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第1話 空の賢者と弟子の勇者

久しぶりです

 この世界の名はフィル。

 各大陸と国が争わず手を取り合い、種族による迫害や差別も無く、お互いに足りない部分を補っている平和な世界。

 そして人々には笑顔が絶えず、誰もが己の意思をしっかりと持ち。互いを尊重し合いながら切磋琢磨していき、希望を捨てぬ満ち足りた世界。


 そんなフィルの人々は子供の頃、誰もがこの言葉を聞いて育つ。


「世界のどこかに居る賢者様は、いつも貴方を見守っているの。だから本当に困った事が起きたら颯爽と現れて、貴方を助けてくれるのよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 この世界の果ての果て、そこに最悪の魔境があると言う。

 人では到底進めぬ道をただひたすらに進み続けた者のみが辿り着く極地。

 噂によると何故か、少し古ぼけた家がポツンと一軒建っているとか。

 そこには日夜世界の研究をし続ける、賢者と弟子が居るそうな。


 少し埃が舞っている工房の廊下で、大量の紙束を抱えながら鼻歌を歌っている、上機嫌な少女が奥の扉を目指し歩いていた。

 その少女は金髪の髪を肩まで伸ばし、白いYシャツと黒いスカートを着た、厳かな雰囲気の美少女であった。

 そんな美少女が扉の前までたどり着いた途端、その扉を勢い良く蹴破った。


(から)の賢者様!わたしが作った資料、ここの机に置いておきますねー!」


  少女はバタン!という扉が鳴らしてはいけない音と共に、見た目の雰囲気とは真逆の溌剌(はつらつ)とした声で話しながらズカズカと部屋の中を進んで行く。

 そして沢山の紙束を直ぐそこにある机に乱雑に置きながら、奥にいるであろう人物を待つ。


「はぁ……いい加減一般常識と人の苦痛を学びなさいクラウス、そして後で直すこっちの身になりなさい」


 少女の声と、破壊されたであろう扉の音を聞きつけ。

 頭や肩に被った埃を払いながら部屋の奥から現れた人物は、青白く長い髪を1つに束ね、一般庶民が着るような皮を鞣した服と黒いズボンを着ており。

 その顔は、言われなければ男性と気がつかない程、凛々しくも美しい美人である。

 だがそんな美人が、少しドスの効いた声で少女に話しかけた。


「おはようございます賢者様!両手が塞がっていたので、時間短縮の為に扉は足で開けました!」


「……………oh」


 全く悪びれていないそのお姿を見て、賢者は呆れてものも言えないと思いながら扉の損傷状態を確認しに行く。


「やっぱり壊れてる……」


 壊された扉を涙目で見ているその姿は、賢者と呼ぶには余りにも惨めであった。

 しかしその見た目は言われなければ男性と気づかないほど美人である、今は惨めで残念な格好をしているが。


「そんな事より!わたしの作った資料を読んで下さいよ!」


 さあさあとクラウスは賢者を資料のある机の椅子に座らせる、そして置いてある紙の山を賢者の目の前までぐいっと押した。

 取り敢えず賢者は壊された扉の事は忘れ、師匠としての務めを果たすため仕方なく資料を読み始める。


「よしっ!それじゃあわたしはお菓子とそれに合う飲み物を用意してきます!」


 と言ってクラウスは机の向かいにある食器棚を漁り始めた。


「クラウス、すみませんがこの資料。一枚目とか表紙とか無いんですか?今読んでる内容だと何を題材にしてるのかさっぱり分からないのですが。

と言うかグランアーデンの陥落事件なんて数百年前の事件じゃないですか、本当に何を題材にしてるんですか......」


「あっ!?すみません流石に雑に置きすぎましたね。ちょっと待ってください、えーっと......あった!これです一枚目は。あとクッキーとコーヒーを用意しました!一緒にどうぞ!」


 コーヒーと一枚目の資料を受け取った賢者はクラウスにありがとうございますとお礼を言い、コーヒーを口にしながらその一枚目に目を通した。すると


「ふむ......ぶぅーーーーーー!!!」


 内容を見た賢者はコーヒーが不味いあの探偵みたく噴き出しだ。だが流石は賢者、コーヒーは資料にはかかっていない。まあ床は汚れたが。


「名付けるならスプラッシュコーヒーですかね、さすが賢者様こんな僅かな時間で新たなる魔法を生み出すとは」


「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!......はぁ、新しい魔法については一切触れませんが。今回の資料の題材が私とは結構驚きましたよ」


 コーヒーブレイク(破壊)からひと段落した賢者は、クラウスに題材の理由を聞いてみることにした。


「いや、わたしって賢者様の所で一年くらいご指導を受けてますよね」


「そうでしたね、最初の頃は今よりも生意気で困りましたよ。いやぁ懐かしいですねぇ……」


 思い出を懐かしむジジイのようなセリフを吐いた賢者を尻目に、クラウスは理由の説明を再開した。


「思い出話しは置いておいてですね、賢者様のところで一年過ごしたわたしですけど。よくよく考えたら賢者様のこと全く知らないんですよね、恐ろしく強いことは知っていますけど」


「成る程、確かに私も自分のことはクラウスに話していませんね」


「そうですよー!という事で、弟子の一周年記念で情報の開示を要求します!」


 とアホなことを抜かしているクラウスを見て、また微妙な顔をした賢者であったが。一周年記念と言うことは確かなので、あまり無下には出来ない訳で。どうしようかと考えた結果、賢者はクラウスにとある場所の出入りを許すことにした。


