少しずつ進み始める日
「しょ、紹介って……昨日の子?」
「はい。ミリカがどうしても、お礼を言いたいみたいで」
今朝もミリカにねだられた。
夕べ助けてくれた魔女さんに会いたいって。
マリュシカさんは一寸だけ考えて、
「あたしは……構わないけれど。でも、お友だちは、脚が悪いのよね? ここに来るのは大変じゃないかな……」
そっか、マリュシカさんは心配してくれていたんだ。ミリカが動けなくなったのを見ていたわけだし。やっぱり優しい魔女さまだ。
「それは心配ないです。背負ってでも連れてきます」
「お、おんぶ!?」
「……ご迷惑ですか?」
「いっ、いえいえ、ぜんぜん! むしろ遊びにきて。あたしも……お友だちになれたら、嬉しいし」
「よかった! ありがとうございます」
「えぇ」
密着……背中……密着……と、何かぶつぶつ言っている。でも、とりあえず返事はオーケーみたいだった。
「そういえば、どうして助けに来てくれたんですか?」
ついでに気になっていたことを聞いておこう。僕らの家も知っていたみたいだし。
「ぐっ……!? それは……ぐ……偶然! そう! 偶然よ。ドリィくんを見かけて、買い物帰りにたまたま、なんとなく……通りかかって……。虫の知らせっていうのかな? ドリィくんと過ごしたかけ替えの無い時間が力をくれたっていうか……。その、魔女の勘……みたいなものかしら……?」
急に早口で説明しだすマリュシカさん。メガネの奥で瞳が右へ左へと動く。
「ふーん? そうなんですか」
「おっ、お……お家の位置は占い的な、原始的な魔術というか……。そういう類いのものであったり、なかったり」
しどろもどろだけど、どうやら魔女特有の「超感覚」や「予知」みたいな能力に関係しているっぽい。
僕と隣で仕事をしていたので、何か「嫌な予感」みたいなものが働いたのだろう。タイミングよく助けに来てくれた事も、家の位置を当てて見せたことも頷ける。
なんたって魔女さんなのだから。
「わかりました! なるほど、魔女のパワーってやつですね。やっぱりすごいや。マリュシカさんは!」
「お……おぉ……う」
にっこりと、唇をUの字にするマリュシカさん。
夕べ、僕らを助けてくれたマリュシカさん。
ギルド近くの裏路地で、僕とミリカが変な人に絡まれているところを、危険を省みず救ってくれた。
魔女のマリュシカさんが使った炎の魔法。あれは圧倒的だった。剣を抜いた相手さえ恐れることなく、一瞬で黙らせたのだから。
強い! すごい! かっこいい……!
親切で優しいし、いい人なんだなぁ、マリュシカさんって。ちょっと照れ屋さんだけど、そこが良いと思う。
あんなにも強い魔法が使えるなら、威張ったり誇ったりしてもいいのに……。そんな素振りさえ見せない。
魔法使いや魔女さんたちは、パーティでは皆から重宝され尊敬される。そのせいか自分に自信がある人が多くて、威張り散らしていたり見下してきたりする人が多い気がする。もちろん、全員じゃないけれど。
でもマリュシカさんは違う。
控えめで、理知的で、僕なんかにも優しい。
実力に裏打ちされた「真の自信」とはこういうことを言うのだろう。見習いたい。さすがは先輩。
かっこいいし、素敵だと思う。
憧れちゃうなぁ……。
「ドリィきゅん眩しいッ……! そんなキラキラの瞳で見つめられたら、あたし……もう」
ずいっと隣にいる僕のほうへ身を乗り出してきた。
「わ……?」
「むふーむふー……はっ!? いけない、あたしったら……」
ぼふっと顔を赤くして、メガネを曇らせる。
鼻息が荒くて目が血走っているような……。そういえば夕べ裏路地で声をかけてきた男の人も似たような感じだったなぁ……って。それは失礼だよ僕のバカ!
