女友達と彼女の境界線
三日後。
ミリカは本当にギルドにやって来た。
というか、僕が連れてきたのだけれど。
ドリィが働いているところを見たい、それに魔女さんにも会いたい……! と、せがまれて仕方なかったし。僕も近くにいたほうが安心だから。
というわけで今日は朝からミリカと一緒にギルドへ行くことにした。
もちろん前日にギルドマスターさんに相談し、許可は取ってある。事情を話すと快くオーケーしてくれた。
「ぜんぜん構わないわよー。気づいてた? ほら、フードコートで焼き菓子とお茶を頼んで時間潰している人……。あれはみんな冒険者たちの身内や、恋人だから」
筋骨たくましい女装姿のギルマスさんが、カウンター越しに視線を向ける。その先にはフードコートがあり数人のお客さんが思い思いに時間を過ごしていた。
「そうなんですか……!」
ギルドの建物の半分を占めるフードコートは、日中でもお客さんが絶えない。てっきり近所の人たちの「憩いの場」になっているのかなーと思っていたけれど、やっとわかった。
「ま……大人の事情ってやつ? 浮気や夜遊び防止のため、仕事が終わったら連れて帰ろうってワケ。だから女の人が大半だけど、なかには魔女や女戦士を恋人にしている普通の子もいるわ」
「はぁ、なるほど……」
いまいちピンと来ないけど、言われてみればそうなのかも。
昼間から夕方にかけて、綺麗に着飾ったお姉さんや、怖そうなおばさん、若いお兄さんが、各テーブルに陣取ってソワソワとお茶を飲んでいる気がする。
何はともあれ、フードコートで時間を潰すも良し、アイテム受け取りカウンターで一緒に座っていても良し。
ミリカは下宿している家の家事手伝いや、近所の買い物など日々の暮らしにも慣れた様子。基本的に自由な時間が多いので、今日は一日、一緒に過ごすことにした。
「すごい、冒険者がいっぱいいる!」
ギルドに入るなり、ミリカは目を輝かせた。
「ね、みんな強そうでしょ」
「そうね! うーん、ドリィじゃ荷物持ちでさえ厳しそう……」
「うるさいな、これでもギルドに登録してるんだからね」
「はいはい。で、ドリィの持ち場は?」
「あっちだよ」
杖をついて歩くミリカの手を引いて進む。
クエストに出発するパーティたちが点呼し、装備を整えていた。今から馬車に分乗し、街の外に広がる大森林へと向かう人たちだ。
ざっと今日は四十人ぐらいはいるだろうか。
「おっ……!? ドリ坊、今日は彼女連れか?」
早速声をかけてきたのは、Sランク冒険者のガノンさん。
総勢十数名の一番大きなパーティの中心にいたのに、目ざとく僕を見つけて寄ってきた。
「あ、ガノンさん。おはようございます!」
珍しいアイテムでも見つけたみたいに目を輝かせ、僕とミリカを交互に眺め、ニンマリと笑う。
「ったく、可愛い顔して隅におけねぇなぁ……」
重装備の鎧が見るからに最強そう。背中の剣も大きくてかっこいい。
「いつもドリィがお世話になっています」
ミリカがペコリと頭を下げた。
「ほーん? しかも良くできた彼女じゃねぇか。まぁ、しっかり稼いで楽さしてやんな。それが男の甲斐性ってやつよ! なぁ!?」
パーティメンバーに向かって豪快に笑い、白い歯を見せるガノンさん。
パーティメンバーは苦笑。何故だかガノンさんに対してパーティの皆の反応が微妙な気がする。
ところで彼女ってどういう意味?
友達との違いがよくわからない。
ミリカが僕の腕を掴んでいるから彼女?
あ、もしかして男友達が彼氏で、女友達が彼女ってことかな。
「ガノンさんもお気を付けて。ところで今日はすごい人数ですね。大きなクエストですか?」
「おうよ! いいかよく聞けよ! 今から二日かけての大遠征! シルターレル遺跡の魔竜狩りさ!」
「す、すごい!」
ドラゴン狩りだなんて、Aランクパーティでさえ危険だからと避けるクエストだ。遺跡の守護者、魔竜を倒せば地下ダンジョンへの入り口が開かれる。そこから先は貴重なアイテムや、太古の魔法が息づく武器や防具が見つかるかもしれない。
報酬は確か金貨三百枚!
