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お尻の縫い目が破れたら  作者: 二蝶いずみ
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第五話 G男のあせり

 まただ。

 最近よく、誰かの視線を感じる。

 なぜだか、ぞわぞわする。

 特におしりの辺りが。


 自分はお洒落には気を遣う方だと思う。今日だって、大事な商談をバッチリきめてやろうと、お気に入りのラルフローレンのスーツに身を包んで、颯爽と会社を出た。

 電車にのり、窓に写る自分を見て、ヘアスタイルもいつも通りオシャレにセットされていることを確認する。頭頂部の髪の遊ばせ具合には、特に気を使う。


 今日の俺は、失敗するわけにいかない。

 なぜなら、同期入社のE美が、先週、大口の契約を取りまとめやがったのだ。E美は同期だが、大学の陸上部の後輩でもあり、何かと嫌味を言ってくる、生意気なやつだ。だからあいつにだけは絶対負けるわけにはいかない。

 そんな折、懇意にしていた取引先から、新規契約先を紹介してくれる話が舞い込んだ。ここで俺の実力を会社に認めさせる千載一遇のチャンスというわけ。


 俺が入社して初めて契約を取れた日に着ていたのが、この勝負スーツ。それ以来、この三年、ここぞという日はこのスーツで決めてきた。いわゆる、げんかつぎだ。

 しかしちょっと腹に肉がついてきたかな。腰回りがきつくなってきた。そろそろ新調すべきなのはわかっている。今回の契約が決まったら、新しい勝負スーツを買うのも、また良しだな。


 中途半端な時間帯の、まばらな乗客に紛れて、G男は四つ目の駅で降りた。


 さてと、今日の取引先は、この先のV大附属高校だったな。V大附属高校は、体育会系の部活が盛んで有名な学校で、各種大会で常にその名を轟かせている。ここで体育用具の契約を取れば、我が社の宣伝効果は抜群だ。

 それに、E美の驚く顔を見てやりたいもんだ。

 約束の時間には少し余裕があるが、気合いが入る余り、つい足早になってしまう。


 部活帰りの女子高生らしき娘が、こっちを見ている。ごめんよ、俺ね、どっちかっていうと年上に甘えたいタイプなの。でも、若い子にもモテちゃうのかな。

 G男がニヤけるのを我慢して、クールガイを装ったその時だった。


 グルグルグル〜


 来た。


 緊張したとき、G男は腹痛に見舞われる。


 おいおい、またこんな大事なときに!


 G男はちょうど通りかかったコンビニのトイレに駆け込んだ。

 

 十分の時が過ぎた。


 お腹がスッキリして、コンビニから出てくると、なぜだか青空を見上げたくなる。お天道様は見ているよ、って、誰の言葉だっけな。

 ああどうか、俺の頑張りが、認められますように。


 約束の時間はせまっているというのに、のんきなことを考えてしまう。


 時間のロス。


 そう、それは、G男が最も嫌いな言葉だ。いや、好きとか嫌いとか、場合による、とか論議している場合ではない。約束の時間ギリギリになってきたじゃないか。かつて陸上部で鍛えた健脚の威力を、今こそ発揮するときだ。G男は額の汗を拭いながら、全速力で取引先へと駆けていった。


 漸く、坂の上にある正門にたどり着くと、G男は服装を整えて、校舎へ入っていった。どうやら今日は受験生が試験を受けているらしく、校内はしーんと静まり返っている。守衛のおじさんから、職員室は二階だと聞いて、階段を駆け上がったそのとき。ビリッという音が辺りに響くと同時に、えもいわれぬ振動が下半身を襲った。


 何だ?


 G男は、自分の予測が外れてほしいと切に願いながら、恐る恐るズボンのお尻に手をやってみた。


 お天道様、見ていたなら教えてくれたら

良かったじゃないですか〜。

 ズボンが破れそうだよ、って。


 それは、悲しくも愛しき、破れたズボンの縫い目であった。

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