「クラウス、ちょっと付いてきてください。これからこの場所の出入りを許可します。後、君の要望にも答えましょう」


「マジですか!とある場所と言うのは分かりませんが、ダメ元で言ってみるもんですね!」


 席を立ち、移動を始めた賢者を見て、まさかお願いを聞いてくれるとはと思いながらクラウスは付いていく。

 賢者の言うとある場所とは、この部屋の奥にある扉を抜けた先、賢者の書庫であった。


「こ、これは……凄い!!!」


 クラウスが見た光景は、圧巻の一言で表すしか無いものだった。自身の身長の何倍もある本棚が見渡す限りに並んでおり、更に入り口からでは終わりが分からない程広い空間がそこにはあった。


「どうですかクラウス、この世の真理全てを内包したこの空間。知識欲旺盛な君にとって最高の場所でしょう」


「はい!きっと私の一生を掛けてやっと読み尽くせるかどうかと言うほどの本の量!これは悔やまれますよ、寿命の長い種族に生まれていればと!」


 ものすごく悔しがっているクラウスを見て満足した賢者は、入り口近くにある机に座り。よく分からない本や杖などの道具を出して謎の準備をしている。


「何やってるんですか賢者様?」


「いやなに、君のご要望を答えるための準備ですよ」


「え?いや要望をきいてくれるのは嬉しいんですけど、昔話をするのにそんな準備要りませんよね?」


 クラウスの普通の台詞にやれやれと言った感じの賢者、その反応に更に疑問符を浮かべるクラウスであったが。賢者は宝石や水晶なども取り出し、杖を持ち席を立った。


「いいですかクラウス、私が昔話をするなんて面倒くさい真似するわけ無いじゃないですか。これは過去に戻るための準備です」


「はい?過去に戻るって......そんな事出来るんですか!?」


「勿論ですとも、とは言え完全に同じ過去ではなく細部が違いますので、私が経験したものと完全に同じとは言えませんが」


 クラウスは賢者の凄さを改めて知り、この人の弟子になれて良かったがなぁと思っていると。賢者が、これから過去に戻るための魔法を使うから準備は良いかと聞いてきた。それに対して勿論ですと明るく答えたクラウスは、綺麗な気を付けをして賢者を待った。


「あはは、そんなに気を張らなくて結構ですよ。それでは詠唱を始めましょうか」


 賢者は杖を立てて、詠唱をし始める。しかしその言語はクラウスには聞き覚えの無い、全く知らない言葉だった。


『星の意志よ 私の声に呼応しろ 世界の意思よ 私の思いに呼応しろ 彼の者たちを 記憶の回廊へ 誘いたまえ』


 詠唱を終えた瞬間、クラウスの視界が歪み始める。さらに何か強い力で精神を引っ張られる感覚に襲われた。そして直感した、このまま精神を持っていかれると取り返しのつかないことになると。


「賢者様!何なんですかこれは!」


 クラウスが謎の力に堪えながら話しかけた、しかし賢者はそれを無視し追加詠唱を始めた。


『対象指定 レン・アルフレッド 時間座標指定 年齢14 地球 』


 今度の詠唱の言葉はクラウスにも聞き取ることが出来た、内容は何のことだかさっぱりだが。

 賢者が追加詠唱を終えたその時、謎の力が綺麗さっぱり無くなった。そして賢者とクラウスは、大きな廊下の中心に立っている。


「よし、ちゃんとクラウスも着いていますね。安心しました」


「えっと……ここは何処ですか賢者様?」


 そう言ってクラウスは辺りを見回す。一面が白い配色の廊下だが、何も無い訳ではない。左右の壁には大量の絵が掛けられており、それが奥に続いている。


「ここはレン・アルフレッドの記憶の回廊です。奥に進んで行くことで過去に戻ることが出来ます」


「へぇー!じゃあ壁に掛けられてる絵は何なんですか?」


 クラウスが壁の絵を確認すると、景色や人、戦闘中の緊迫した場面や日常の穏やかな場面の絵など、種類が多種多様であった。そして、最も気になったのが。殆どの絵に、賢者と似ている人物が描かれているところである。


「ん?これってもしかして……」


「クラウスのご想像通りですよ、それは私の記憶です。分かりやすく第三者目線なのが乙ですね」


「ほぉ、成る程成る程」


 ふむふむと言いながら、しばらくの間絵を鑑賞したクラウスは、ある程度満足したら賢者に早く行きましょうと告げた。

 雑談をしながら記憶の回廊を進んで行くと、これまたなんの装飾も無い普通の扉に辿り着いた。


「ふぅ、やっと着きましたか。クラウス、この扉の先が目的地の過去ですよ、心の準備はよろしいですね」


「勿論ですとも!これで賢者様のあんな事やこんな事が分かっちゃう訳ですからね!」


 その言葉を聞き、見せるの止めようかちょっと迷った賢者であった。だが一度言った事を撤回するのも格好悪いので扉に手をかけた。


「じゃあ行きましょうかクラウス、それと最後に一言言っておきます。忘れてはならない事は?」


「心に刻む!ですね!」


「よろしい」


 そう言って賢者は扉を開いた。


 こうして、賢者と弟子の記憶の旅は始まった。

 彼らが歩むこの物語は、向上蓮が偉大な賢者になるまでの……珍道中である。


次回に続きます


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