03
彼と出会ったのは中学2年の夏休み。
春奈が鉛のような足を引きずりながら家を目指していた時だった。
うだるような暑さの中1日中体を酷使し、部活が終わると皆まっすぐ家に帰る。
時代錯誤のスパルタ指導を乗り越えるには、帰りに友達とファミレスに寄り道するなんて夢のまた夢だった。
8月も後半に差し掛かった頃、春奈は1人まっすぐに伸びた河川敷をトボトボと歩いていた。
ついさっきまで壮観なほどのオレンジ色だった空は、夜の闇に飲まれるように青く、暗く変化していく。
雲ひとつない、いい天気だ。
春奈は普通なら15分で済む道のりを、倍の時間がかかるスピードで進む。
絵変わりのしない河川敷の風景が、足により一層の重みを加えている。
聞こえてくる音も毎日変わらない。
水の流れる音。
風が通り抜ける音。
川で遊ぶ子供たちの笑い声。
誰かの歌声。
歌声?
春奈は思わず立ち止まり、辺りを見回した。
聞いたことのない声だ。
張り上げるように力強く、溜まったエネルギーを思いっきり発散するような歌声。
「楽しい夏休み」なんて淡い幻想を早々に打ち砕かれ、ロボットのように無心に毎日を乗り越えるだけの春奈は、不意に現れたこの不器用な歌声に心を鷲掴みにされてしまった。
突如現れた歌声は、夏休みが終わるまで、毎日同じ場所、時間に聞くことができた。
都合良く春奈の帰宅時間に被っていたから、少しの間河川敷で腰を下ろしその歌を聴くことが、春奈の日課になった。
ただ、声の主を見ることは最後までできなかった。
川のすぐ手前、背の高い茂みの先から声がするのは見当が付いていたが、もし勝手に聞いていることがバレてしまったら、気を悪くしてここで歌うのをやめてしまうような気がして。
夏休みが明け、始業式を終えてそろってクラスへ戻るクラスメイトは、いつもよりも色めきだっていた。
情報戦にめっぽう弱い春奈は、異変には気付くもののその原因がなんなのかはクラスルームが始まるまでわからなかったし、あまり興味も湧かなかった。
どうせいつものくだらない類だろう。
「その様子だとみんなももう気付いていると思うけど、今日から新しくこのクラスに仲間入りする人がいます!」
担任の掛け声に合わせて、勢い良く扉が開いた。
クラス全体のあらゆる期待が扉の向こうに降り注ぐ。
当の春奈も、いくら興味がないとはいえ、その雨粒の一つとなっていた。
他のクラスメイトと比べれば熱は低いかもしれないが、そんな私もそんな気持ちになってしまうほど、転校生とは稀有な存在なのだ。
彼はそんな雨を、力強い自己紹介で見事に吹き飛ばしてみせた。
「小田切俊です!歌うたってます!よろしく!」
ここ最近毎日聞いていた声に、春奈は思わず立ち上がってしまった。