15
「もしもし?もしもし?」
こちらからの問いかけに、受話器の先で慌てている音が聞こえる。
こんなに取り乱している彼女は珍しい。
由美は小さく笑い、再び受話器に耳を預ける。
「ちょっと、大丈夫?」
今度は水でも飲んだのか、ゴホゴホとむせている。
少しだけ窓が開いていたようだ。
白いカーテンが大きく揺らいで、由美の肩を撫でた。
病院の個室、一面真っ白の部屋。
あらゆる機器に繋げられ横たわる女性の柔らかな表情を見て、横に座る男性は安心したように部屋から出た。
ようやく落ち着いたかと思えば、ものすごく大きな声が受話器から飛び出してきた。
「ゆみ?由美なの?ホントに?」
思わず顔をしかめて、受話器を耳から少し離す。
「声は変わってない。安心した。」
春奈の声には驚きが詰まっている。
それはそうだろう。
こうして直接話をするのは、みんなと別れたあの日以来なのだ。
「なんで全然連絡くれなかったの?連絡途切れてから、心配してたんだよ?」
こっちに渡ってきてから少しの間、春奈ともメールでやり取りをしていた。
返信できなくなったのは、私が長い眠りについてしまったから。
もしものことがあったらみんなに伝えて欲しいと両親には伝えていたが、どうやらもしものことは起きなかったということらしい。
「だって寝てたんだもん。しょうがないでしょ。」
由美が起きたのは数日前。
しばらくは意識もはっきりせず、自分でも何が起きているのかわからなかった。
あれから10年近く、眠ったままだったのだ。
いろんな話を聞いたのは昨日、今日になってようやく少し手が動くようになり、こうして電話ができている。
今日が最後の日ということも、聞いている。
「ずっと寝てたから、春奈と最後に連絡したのもついこの前みたい。あれから10年だもんね。」
帰ってきたと言うと、春奈の声が震えたのがわかった。
「泣かないでよ。ちゃんと帰ってこれたんだから。みんなは元気?」
「元気も何も、今日ライブやってるわよ!この番号に掛けたら由美と繋がるの?ちょっと待ってて、ワンズの歌聞かせなきゃ!」
より一層、電話先のバタバタ音が大きくなる。
落ち着いてよと、由美は笑った。
ライブ、してるんだ。
「聴きたい。」
由美がそういうと、当たり前でしょと怒られた。
「一時間半、んーいや、一時間後に掛け直すから!」
急ぐからと言って、電話は乱暴に切れてしまった。
由美はゆっくり電話を下ろすと、大きく息をついた。
久しぶりの会話であれは、さすがに疲れてしまう。
あれから10年。
あの日、あの約束をしてから、ちょうど10年だ。
きっと運命なのだと、由美は思った。