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「解散って。細々とでも続けて行こうって話したばっかりじゃん。急に、何で?」
春奈の顔は、怒りと困惑が混ざりあって、見たことも無い表情になっていた。
ワンズのメンバーとは既に話を付けていた。
春奈を最後に選んだのは、中途半端な決意では春奈を説得できないとわかっていたからだ。
その証拠に、今にも泣き出しそうな春奈の目を見て、俊の心は早くも折れそうになっている。
「私が東京に行くから?」
春奈は就職先を東京に決めていた。
内定が取れたときは大喜びで、東京の文化をワンズに取り込むんだなんて言っていたっけ。
違うと、俊ははっきりと言った。
春奈が東京に移る話はもう1年も前に聞いて、解決したことだ。
「事務所に所属しようと思う。声がかかったんだ。新しいバンドを組んで、もう一回ちゃんと音楽活動したい。」
俊が説明する間、春奈は口を挟まなかった。
誰もいない部屋の中で、俊の耳に入るのは時折春奈が鼻をすする音だけだ。
俯いてしまい、表情もよく見えない。
「約束は?」
かき消えそうな声を、俊は飲み込むまで時間がかかってしまった。
春奈が顔を上げる。
「約束は?由美との約束。どんな形でも、由美が帰ってきたときに迎えられるように歌い続けるんだって、みんなで誓った約束。俊だけが歌ってればいいの?由美は私たちの、ワンズの音楽をって言ってくれたんじゃないの?」
今度は俊が俯く番だ。
「何が夢を追いかけるよ。たった一人の大事な想いを捨てて追いかける夢なんて、そんなの叶いっこない。叶いっこないよ。」
すぐに消えてしまう水蒸気のような声を残して、春奈は部屋を出て行ってしまった。
「あーあ、盛大にやっちゃったな。」
春奈と入れ違いに、大輔が部屋に入ってきた。
「聞いてたの?」
大輔は首を横に振る。
「でも、準備はしてたよ。何を喋ってどうなったかは聞かなくても大体わかるし。宏樹と剛は今春奈の方に行ってる。」
ヘロヘロと、俊は机に寄りかかる。
準備の良さに思わず笑ってしまった。
「情けない顔すんなよ。俺らは俺らで、お前を後押ししたんだ。由美にも春奈にも謝るのはお前だけじゃない。俺らもなんだからな。」
そのためには、と言いながら、大輔は俊の肩を思いっきり叩いた。
「一発でも二発でも、でっかく当てて有名になってもらわないとな!送り出した俺らにはちゃんと見る目があるんだってさ!そんで、」
あと何年だっけと聞く大輔に、俊は指を折って数える。
「36年だから、あと8年かな。」
先は長いなと、大輔は笑った。
「8年後、どんなことがあっても、ワンズでライブやろう。」