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電話を切った春奈は、もう一度ワンズのホームページを見た。
ライブの日付は今日だ、間違いない。
会場は名前を見ただけでわかった。
前に1度ライブで使ったことがある。
場所も覚えている。
せっかく最後の日だからと、用事もないのにしっかりメイクしておいてよかった。
春奈は素早く着替え、小さなカバンにスマホを放り込んで家を飛び出した。
駐輪場から自分のママチャリを引っ張り出し、立ち漕ぎで勢いをつける。
住宅街を抜け駅前に出ても、街はガランとしていた。
店はほとんどシャッターを閉め、車もバスもタクシーも走っていない。
歩いている人もほとんどいない。
みんな最後の日くらい、家でゆっくり過ごすのだろう。
ライブはもう始まっている時間だ。
会場までは少なくとも1時間はかかってしまう。
俊たちは何時間くらい歌うだろう。
頬が冷たく感じて、春奈は自分が泣いているんだと気がついた。
涙が風に触れて、ひんやりとしている。
ばかだばかだばかだ。
誰もいない道を駆けながら、春奈は叫んだ。
旅立つ少し前に、由美は春奈にだけ打ち明けていた。
自分が病気なことも。この先が短いかもしれないことも。
私ね、アメリカに行く。
ドナーが見つかったかもって。
ううん、まだわからないんだ。
実際に手術できるかは、向こうで検査してみて初めて分かるんだって。
怖いと言う由美の声は、いつもより少し小さかった。
難しいんだって。
手術できたとしても、成功する確率は半分とか、もしかしたらもっと少ないかも。
ワンズの姿に自分を重ねているんだと、彼女は笑った。
初めて見た時から、そんな気がしてたの。
ごめんね、こんなのと一緒にするなよって言うかもしれないけど。
ライブの出来栄えとかお客さんの反応で一喜一憂して、まるで私が検査結果をみるみたいで。
少しずつ勢いが出てきたみんなを見て、すっごい勇気もらえてたんだ。
もしかしたら私もって。
そしたら、先に私にこんな機会が来た。
いや、周りはチャンスだって励ましてくれるけど、正直チャンスなんかじゃない。
だって失敗したら、全部終わっちゃうんだよ。
死んじゃうんだ。
でも、行くって決めた。
逃げないって決めた。
みんなが歌ってる姿みて、自分一人だけウジウジしてる場合じゃないなって。
生きたい。
あの日。
俊が辞めると言ったあの日。
怖かった。
私にとってワンズが無くなることは、由美の死と同じだったから。
そうして私は現実から目をそらすようにあの場から逃げ出した。
記憶に蓋をして、奥底にしまい込んだ。
しまったまま、忘れてしまっていた。
みんなは覚えてた。
覚えてくれていた。
もしかしたらね。
ワンズが活動を辞めちゃったらさ、みんなバラバラになっちゃうかもって。
でもこの約束があったらさ、いやでも10年後に再会するでしょ?
そしたらもう大丈夫。
きっとみんなはこの先も、ずっと繋がっていられる。
そこに私も一緒に入れたらいいなぁ。