負けん気ミリカの覚醒
ミリカ! どこに行ったのさ!?
僕は路地を駆け抜けた。
日は落ちて、あたりは薄暗い。
もうすぐ夜の帳が降りるだろう。
リューグテイルの街の人は、親切でいい人ばかり。けれど暗くなると雰囲気は一変する。変な人も出てくるし、怖い人だっている。
武装した冒険者や、誰もが一目置く魔法使いや魔女ならいざしらず、夜はあまり出歩かないのが常識だ。
こんな時間に一人で出歩くなんて……!
腹立たしさよりも、心配と胸騒ぎの方が大きい。
両脚が思うように動かないミリカ。でも右足はまだ体重を支える力がある。左手で杖を握ればなんとか一人で立ち上がり、歩くことはできるくらいに。
けれどその歩みは遅い。街を一人で出歩く時は、必ず左側の壁沿いに、人とぶつからないように気をつけて進む。だからそう遠くへは行っていないはず。向かう先は僕がいたギルドか、あとは食料や日用品を買う商店か……。
「ミリカ……!」
立ち止まり、呼吸を整えながら周囲を見回す。
行き交う人のシルエット、人の流れから見つけだそうと目を凝らす。でもミリカっぽい姿は見あたらない。
家々の窓からはランプの明かりが漏れ、夕飯の香りが漂う。家路を急ぐ人々は足早で、人通りも減りつつある。
このまま路地を抜ければ、街の大通りだ。
そこは煌々と明かりが灯され、大勢の人影が行き来してる。
大通りは明るく賑やかで、人通りも多い。食堂や夜通しお酒を出すお店があるからだ。
冒険者たちがクエストを終え、その日の夕飯を食べたり、お酒を飲んだりする。僕が働いている冒険者ギルドは、あの大通りを挟んだ向う側にある。
もしミリカが通るとすれば、この道しかない。
脇道や入り組んだ細い路地はあるけれど、わざわざ通るとは思えない。
振り返ると、建物の陰に人がいた。こっちを観察しているような気配があった。暗くて姿はわからなかったけど、さっとすぐに隠れてしまった。
闇に紛れて忍び寄る強盗か怖い人かもしれない。
「……っ!」
仕方なく足早に大通りへと向かう。
慎重に進みながら、開いている店の窓から中も確認する。でもそれらしき姿はどこにもない。
三分とたたずに大通りに出た。
ガシャガシャと物々しい装備に身を包んだ冒険者たちが、笑いながら酒場へと入っていく。同じようなパーティが何組も行き交い、大通りを歩いている。
他にも従者を連れたお金持ちや、裕福そうな家族連れ。仕事帰りのお役人など、沢山の人が出歩いていて少しホッとする。
少し先の街角に、槍をもった衛兵のおじさんが二人、街を眺めていた。駆け寄って尋ねてみる。
「あの! 女の子みませんでした? 僕くらいの……赤っぽい髪の……」
「さぁなぁ?」
「子供はとっとと帰んな」
真剣に聞いてくれないので食い下がろうとした、その時。
通りの向こう側で青白い光が爆ぜた。
「わ!?」
物が砕ける音がして、悲鳴と怒号が響き渡る。
どうやら冒険者パーティ同士のケンカみたいだ。二組がにらみあい、何かを怒鳴りながら一触即発、魔法使いの一人が魔法を放って店先のテーブルを吹っ飛ばしたんだ。
「くそっ! ケンカだ」
「ご法度の魔法を使いやがった……!」
「こらー!」
「やめろおまえら!」
衛兵さんたちは血相を変え現場へと向かっていった。
囃し立てる野次馬、口笛に拍手。なんだか街の雰囲気は一変していた。
ひえぇ……!? 怖っ。
なるべく目立たないように壁沿いに進む。
こうなったら何としてもミリカを見つけなきゃならない。
ギルドの建物を目指す。以前、二人で歩いたことがあるから通るとすればここしか――――
いた!
ミリカだ!