「あっ……! そうだ、仕事、仕事しなくちゃ」
「そっ……、そうね」
僕とマリュシカさんは気持ちを切り替え、今日の仕事に取りかかることにした。
ちょうどカウンターの向こうにお客さんが来た。
どこかのパーティの荷物持ちさんだ。
「いらっしゃいませ!」
「あのー、このアイテムなんですけど」
ここは――ギルドの片隅、アイテム受け取り所。
クエストで手に入れたアイテムを一時的に預かり、ギルドが契約した鑑定士が価値を鑑定し、証明書を添えて持ち主に返す。
引換券をもって昨日預けていったアイテムを受け取りに来る人もいれば、新しくアイテムを預けにくる人もいる。
朝と夕方前が一番忙しい。ふたりで一生懸命働く。
仕事の分担も、息も次第に合ってきた。
パーティ出発前で混む時間を過ぎると、すこしのんびりできる。
預かったアイテムを綺麗にする。魔物を倒してドロップしたものは、魔物の血で汚れていることもあるからだ。
次に分類整理。高位ランクの鑑定士さんに視てもらう前に、ある程度はふるいわけをしておく。
僕なりに予備鑑定をして、勉強してみたりもする。
「あの、すみません」
と、そこへ戦士の装備をしたお兄さんが来た。腰に短剣を二本ぶら下げている。
珍しく丁寧な感じで挨拶をすると、バジールと名乗った。
「鑑定依頼ですね」
「そうなんだけど……売るつもりはなくて」
「自分で所有されるつもりのアイテムですね?」
預かり所に来る人の中には、アイテムを売らずに、自分で身に付けたり使ったりする人もいる。
アイテムの所有権は手に入れたパーティ全体のもの。しかしメンバー同士で話し合い、個人が譲り受ければ個人のものだ。
鑑定しなくても、直接アイテム屋や貴金属屋さんに売ってもいい。ここに来るということは、「どういうものか」を簡易鑑定してほしいということだ。
「人にあげようとかと思って……。それで、どんな宝石か鑑定してほしいんです」
小声で、懐から青い宝石のついた指輪を取り出した。青い小指の先ぐらいの宝石が鈍い銀色の指輪に埋め込まれている。
カウンターの上に布を広げ、上に置いてもらう。
ここは鑑定士(修行中)である僕の出番だけど、うまく鑑定できるだろうか……。
お手上げなら、夕方やってくる上位ランクの鑑定士さんに任せることになる。
「……お手伝いしますね」
「助かります」
マリュシカさんがメガネの鼻緒を持ち上げて、青い宝石のついた指輪を覗き込んだ。値踏みするように観察する。銀色の指輪の内側には何か読めない文字が彫られていた。
「……石はラピスラズリ。かなり古い時代のものですが、表面が魔法で保護されていて傷もありません。宝石というより、輝石に分類される珍しい石です。大陸のずっと西域、砂漠の果てのロシュアース遺跡でないと見つからないはずですが……」
「へぇ……!」
「ほぉ……!」
僕とバジールさんは同時に感嘆の声を発していた。
鑑定士(見習い)は僕なのに、知識では圧倒的にマリュシカさんのほうが上なのだ。改めて尊敬の念を抱く。
「それと……」
マリュシカさんが何か言いかけて口をつぐんだ。メガネの奥で瞳が僕に目配せをするのがわかった。
「では、ここからはドリィくん。お願いします」
「が、がんばります」
先輩からのバトンタッチ。
――答え合わせしましょう。
どうやら僕の鑑定とマリュシカさんの知識で、ダブルチェックしようということらしい。
スキル『アイテムの良いとこ発見!』を使って、ラピスラズリを注意深く調べてゆく。
小さい宝石のようなアイテムは気が散らず集中できる。
全体像としては合っていて、解釈の方向性も正しい。それは上位ランクの先輩との答え合わせで証明できたし、昨日から何度も試して確証を得た。
自分を信じて、感じた通りの事をうまく言葉にすればいい。
青い輝石A――怖がりの君へ
「……なるほど」
そうきましたか。
へそまがりのスキル。
直球ストレートに鑑定結果が出てこない。
案の定、詩的ななぞかけみたいだ。
でも、解釈には続きがあった。
青い輝石A――怖がりの君へ。悪夢の代わりに、春の花園などいかがですか……?
