽん」されるに違いない。くそ、羨ましい。


 マリュシカの気分はライバルの分析をするに従い、激しく揺れ動いた。高揚したり消沈したりと忙しい。


 ギルドのフードコートに三人で向かって歩きながら、ドリィとミリカの会話に耳を傾ける。


「おごってくれるの?」

「おごるも何も財布はミリカが……」


 ――家計がひとつ!?

 彼氏彼女というより、もはや夫婦では!?

 いったい二人はどういう関係なの。

 動揺を悟られぬよう、メガネの鼻緒を指先で動かし、二人について考察を重ねる。

 同居していて家計がひとつ。

 財布はミリカさんが握っている。

 友達だ、幼なじみだと言っていたけれど、世間一般では同棲カップルだ。

 まさか寝台(ベッド)まで一つ……なんてことはないだろうけれど。うん、純真無垢なドリィくんに限ってあるわけがない。


「マリュシカさん、何がおすすめですか?」

「はっ!? ハッ、ハンバーガー……かな」


「僕、食べたこと無いや」

「味が二種類あるのね、チキンと……謎肉って何?」

「さぁ?」

 裏メニュー的な「謎肉バーガー」は、裏の精肉店の残り物や端切れ肉を刻んで強めのスパイスと混ぜて捏ねて焼いたもの。

 日によって当たり外れがあって、美味しい時とそうでもないときがあるの。と、教えてあげたかったけれど、ふたりの会話にうまく入っていけない。


「ドリィ食べてみてよ」

「えぇ? なんか怖いんだけど」

「値段も安いしさ。私はチキンを食べるから」

「ミリカさ、そういうとこだよ」

 ドリィくんがぷく、と片(ほほ)を膨らませた。その顔も可愛い!

「しょうがないな。じゃぁ私も謎肉バーガーにする」

 ミリカさんは話しながら自然にドリィ君の腕を掴んでいる。

 頼りにしている気持ちが伝わってくる。あんな風に頼りにされたら、悪い気はしないわよね……。


 はっ! そうか。

 弱さをさりげなくアピールし、貴方がいないとダメという庇護(ひご)欲をかきたてる作戦ね?

 ううむ……あざとい女め。

 しかし、参考にさせていただきます。

 明日から胸を強調し、庇護欲をかきたてる格好をしよう。 


 実際、脚が不自由なミリカさんは大変そう。

 少し気の毒だと思う。

 でも気にかかる点もある。

 先日の裏路地で、実は違和感を覚えていた。

 本人は脚の病気だと言っているみたいだけれど、見たところ体調は悪くなさそう。

 今日あらためて近づいてみると、ほんの微かだけど魔力の気配がする。

 脚に触れてみれば正体がわかるかもしれない。

 あれは病気というよりは呪詛……、何らかのスキルに起因するものではないかしら……?


「マリュシカさんは、いつも何を食べるんですか?」

「わ、わた、わたしは……野菜サンド……」

 気がつくとミリカさんが隣にいた。

 フードコートの壁にあるメニュー表を眺めている。その横顔は柔らかい線を描き、唇が動く様子は蠱惑的。

 ドリィ君の横顔は神々しい美しさがあるけれど、ミリカさんの横顔もなかなかどうして。

 

 ドリィ君はどんな気持ちでこの子の横顔を見ているの?

 自分が雄なら速攻でキスしたい衝動に駆られそうだけど……。

 ごくりと思わず生唾を飲み込む。

 っと、いかんいかん。


「謎肉バーガーふたつと、野菜サンドひとつください!」

 値段はそれぞれ銅貨三枚。

「あいよ! ランチタイムは、ドリンクとフライドポテトをセットにするとお得だよ」

「じゃぁそれ、みっつ!」

「まいどあり!」


 トレイに載った商品を受け取って、空いているフードコートの一番端っこの席へ。


 あ、これって仲良しのパーティメンバーみたい。

 

「いただきまーす!」

「わ、ちゃんとお肉の味がする!」

「何の肉かわからないけど……でも美味しい」

「ドリィのバカ舌」

「うるさいな」

 笑い合いながらハンバーガーを頬張る二人。仲が良くて幸せそう。

 

 ミリカさんの話を聞いたとき、てっきり色香で純真なドリィきゅんを(たぶら)かしている性悪女だろうと想像していた。

 実際「お世話になっています」なんていきなりマウントをとってきたし……。お世話になっています、とはつまり「自分の」「私の」という枕詞がついているわけで。女子のマウント話術としてのジャブを放たれた。


「野菜サンドは何味なんですか?」

「えっとね、肉っぽいソース味」


 ミリカさんは普通に話しかけてくれる。嫌な感じもしない。

 大抵の女子は、見た目が地味で暗そうなマリュシカを小馬鹿にするのだが、それもない。


 気にしていた自分が愚かしく思えてきた。

 そもそも天使なドリィくんが好きになった相手が、クソビッチなはずがないのだ。


「マリュシカさんって凄いですよね。あんなに強い魔法が使えて! かっこいい」

「そっ!? そんなことないの……ぜんぜん。ぜんぜん」

「いいなぁ……私も使えるようになりたい」


 なかなかどうして。

 よくしゃべるし、楽しい。明るい気持ちになる。

 マリュシカは自問自答する。ドリィくんの隣で仕事をして数日、彼を明るい気持ちにしてあげていただろうか?

