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マリュシカマシュリカ

 ◆


 マリュシカは部屋に戻るなり服を脱ぎ捨て、寝台(ベッド)へとダイブした。

 結い分けた銀色の長い髪が踊る。


「……ふぅおおおおお!?」


 枕に顔を埋め叫ぶ。

 両脚をジタバタして靴をすっ飛ばし、隣から「うるさい」と壁を叩かれないかと焦ったが、大丈夫だった。


 ――あわわ……! や、やっちゃいました。


 ドリィくんを助けてしまった……!

 それもかなりカッコよく。

 ピンチに颯爽(さっそう)と登場し、悪漢を華麗に撃退……!

 ドリィくんと友達(・・)さんの目には、そう映ったかしら?


「あぁああ……! 違うの、そういうつもりじゃなかったの……」


 いかにも「実力を有する魔女」という風を装った。

 去り際も「闇夜の魔女」という世間の風説通り、赤い月夜に紛れて去るあたりも、我ながら良かったと思う。


 けれど、実は焦りのあまり頭の中が真っ白だった。

 内心はビビリまくり。心臓バクバク、冷や汗タラタラ。

 何か話さなきゃ、と思いつつ緊張で舌も動かなかった。兎に角、その場を離れたくて逃げ帰っただけ。


 ――や、やっちゃいました、あわわ……!


 おまけに、事もあろうに街なかで戦闘用の魔法を使ってしまった。

 目立たぬように静かに暮らしてきたマリュシカにとっては、想定外の失態となった。


 焼き殺しかけた(・・・・・・)あの戦士も、他のギルドに所属する人だ。正体がバレて目をつけられ、仲間に報復でもされたらと思うと、外を出歩けない。


 ――でも顔は見られていないし、名前も知られていませんし……。


「……うー?」

 魔法のスキル自体も珍しいものではない。

 似たような炎系の魔法を使う人は多い。

 街では他人を傷つける武器・魔法の使用は禁止されている。それはギルドの規則であり、別にヒースブリューンヘイム王国の法で定められたルールではない。

 違反しても罰則規定があるわけでもない。

 そのあたりは、あまり心配しなくてもいいかもしれない。


 冷静に考えると、問題はある部分に絞られてきた。


 いや、むしろそっちのほうが重要だ。


 ――何故、タイミング良くドリィくんのピンチに登場できたか。


 それはずっと尾行していた(・・・・・・・・・)からに他ならない。


 ドリィくんの住む家はとっくに特定済み。

 だけど、驚くべき事実を知ってしまった。

 あろうことか「同居」している女がいるという!

 女友達(・・・)とやらの姿を、この目で確かめたかった。


 純真で可愛い天使、ドリィきゅん。

 彼を(たぶら)かす憎きライバル……!


 ぐぬぬ……許すまじ。


 けれどドリィ君は家に帰り着くなり、慌てて駆け出した。

 大通りへ向けて誰かを探すようにキョロキョロしながら。

 子鹿のように走る姿も素敵……! などと後を尾行していくと、大通りで変質者に絡まれている女の子を発見し、駆け寄るではないか。


 正義感にあふれる姿は、まさに天使!

 必死な顔もまたいいものね……素敵。

『ミリカ!』

 ドリィくんはそう叫んだ。

 つまり、あれが同居している女友達とみて間違いない。

 人混みに紛れて見守っていると、なんと女友達(ミリカ)が凶暴な本性を剥き出しにした。

 持っていた杖で殴打。

 絡んできた男たちを叩き伏せたではないか!

 出来るなら最初からやりなさいよ。

 あぁ恐ろしい。

 きっと優しいドリィきゅんの同情を引くために、身体が不自由なフリを装っているに違いないわ。


 あれがライバル……。

 正体を暴かねば。


 マリュシカはそう思い尾行を続けた。


 暗い路地に誘い込まれるドリィきゅん。

 危ない、その女は危険なの……!

 

 と。

 そこへあろうことか同好の士(ライバル)、いや変質者が声をかけた。

 ――ドリィきゅんに目をつけていたのはあたしなのに!


 嫌らしい目つきで、猫なで声でドリィきゅんに近づき、誘っている。明らかに猥褻(ワイセツ)目的だ。

 その男は女には目もくれず、ドリィきゅんに狙いを定めていた。


 マリュシカはカッと頭に血が上った。


 ――お前ごとき(オス)のクソゴミ風情が……!

 天使に気安く声をかけるんじゃないッ!