果敢に挑むなんて流石はSランクパーティ。思わず興奮してしまう。
「ふふん……! まぁな! オレ様には余裕だぜ。何か珍しいアイテムがあったら鑑定を頼むからな! それまでしっかり修行しとけよ! じゃぁな!」
片目をつぶると親指を立てた。
そしてガツガツと靴底を鳴らしながら、パーティメンバーと合流するガノンさん。
「お気を付けて!」
「今の人、すごかったね! めっちゃ強そう」
「ギルド最強の戦士だもん。勇者って呼ばれているんだ」
「そっかー! でも、ドリィも名前覚えられてて良かったね」
「そりゃまぁ……ね」
初日で使い物になら無いから出ていけ! と追放されたのだから印象には残っていたのだろう。
でもそれは僕の力不足を見抜いてのこと。初日にパーティから外してくれたガノンさんにはむしろ感謝している。お陰で真剣にアイテム鑑定の仕事に向き合えるようになったのだから。
「はぁ!? ドリィ君ってば、それカノジョォ!? アタイらより可愛いじゃん!」
「ちょっとドリィ君ってば! いつから付き合ってるワケ!?」
先日の女戦士さんと魔女さんコンビだ。肉食獣みたいな勢いで詰め寄られたら汗と香水の匂いがした。
「え、子供の頃から……」
「「マジで!?」」
「……ばか!」
「いて!」
ミリカにぎゅっと脇腹をつねられた。
え? 僕なんか変なこと言った?
付き合うってどういう意味?
それから他のパーティの何人かにも声をかけられた。
アイテム受け取り所にいる僕は、思った以上に名前と顔を覚えられているみたいで、ちょっと嬉しかった。
ミリカは普段着でもすこし良い服を着てきた。
街で暮らすお金持ちの綺麗なお姉さん達には遠く及ばないけれど、淡いグリーンのワンピースに腰ひもを巻き、肩からポシェットを下げている。淡いローズピンクの髪を丁寧に梳かし、前髪を小さな花飾りのついたピンで留めている。
うん、なかなか似合っている。
髪飾りのピンは、昨日近所の出店で買ってあげたものだ。珍しく「欲しい!」と言うものだから。
銅貨八枚は僕らにとっては高価だったけど、最近は日当も貰えているし、女の子はアイテムを貰えると嬉しいみたいだから。
そういえば出店のお兄さんにも「彼女さん可愛いから、銅貨五枚でいいよ」とおまけして貰えたっけ。
ミリカも喜んでいたし、よかったよかった。
そしてアイテム受取所へとやってきた。
マリュシカさんはかなり早く出勤したらしくアイテム受け取りカウンターで待っていた。
艶のあるシルバーグレーの髪をいつもみたいに二つに結い分けて、胸元に垂らしている。切り揃えた前髪が丸いメガネのフレームにかかっていた。
「マリュシカさん! おはようございます」
「あ、ドリィくんおはよ……。人気者ね……」
「なんだかたくさん声をかけられちゃって」
てへへと頬をかく。ミリカを連れてきたから珍しがられただけなんだけど。
「そ、そうだよね……横に……」
どうしたんだろ。なんだか元気がない。マリュシカさんは所在なさげに前かがみの姿勢でカウンターによりかかっている。
「あ、紹介します。これがミリカ」
「はじめまして。ミリカです」
まずはミリカを紹介する。
「あっ!? あっ……はっ、はじめまして」
マリュシカさんは「ちょっと人見知り」と事前に言ってあるので、あたふたしても心配ない。
ふたりはぎこちない笑みを浮かべて挨拶を交わす。
「いつもドリィがお世話になっております」
「こちらこそドリィくんのお世話になって」
「うちの……」
「あたしの……」
なぜ僕のほうを見る?
そっか、ミリカをちゃんと紹介しなきゃ。
えーと、女友達だから、
「ミリカは僕の彼女で……」
「かッ――!?」
パリン!
マリュシカさんのメガネのレンズが吹き飛んだ。
魔法の力!? と思った刹那、そのままカウンターテーブルに突っ伏した。
「マリュシカさん!?」
あれ? マリュシカさんが息してない……!
「もうバカ!」
「痛い!?」
何故かミリカにひっぱたかれたけど、笑っているのはなんでだろ。女の子ってほんとうによくわからない……。
「……あっ、すみません。魔法で……黄泉の国の入り口を見てきました……えぇ、えへへ……」
マリュシカさんはやがて息をふきかえした。
初対面だし緊張したのだろうか。
すったもんだはあったけど、自己紹介は終わり、仕事が始まった。
その日は三人でアイテムカウンターに座ることにした。
真ん中に僕。左にマリュシカさん。右にミリカ。
「マリュシカさん、甘いものお好きですか?」
「えっ、あっはっ、はひ! 好き、すき」
「じゃぁこれ、屋台で可愛い飴玉、見つけたので」
「わぁ! かわいい。ピンクの花模様の……」
僕を挟んでお菓子がやりとりされてゆく。
だんだんとマリュシカさんもミリカと普通に話せるようになってきた。
「うちの……」
「あたしの……」
たまに僕の話題になると微妙な空気が流れる。
けれど次第に避けるようになった。
「そろそろお昼だし、三人で食べません?」
「わー賛成!」
「お、おぅ……と、友達……みたい」