 妄想と思いこみで、変な態度をとり、不審がられていたかもしれない。会話もつまらない事しか言っていない気がする。


「魔法は……ハンデなの」

「え?」

「ギルドや冒険で重宝されても……。家ではずっと気持ち悪がられて……。居場所がなくなって……あっ……! ご、ごめんなんさい!」

 思わず吐露してしまって後悔する。

 誰が今、そんな話を聞きたいのかって。ばかだな、あたし……。と、

「マリュシカさんは素敵な魔女さんで、僕の憧れです」

 やさしい声がした。

 まっすぐな瞳でドリィくんが見つめている。


「ドリィ……くん?」

 今、なんて? 憧れ? えっ!? うそ!?


「私と同じですね」

 その横でミリカさんが意味深な微笑みを浮かべていた。

「ミリカさんも……?」

「はい。私も脚が悪くなって、歩けなくなったら、なんだかお荷物扱いされちゃって……。もともと本当の家じゃないってのもあるんですけど……」


 そっか。いろいろ事情を抱えていたんだね。

 だからドリィくんはミリカさんを支えている。


 三人でなんだか照れくさくなって、残りの謎肉バーガーや野菜サンドを頬張っては、ポテトを食べまくる。

「……うまい!」

「美味しいね」

「んま……んまっ」

 ギルドに来て楽しい食事をしたのは初めてかも。

 ううん。その前からずっと、こんな風に楽しい気持ちでご飯を食べたことなんて無かった。最後に笑ってご飯をたべたのはいつの事だったろう?

 思い出せないくらい遠い過去を探しても、悲しいだけ。


「……んっ?」

「どうしたのドリィくん?」

 口からなにかをつまみ出す。

「鳥の脚……指」

「いやぁあ!?」

「ハズレの謎肉バーガー」

 目を白黒させるドリィくん。あたしたちは大笑い。


 今はこの時間を大切にしたい。


 ランチを終えて午後の仕事も順調だった。


 先日、ドリィくんにアイテム鑑定をお願いしてきた男の人は、彼女へのプレゼントが好評だったとお礼を言いに来た。

 ちゃんと良い夢が見られたと、喜んでいた。

 良かったねドリィくん。


「ミリカさん、あの……」

「マリュシカさん?」

「よかったら、その脚……触れてみていいかしら? なにかわかるかも」


「本当ですかマリュシカさん!? よかったねミリカ」

 ドリィくんが驚いた様子で喜びを表す。そして、ミリカさんの両肩にうしろから手を添えた。

 マリュシカはミリカの脚に手を触れる。


「病気か、呪詛か……診てみるね」

「えっ、呪詛……?」

「わからない。でも……」


 膝から太ももへと手をずらす。柔らかい。

 鑑定スキルとは違うけれど魔力の気配や、種類なら判定できる。魔女として相手の呪いや魔法の攻撃に気がつけないのは致命的だから。悪意ある魔眼や呪詛の言葉から身を守るうち、自然と身に付けた防衛術の応用だ。


 ――やっぱり。

 何か魔法の力が根を伸ばしている。

 ミリカさんの脚の神経節に沿って筋肉の一部を浸食。だから思うように脚が動かなくなっている。

 魔力の種類は……。

 これって、(ドラゴン)

「……!」

 はっとして手を離す。

 ドリィくんとミリカさんが不安げに顔を見合わせる。


 もう一度手を添えて、慎重に確かめる。

 神経節、血管、筋肉。植物の種が発芽前、根を伸ばすみたいに魔法の組織が広がっている。

 後天的な呪いや呪詛じゃない。

 最初から肉体に組み込まれた、魔法の力だ。


「これ、一種のスキル……前兆かも」

「すごい!」

「もしかして歩けるようになる!?」

 ミリカさんとドリィくんはスキルという言葉に驚きを隠せない様子。


 魔導大全で読んだことがある。

 肉体強化系最強スキルの『竜血呪種』、あるいはその派生型。

 だとするとミリカさんは……。


 言うべきか。

 でも不確かだ。ぬか喜びになり、不安を煽るようなことも言いたくない。


「スキルだと仮定して……の話ですが。発現すれば歩けるどころか、常人よりも凄いパワーが出せると思う……。でもね、魔力の消費が激しくて、魔法使いや魔女でもないかぎり、使えて数分……。それに反動が酷いの」


「そんな……」

「だとしても、どうやって発現させるんですか!?」

 ミリカさんが身を乗り出してきた。


「竜に関係するアイテムを身に付けて、刺激を与えて」


 『竜血呪種』系列の力は諸刃の剣。

 自らの魔力で使えば、限界をむかえるごとに肉体を蝕み破壊する。

 それを防ぐには魔力の供給が不可欠。

 魔力で満たしてスキルだけを稼働させる。それが出来なければ肉体や命さえ蝕まれかねない。

 魔女のスキルを持たないミリカさんが魔力を得るには、外部から供給を受けるしかない。

 つまり魔力を秘めた魔石(・・)が必要。

 十分な魔力を流し込めば……もしかして。


「竜……? ドラゴンに関係するアイテム……。あ! そういえばガルドさんのパーティがクエストに……!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] マリュシカさんとドリィくんがアイテム受付カウンターに座っていると、背中が煤けた黒山羊がやってきた。 「めぇぇ~~」 どうやら、自己紹介をしているらしい。マリュシカさんによると黒山羊の勇者ペ…
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