2.事前調査って大事だよね
ここから先は、完全に妄想の世界に入ります。
気づくとフェリーはもう桟橋に着いていた。やべ。慌てて下船して紀伊ミュージアムに走る。
チケットはどうしたって?当然持ってる。
俺はスーパージェットの乗船券と両ミュージアムの入場券がセットになった「大和紀伊ミュージアムパック」を買ってあるんだ。
ちゃんとネットで調べた成果だ。作戦行動において事前の情報収集は大切だよね。
そしてもう一つ、ネットで見て外せないと思ったのが、ボランティアの説明員に引率される紀伊艦内ツアーだ。
とにかく紀伊の艦内はめちゃくちゃ広いらしい。だから効率よく回るにはツアーが最適なんだそうだ。
それに上手くすれば当時の関係者の説明員に当たる場合もあるとのこと。旧海軍軍人さんから直接お話を聞けるなんて胸熱である。
ツアーは無料だけど予約不可、先着順である。急がねば。
「9時45分の艦内ツアーに参加を希望される方はこちらにお集まりくださーーい」
ミュージアム入口を兼ねたタラップの横で係員がメガホンで呼びかけている。俺はさっと列に並んだ。
集まった参加者は20人ほど。意外に女性や若い人も多い。きっと最近の「あのゲーム」や「あのアニメ」の影響なのかもしれない。
「皆さん、おはようございます。今回のツアーを担当します瀬川です。よろしくお願いします」
挨拶した説明員さんは白髪のご老人だった。潮焼けした顔に深い皺が刻まれている。かなりご年配の方だが背筋はピンと伸びている。よし、どうやら当たりかも。
「あっ、あの、瀬川さんは、もしかして紀伊の乗員だったんですか?」
俺は思わず質問してしまった。
「はい。もう70年以上も前の話ですが……当時は下っ端の一等水兵で、あそこの機銃分隊におりました」
照れくさそうに瀬川さんは紀伊の舷側にある25mm三連装機銃座を指さした。
「もっとも私が戦闘を経験したのは、その一回だけです。それも無我夢中で機銃の弾箱箱を運んでいるうちに何もかも終わってました」
「お疲れ様でした!よくご無事で!」
俺は瀬川さんに敬礼した。瀬川さんも恥ずかしそうに、それでも見事な答礼をしてくれた。そのやり取りを見てた奴らが失笑する。おまえら、ちゃんと日本のために戦った軍人さんを敬え。
「では、ツアーの前に注意点を説明します。お配りした紙をご覧ください」
気を取り直した瀬川さんがツアーの注意点を説明してくれた。
紙には簡略化された紀伊の断面図が書かれていた。その上に見学ルートの線が引かれている。
ツアー時間はおよそ1時間半。結構長いな。女性の参加者がトイレの心配をしてた。トイレは各所にあるし途中で休憩も入るから心配ないそうだ。
見学ルートは艦尾側のタラップから下部格納庫に入り、エレベーターを使って上部格納庫と飛行甲板に移動。艦橋を見学してから下部格納庫に戻る流れらしい。
チケットがあれば何度でも出入りできるから、艦内のお土産ショップで買い物したり、気になった所も後でゆっくり見れる。
ツアー範囲は常設展の部分だけだから特別展エリアに入るには別料金が必要だ。俺のチケットは両方見れるから問題ないけどね。
今やってる特別展は「海底に眠る信濃展」だ。大和ミュージアムとコラボ企画になってる。これは見逃せない。後で忘れずに見よう。
ところで紙の余白に描かれてるキャラクターだが……「きい」はともかく、「呉氏」を考えた奴って絶対おかしいだろ。
「あのー、機関室とか見れないんですか?」
参加者の誰かが質問した。見ると中学生くらいの子供だった。
「残念ですが機関室は空っぽなんですよ。ロシア人に何もかも抜き取られちゃいましたからね……その辺のお話は艦内で詳しく説明しますね」
瀬川さんが残念そうに答える。
ちっ、最近の奴はそんな事も知らないのか。
紀伊がこの地に生まれ、そして還ってこれるまでに、彼女はそれはそれは数奇な運命を辿ったというのに。
「ではツアーを始めましょう。まずは下部格納庫に向かいます。階段が急ですから足元に気をつけて登って下さい」
俺たちは瀬戸さんに先導されてタラップを上り始めた。
タラップは結構急だった。バリアフリーなにそれ美味しいのって感じ。俺は息があがってしまった。帰ったらランニングでも始めようかな。
「入口の高さは水面からおよそ9m、だいたいビルの3階の高さになります」
先導する瀬川さんが息も乱さずに説明してくれた。そりゃ大変な訳だ。
「来年には10年ぶりの大修理が予定されているので一年間は見学できなくなります。リニューアル後はここにエレベーターも設置される予定なんですが……」
説明する瀬川さんも若干申し訳なさそう。どこの観光地も今はインバウンド目当てでリニューアルしてるよね。しかし、こんなミュージアムにも外国人観光客って来るのかなぁ。
そんな事を考えながらヒーヒー言ってタラップを登って、やっと辿り着いた格納庫はイメージと全然違っていた。
「ここは下部格納庫です。本当は飛行機をいっぱい置いたり整備したりする広い場所なんですが……本艦は今は博物館ですので、この様に小部屋に仕切って使っています」
なるほど、瀬川さんの言う通り格納庫内はパーティションで多数の部屋に区切られていた。まるで合同就職説明会の会場みたい。うっ……嫌な思い出が……。
「では、こちらのブースにお集まりください。まずは紀伊の歴史からご説明します」
そんな俺の気も知らず、瀬川さんはにこやかに説明を始めた。
「呉氏」の投げやり感は結構好きです。というか、あれを通した上の人の度量の広さに感服します。インパクト「は」ありますよね。
「きい」はお手軽でっち上げキャラクターですが……簡単だと思ってたのに結構手間取りました。




