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空がオレンジ色に移ろいで行くのをぼんやりと眺めながら、俊は川の水が絶えず流れる音に身を委ねていた。
ここに来るのは久しぶりだ。
こっちに引っ越してきた頃は毎日のようにここに座って大音量で歌っていた。
目の前の景色は昔と大して変わっていないが、あの頃聞こえていた子供達の遊ぶ声は、聞こえなくなっていた。
裏に立った大きなマンションに付いている公園に、遊び場が移ったのだろう。
長瀬は本物だった。
すべて話し終えた後、俊をヘビーサウンズのオフィスへ案内したのだ。
俊が就職するのも知っており、専用の契約書も作成してきていた。
いわゆる、副業として所属するというものだ。
聞くと、他のメンバーも皆別の仕事をしながらバンド活動を並行させているらしい。
こんな地方でバンド活動だけで食べていけるのは、所属タレントの中でも一握りなのだろう。
俊は、決めきれないでいた。
仕事の合間に歌うのであれば、ワンズで十分だ。
いや、これから新生活が始まるという中で、ワンズともう一つのバンドを両立させるなんて、できそうにない。
どちらかを選ぶなら、迷わずワンズだ。迷う要素なんて何一つない。
そう思っていた。
しかし直接長瀬の話を聞き、その意思は揺らいでしまった。
どんなに薄い可能性でも、その先を夢見て歌を歌っていきたい。
夢を畳んだワンズでは歩めない道が、こんなにもリアルな形で目の前に現れてしまった。
クリアファイルに挟まった契約書に目を落とし、俊は深くため息をついた。
長瀬は、バンドの掛け持ちにも許可を出してくれている。
そこまで悩むなら、ワンズも仕事もそのまま、やってみればいい。
せっかく許可が出ているのだ。やれるだけやってみて、ダメならその時に判断したって契約上は何も問題はない。
でも、新しく組むバンドで売れてしまったら?
そっちのバンドが忙しくなって、ワンズを抜けるしか無くなってしまったら?
今はっきりと判断せず先延ばしにしてしまったら、どこかでワンズを中途半端に解散させなくてはならなくなるのではないか。
それこそ、約束を破ることになってしまう。
由美との約束を。