いつの間にかレベルが上がったのだろうか。
これなら解釈もしやすい。
「どう? ドリィくんの見立ては」
「おそらく悪夢魔除けの指輪です。お守りといった方がいいかもしれませんが。『怖がりの君へ』と、優しい想いが込められています」
「そうなんですか……!」
バジールさんはとても嬉しそうに目を輝かせた。
マリュシカさんのほうを向くと、驚いた様子で、
「ドリィ鑑定士さんの言うとおり、この指輪は贈り物だったようです。ここに……小さく彫られている文字は、『親愛なる貴女へ』とありますから」
「具体的な名前やイニシャルは、ないんですね?」
「……無さそうです。これなら誰がもらっても、嬉しいかもしれませんね」
マリュシカさんがフォローしてくれた。つまり僕の鑑定結果とも合致するみたい。
きっと正解だ。
僕も自信をもてた。だけど、マリュシカさんも見抜けなかった点がひとつだけ。
「春の花園の夢が見られるかもしれません。試してみないと……わかりませんが」
「そうなの? 素敵ね……」
「たぶん、ですけど」
「わかりました。思った以上に良いアイテムみたいで安心したよ。あっ、鑑定料は……?」
「無料です。僕は見習いですし」
「そうなの? 嬉しいな」
「さ……参考程度でおねがいします」
マリュシカさんが慌てて付け加えた。
ここでの窓口鑑定は無料。
正確で詳しい効果が知りたければ、上位ランク鑑定士さんにお金を払って視てもらうしかない。でも超貴重なレアアイテムでもない限り、そこまでする人はいないだろう。
「十分だよ、ありがとう。ドリィ君……だっけ? もし……うまくいったら教えに来るよ」
「うまく……?」
「彼女にプレゼントしようと思うんだ」
バジールさんが去っていくとき、先で自分より大きなリュックを背負った荷物持ちの女の子が待っていた。
きっとあの子にプレゼントする気なのだろう。
「……愛の告白……! クッ……! おのれ……」
マリュシカさんが何故か拳を握りしめていた。
羨ましいのか、悔しいのか、女の人ってよくわからない……。
でも、ひとつ勉強になった。
好きな人にはプレゼントをあげればいいんだ。
なるほど。
そうだ、僕らの仕事の大いなる一歩を祝して、あれをやらなくちゃ。
「マリュシカさん!」
はいっ、とハイタッチのポーズで笑顔。
両手を顔の位置に掲げて待っていると、カッ! と目を見開いたマリュシカさんが、嬉々として手を打ち付けてきた。
「ドリィきゅん!」
そして何を思ったか、そのまま指を絡め、両手をガッと握られてしまった。
「いっ、いやいや!? ハイタッチですってば! 離して……離して……!」
なにこれ!?
「あああ、いいい! 愛ッ……愛にィイ!」
ぐぐぐ……と両腕を広げられる。
だんだんと顔が接近してくる。
「ちょっ! まっ……!?」
僕も負けじと力を入れて腕を引き戻す。
「ぬぐぐ……観念して……唇を」
「なに……言って……!?」
何がなんだかよく分からない力比べは、次のお客さんがカウンターに来るまで続くことになった。
どうやらマリュシカさんは、愛という単語に反応し、変なスイッチの入る人らしかった。
尊敬する素敵な先輩は、ちょっとだけ「取扱い注意」の人になった。




