追放されても感謝です
新連載です。
楽しんでいただけたら幸いです!
◇
「ドリィ、お前はクビだ、追放だッ!」
冒険者ギルドの一角で野太い声が響いた。
叫んでいるのは頭にバンダナを巻いた背の高い男、Sランク冒険者のガノン。
これ見よがしの長剣を背負い、筋骨隆々の逞しい肉体を派手な鎧で包んでいる。自称「百年に一度の大勇者」は、汗臭さと脳筋バカ特有の暑苦しさを気にしている様子もない。
「そんな、一日で追放だなんて」
罵られているのはドリィと呼ばれた小柄な少年だった。
あどけなさを残す顔に困惑の色を浮かべ、大柄な大勇者ガノンを見つめ返す。
ぱっちりとした円な瞳に栗色のさらりと揺れる髪。少女といっても通じる可愛らしさ。
ドリィは十三歳になったのを機に冒険者ギルドに登録したばかり。初心者には無償で支給される「ヒヨコマーク」いりの革の簡易鎧とすね当て、ブーツを身に着けている。
身体つきは決して恵まれてはおらず、細身で背も低め。戦士職には向いていないのは明らかだった。しかし肌艶は良く、髪は綺麗に手入れされ、歯も白い。心身ともに健康状態は良好そう。
茜色を帯びた瞳の虹彩は、見る者を惹きつける不思議な輝きがあった。それは少年の持つ固有スキルに関係しているのかもしれないが――。
と、ここまでは物陰からこっそりと様子を窺っている魔女の見立てだが。
「残念そうな顔するんじゃねぇよ、ポンコツ鑑定士」
「鑑定士……!」
ドリィは「ぱぁっ」と頬を染めた。
ガノンに罵られたことよりも、鑑定士と呼ばれたことの方が嬉しかったらしい。
「褒めてねぇよ!? そもそもお前はまだ半人前以下だ。鑑定士なんて認めてねぇからな!」
「……はい。それは自分でも感じていました。向いていないかもって」
「チッ! だったらなんで、冒険者登録で『鑑定士スキル有り』なんて書いたんだよ?」
「村から出る前に教会で受けた、スキル判定試験でそう言われたんです。だから自分のスキルを試してみたかったんです。未熟で全然なのはわかっていましたけど……」
「あーぁ、田舎の教会あるあるだわ。適当なスキル判定で、自分で才能があるーなんて思い込んでさ。それで冒険に出たとたん、すぐに死ぬやつ」
「えぇ……」
「お前のことだよ!」
ドリィを指差しゲラゲラと嗤う。だが、周囲には同調して笑う者はおらず、どこか白けた空気が漂う。
「すみません……」
「お前みてぇに戦闘で使えねぇ鑑定スキル持ちなんざ、初めて見たわ!」
ぐいっと指でドリィの額を押す。
頭三つぶんも違う大男に押され、頭が揺れる。
今日はドリィにとって初めてのクエストだった。
しかし初日でクビ。
パーティ追放を言い渡されてしまった。
流石にしゅん、とするしかない。
ここは――冒険者ギルド『ギャラルホルン』。
アントノキ王国の自由冒険者達の集う公営ギルドであり、夢を追う者たちの出会いと別れの場だ。
壁には数多くの依頼――クエストの張り紙が出されていた。
季節性の魔物退治が五割、アイテム探しが三割。あとはブラック魔王軍の討伐遠征と、盗賊退治などかなり難易度の高い危険なクエストが二割ほど。
それらクエストを成功させ名を挙げたパーティは、アントノキ王国が定める「冒険者ランキング」に名を連ねることになる。
ギルドの壁に掲げられた魔法の掲示板には、有名冒険者のレベルやランクが表示されている。
無論、Sランク冒険者であるガノンの名もある。
そして、上位になればヒヨコマークつきの新人の面倒をみて、後輩を育てることが半ば義務となる。次世代の冒険者の育成も立派な仕事だからだ。
だが、今回の新人ドリィは「ハズレ」だと、ガノンは呆れ返っていた。
◆
ドリィが初めて参加させてもらったクエストは簡単なものだった。
村外れの廃墟に棲み付いたゴブリンの討伐。
ベテランパーティ、それも「大勇者ガノン」のSランクパーティにとっては実に楽な仕事で、新しい装備品のテストが主な目的だった。
ゆえに完全なるド新人、鑑定士スキルをもつドリィを連れていく余裕があった。
大勇者ガノン以下、戦士ダイクン、弓使いのボールド、戦闘魔女のギャミリアを主力として、荷物持ち二名。
そこに鑑定士としてドリィが加わった。
鑑定士とは魔物を倒した際、手に入る「ドロップアイテム」の価値を判定する仕事。魔法の目で「視る」ことでアイテムの特性や価値などを鑑定できる。
更に戦闘時には、未知の魔物の特性を見抜いたり、弱点をスコープしたりする、とても重要な役目を担う。
つまり鑑定士は後衛の支援職業でありながら、重要なポジションでもあった。
幸い、今回の「大勇者ガノン」のSランクパーティは熟練ぞろいで、鑑定士はさほど重要視されなかった。
しかし――ドリィのスキルは酷すぎた。
『よし新人! 試しにあのゴブリンどもの特性を判定してみろ。弱点やクセだけじゃねぇ、隠し持っているスキルがあるかもしれねぇからな』
余裕綽々で兄貴風をふかせるガノンが振り返り、ドリィに声をかけた。
廃墟の向こうからゴブリンの群れが突進してくる。
前衛の戦士達に守られた後方で、ポーターと一緒にいたドリィに活躍の場が与えられた。
「はいっ!」
ドリィは喜び勇んで判定、いざスキル発動。
茜色の光彩が、淡い黄金色の光を放つ。
スキル――『相手の良いとこ発見!』
視えた……!
