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長瀬がマネージメントしてるバンドの1つに欠員が出て、それがボーカルだったという。
そこで新しくボーカルを追加し、なんならバンド名も変えて気分一新スタートしたいというのが、電話の内容だった。
考えるよりも早く、断りを入れた。
別に長瀬という男を疑っているわけではない。
それが俊の思いだった。
俊はすでに就職先も決まっている。ワンズもある。
アーティストとして音楽を続けていくことに未練がないわけではないが、夢を追いかけるには誰にだって時間の限界がある。
俊の限界は、目の前に迫っているのだ。
「わかる。わかるよ。そう言われるんじゃないかと思ってました。でもね、それでも君を諦めきれないんです。」
まるでメロドラマのセリフだ。
でも、鼻で笑うのは悪いと思った。
俊に向けた長瀬という男の熱意は、電話越しにも漏れ出ているように感じた。
「この電話で結論が出るなんて、思ってない。1度、直接会って話す時間をもらえませんか?ちゃんと直接目を見て話さないと、私の気持ちは伝わらないと思うから。」
明日の午後1時、自宅からほど近い駅直結の喫茶店で、待ち合わせることにした。
ヘビーサウンズのマネージャーにスカウトを受けるなんて経験、滅多にある話ではない。
ちょっとした好奇心に、彼の決意はぐらついていた。