「――まったく、見ていられません」

 言い放った言葉は、男に向けた「殺意」に他ならない。

 女友達の登場、さらに変質者の登場と、それまで溜まっていた鬱憤(うっぷん)を、晴らすべく。怒りの矛先を変態男へと向けた。


 我慢ならず、姿を見せてしまった。

 ドリィくんは一瞬でマリュシカの正体を看破したみたいだった。

 フードをかぶってはいたけれど、声やスキルで見破られる事は必然だった。


 ――しまった……。


 賢いドリィくんは、マリュシカの名前を呼ばなかった。


 バレたらバレたで、猥褻男を跡形もなく骨まで消し炭にする手もあったが、流石にそれはやりすぎ。ドリィくんにも「引かれ」かねない。

 だから魔法は手加減した。

 あわよくば女友達(・・・)も同時に始末……という考えが脳裏をよぎったが、理性と良心がストップをかけた。


「……ミリカ、か」


 女友達(ミリカ)はしょせんは、友達。

 幼なじみとはいっていたけれど、家賃の関係でルームシェアをしているだけかもしれない。


 マリュシカは寝台(ベッド)の上でしばし逡巡する。

 まだ負けたと決まったわけじゃない。

 昼間、過ごす時間はこっちだって長い。

 ドリィくんの心を掴むチャンスはきっとある。


 真正面から正々堂々と気持ちをぶつけ、ドリィくんの心を掴む。

 仕事終わりには夕飯に誘い、あとは家に誘い……身体を奪う!

 あとは帰さなければいい。

 声が漏れるのが問題だが、新しいアパートを借りてもいい。声の漏れない二人だけの愛の巣を!


 そうだわ、まずは引っ越し……!

 広い寝台(ベッド)も揃え、可愛らしい部屋をつくろう。


 お金は少々かかるが、実家から渡された資金(・・)もある。

 貴族令嬢として嫁いだ姉にとって、自分は……邪魔な存在なのだ。

 器量良しで頭の切れる双子の姉――マシュリカ(・・・・・)とは違って、マリュシカは魔女のスキルを持って生まれてきた。

 不吉だと疎まれ、名家と呼ばれたあの家に、居場所なんてなかった。

 暗くて、笑うことが苦手で。愛想もない。

 輝かしいあの家では俯いてばかりいた。

 暗闇に生きる魔女なのだから――。


 自由を得たいま、後悔のないように生きたい。


 善は急げ。

 ドリィきゅん救出作戦。

 明日から早速、物件を探すことにしよう。


「でも明日、どんな顔をして会えばいいの……?」


 ・・・


 翌朝。

 ギルドに出勤すると、ほどなくしてドリイ君が駆け込んできた。

 朝日が差し込む建物の中を、栗色の髪を輝かせながら。


 アイテム交換窓口に来るなり、周囲の目を確認し、

「マリュシカさん! 昨日は本当にありがとうございました!」


 ドリィきゅんがキラッキラの瞳で見つめてきた。

 綺麗な目。

 まつげも長い。

 尊敬の眼差しを向けられるなんて、初めて。

 ていうか顔が近い、キス……したい。

 マリュシカは戸惑い顔を赤らめた。


「……あっ!? あぁ、あれね……夜の散歩していたら、偶然みかけて」

 頬を指先でかきながら、視線をそらす。

 ごまかそう。

 尾行していたなんて、ストーカーみたいだし。(※ストーカーです)


「そうなんですか! それより昨夜の魔法、カッコよかったです」

「ま、まぁ……無事で良かったわ」

「はいっ! 友達のミリカも感謝していました」


 とにかくもうドリィくんのご尊顔には「尊敬と信頼」の文字が浮かんでいた。


「……そ、そう。それはよかったわ……」

「魔女さん凄い! すごくかっこいいって、興奮してちゃって……。あの、マリュシカさんを紹介したいんですけど、今度連れてきていいですか?」


「は、えっ!?」


 な、なんですってぇ……!?


 ◆


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― 新着の感想 ―
[良い点] マリュシカちゃん……! そんなことだろうと思ってましたーーー!(≧▽≦) 独白部分、楽しかったです! 生い立ちは悲しいですが…… 今を満喫できてるみたいで、良かったー!
[良い点] 女魔女マリュシカとマシュリカ。 まさかマシュリカに双子の姉設定を付けてくるとは。 ますます某賢者様に付け込まれるネタですね。(笑) それにしても尾行していましたか。 まさにストーカーの鏡と…
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