向かってくるゴブリンたちの個性と特徴が。
「右のゴブリンは『家族想い』です!」
「その情報いらねぇッ!?」
「真ん中のゴブリンは『子煩悩』みたいです」
「殺りにくいわよっ!」
「えと、左のゴブリンは『仲間を笑顔にするのが得意』らしい……です」
「すっごい罪悪感なんだけど!?」
ゴブリンたちを倒す冒険者パーティメンバーたちから、次々と抗議と戸惑いの声があがる。足並みは乱れ、相手が強い魔物だったら危うかった。
勝利はしたもの、なんともいえない後味の悪さが残った。
「戦闘中に要らねぇ情報をありがとよ!? ドリィ、お前はクビだ!」
「えぇ……っ?」
◆
「……というわけだったからな、悪いがドリィ、おまえはうちのパーティからは追放だ!」
「はい……」
大の大人が、年端も行かない少年を怒鳴りつける光景は決して気持ちの良いものではない。
冒険者ギルドの一階は待合いスペースとなっていて、軽食の食べられる「フードコート」になっている。
仕事を終えた他のパーティのメンバーが、何事かと様子を窺っていた。流石の大勇者ガノンもバツが悪そうに頭をかく。
「おーい、ガノン、あんまり新人をイビるんじゃねぇぞぉ」
エール酒を片手に赤ら顔の中年男が囃し立てた。仲間たちがゲラゲラ笑うと、ガノンは背中の大剣の柄に手をかけた。
「うるせぇ! 外野は黙ってろこのハゲ!」
「んだとぁ!?」
「やるんかクラァ!」
睨み合っての一触即発。それぞれ仲間たちが慌ててなだめる。
「ガノンさんは、僕がレベル1なのを承知で連れていってくださりました。とても……嬉しかったです」
気丈に微笑んで、ぺこりと頭をさげるドリィ。
これには周囲も呆気にとられた。
「う……?」
思わぬ反応に面食らうガノン。
自分を無能だ、無用だと罵り追放した相手に感謝するなど、なかなか出来ることではない。
大抵の子供ならふて腐れるか泣き出すか、あるいは涙目で逃げ出すかだろう。しかしドリィは未熟さを承知の上で、クエストに連れていってくれた事への感謝と礼を忘れなかった。
「今回のクエストは初めてで、驚きと興奮の連続でした。ガノンさんも皆さんも、すごかったです。とってもお強い! かっこよかったです」
「お、おぅ……。そりゃまぁな。Sランクは伊達じゃねぇ」
調子が狂う。
そんな風に素直に誉められると返す言葉もない。
周囲には二人のやり取りを見守っている冒険者仲間が何人もいる。底意地の悪さで『新人潰しのガノン』と陰口を叩かれる大勇者が、肩透かしを食らった様子に失笑がこぼれる。
「僕が怪我をしないようにって、フォーメーションにも気を使ってくださいました。本当に勉強になりました」
真剣な眼差しでガノンを見つめるドリィ。
そうまで言われればガノンも悪い気はしない。
「こっ、こちとらSランク冒険者だかんな! 駆け出しのルーキーに怪我でもされちゃ、名が廃るってもんよ。なぁ、みんな!」
周囲に賛同を求めるが、返ってくるのは肩をすくめる仲間達の苦笑ばかり。
むしろ初めての冒険での失敗を取り上げ、衆目の面前で罵倒する。ガノンの狭量さをギルドメンバーに更に知らしめてしまった。
通例ならしばらくは面倒を見るのが習わしだが、初日で追放するのはベテラン冒険者にあるまじき行いに他ならない。
「短い間でしたがお世話になりました。自分の未熟さを知る良い機会になりました。では、ありがとうございました」
再び深々と頭をさげ、ドリィは踵を返す。
「お、おぃ……まてよ」
「はい?」
「その、一応な、今日の報酬の分け前だ」
気まずそうに銀貨三枚を渡すガノンに対し、ドリィは両手で銀貨を受け取り、キラキラと瞳を輝かせた。
「こんなに……頂いて良いんですか! ありがとうございました! ガノンさん」
ガノンのパーティ全体が受け取った報酬は金貨五枚。銀貨換算で五十枚相当。それを考えれば銀貨三枚は雀の涙。
それでもドリィは嬉しかった。
初めての報酬!
家で床に臥せている幼馴染、ミリカに見せてやりたい。
「まっ、お前もがんばれよ」
「はいっ!」
去っていく小さな背中を見つめながら、ガノンはため息を吐いた。
ドリィのまっすぐな瞳は、自分が忘れかけていた純粋さ、夢を追っていた頃を思い起こさせるには十分だった。
あれは強い目的意識を持った人間がもつ輝きに他ならない。途端に胸が締め付けられる。自分の行いが恥ずかしい。
今はまだポンコツ鑑定士かもしれないが、これから歩む姿を応援したくなった。
「何かあれば相談に乗るぜ、ルーキー!」
「ありがとうございますっ! ガノンさん」
ギルドから去っていくドリィ。
――あぁ、あの捨てられた仔犬のような感じ!
人懐っこい雰囲気がたまらない! 可愛いあの少年を私のものにしたい……っ。
大勇者とドリィのやりとりを、ギルドの片隅から、こっそり覗き見していた影――紫色の魔女が動いた。
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【作者からのごあいさつ】
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