間違いない。淡いローズピンクの髪に、手には身の丈と同じぐらいの杖を持って壁ぎわによりかかっている。すぐそばには二人の男がたって何か話しかけている様子だった。
往来する人々を避けながら、慌てて駆け寄る。
「……来なさい。すぐそこだから。ね?」
「脚を診てやるって、いってるんだなァ」
ミリカは、二人組の中年男たちに絡まれていた。
「嫌です、やめてください……!」
一人は魔法薬師の服装をしていて、もう一人は少し若い感じで助手か何かだろうか。二人とも薄汚れたシミだらけの白衣みたいなローブを羽織り、気持ち悪いニヤニヤとした顔つきで、ミリカの腕を掴もうとしていた。
「ちょっ……! ちょっ……まって!」
僕は無我夢中でダッシュし、割って入る。
男の腕をはね除けて、ミリカを背中に庇う位置へと滑り込んだ。
「ドリィ!?」
驚く声は間違いなくミリカだ。
「何やってんの、もう!」
「そ、それはこっちのセリフよ……」
なんだか怒っている?
でも、やっと会えた。
ホッとしたのも束の間。それ以上の言葉を交わす前に、おじさんたちが怒りの声をあげた。
「なんだキミは……!? 私たちはね、フハー、その子の脚を診てあげると、親切で言っているんだ……フハー!」
「入院して治療、いい気持ちになるんだなァ」
「押し売りも、変な誘いも、いりませんから!」
何が治療だ。嘘ばっかり。目付きが虚ろで気持ち悪い。変な臭いがするし。スキルで良いところさえ見たくもない。
きっぱりと断って、ミリカの右腕を支え、その場を去ろうとする。
けれど今度は僕が肩を掴まれた。
「まちなさい! キミ、きみだよ……!」
「君のほうが……好みなんだなぁ……!」
「え、えぇ……!?」
ニチャァ……と、気色悪い笑みを向けてきた。目が血走っていて怖い。気持ち悪い。
「うちに入院しよう……ね? 大丈夫、痛くしないから。ハァハァ」
「お、おくすり、おくすりで気持ちよくなるんだなァ!」
二人に両肩を掴まれた。
ミリカの時より遠慮が無いし、強引じゃ!?
「は、放して……!」
血走った目つきの大人たちは凄い力だった。尋常じゃない感じがする。周囲には何事かと、足を止める人が出始めた。
冒険者パーティは来ないだろうか? 誰かに助けてもらえたら……!
「ドリィ!」
だめだ逃げろ! と叫ぼうとしたその時。
ビュッ! と何かが空を切った。続いて響く鈍い音と、呻き声。
「――ぐ、あえっ!?」
長い棒が若い魔法薬師の横っ面を叩きつけていた。
それはミリカが持っていた杖だった。
「ミ、ミリカぁああ!?」
掴まれていた腕が自由になる。
「いい加減に……ッ!」
ミリカは杖をぐるっと頭上で回し、真上からとどめとばかりに脳天へ一撃。
ガッ! と音がして白衣の助手がぶっ倒れた。
「しないと、ぶっ叩くから!」
「もう叩いてるし!?」
「なな、何をぁあ! 力ずくで入院じゃ小娘ぇッ!」
白衣の魔法薬師が激昂、両手を上げて襲いかかってきた。
でもミリカは冷静に、片足で器用にバランスを保ち、軽く後ろに跳ねて壁に寄りかかる。
そして突っ込んでくる魔法薬師のみぞおちめがけ、タイミングよく杖の先端をめり込ませた。
ずんっ! と男の身体が急停止。
突進の勢いを受け止めたのは壁に突き立てられた檜の杖だ。
「ごッ!? ふ……げぇえええ!」
何かを吐き散らしながら白目を剥く。薄汚れた白衣の中年男はそのまま前のめりに倒れた。
「「やっ……」」
ちゃった。と二人で顔を見あわせる。
おおぉおおお! すげぇえ!? やるな!
と、周囲で歓声と拍手が沸き起こった。
気がつくと野次馬と人だかりができていた。
「っしゃぁああああ!」
しゃぁあって……。
僕は気勢をあげるミリカの手を掴み、その場を逃げ出した。
向こうから衛兵が近寄ってくるのが見えたからだ。
「逃げよう!」
「あっ、うん!」
人垣を抜けて路地の暗がりへと逃げ込む。
ミリカの息と体温を感じながら、急いでその場を離れる。緊張が解け、ようやく息ができるようになった。
「はぁ、はぁ……」
二人で路地裏で足を止め、壁に寄りかかる。
気がつくと僕は、こみ上げてくる笑いを抑えられなかった。
「……っぷ、ははは」
「あはは……!」
それはミリカも同じらしかった。涙を浮かべ、同じようにお腹を抱えて笑いだした。




