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お尻の縫い目が破れたら  作者: 二蝶いずみ
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第二十一話 G男の功績

 俺のお陰? どういうことだろう。


 G男は、姉達のいる二階のカフェスペースへ戻ろうとしているところだった。

 先程、ほんの一瞬姉の顔を見ただけだが、なんだか険悪なムードらしかったので、実はさっきから気になっている。


 見舞いに来たら見知らぬ女性の手からネックレスが飛び出し、拾い損ねた挙げ句、おニューのズボンが破れてしまった。

 構わずネックレスの着地点に向かおうとエスカレーターに乗ったら、S辺教頭が病院に現れた。

 その堅物の教頭が思い切った告白劇をくりひろげたもんだからまあ驚いた。

 相手の女性も教頭に気があるとわかってめでたしめでたし。

 ところがそれが俺のお陰って、どういうことなのだ?


 教頭はひときわ大きな声で、

「君、言ってたろう? どんなにかっこ悪くったって、やらずに、後悔したくないって。」


 ああ。

 学校でそんなこと言ったかもしれない。


 破れたズボンを履いて教頭を訪れた日、教頭は俺に聞いてきた。

『営業マンが破れたズボンをはいたまま客を訪ねるとはどういう心持ちかね』

と。

 俺はあのとき、失礼を承知で答えた。

『これは大変失礼致しました。お見苦しいことは重々承知の上で参りました。一度は、今日のところは引き返して、また日を改めさせていただこうかとも考えました。本来ならばそうすべきだったのかもしれません。ただ、折角お忙しい中時間を作っていただいたのに、今日というチャンスを棒に振ることがどうしてもできなかったのです。今日しか、できない話があるかもしれない。次はもう、ないかもしれない。格好悪くても、絶対に、後で後悔したくないんです。』

 ナマイキに喋りすぎた。

 あのとき俺は、正直そう思った。

 教頭は『そうか……君の熱意はよくわかった。』とかなんとか言っていたように思う。



「S辺教頭……」


「君のおかげで私は、勇気を出せたんだ。このまま人生終わりにしたくないって。」


 教頭、そんな風に思ってくれていたのか。

「私なんかが、お役に立てたなら、幸いです!」


「ああ、ありがとう!」

 右手を挙げてそう言うと、またL子先生と共に事務室の方へと歩いていった。


 G男は深々と頭を下げて見送った。


 しかしまた今日もズボンが破れるとは、本当に格好悪い。

 お辞儀から姿勢を戻すタイミングで、お尻の縫い目の破れ具合を後ろ手でそれとなく確認してみる。

 ああ、また結構派手にやっちまってるな……。

 さ、とにかくもう一度二階へいこう。


 と、その時、今度は、ネックレスを落とした女性が俺に向かって言った。

「わたしも、あなたにお礼を言うわ。」


 え? どういう事だ? 初対面ですけど……。

「え、な、何のことでしょう?」


「私、あなたのお陰で、一歩踏み出す勇気を出せたの。ふふっ。」


「はぁ……」


「それに、男に見捨てられて壊れそうになってたけど、自分を取り戻すことができたわ。本当、命拾いしちゃった。」


 おいおい大丈夫かよ。

 なんか訳ありだなぁ。

 面倒な話に俺がなんで関係あるのかわからないけど、でも感謝されること自体は、悪い気がするものでもない。

 よほど大事なネックレスだったのだろう。

 ここはさらりと受け流しておこう。

「そうですか、何かお役に立てたみたいで、私も嬉しいです。」

 とりあえず営業スマイル。


「ありがとうございました。じゃ、私はこれで。さよなら。」

 女性は病院奥のエレベーターへ向かっていった。


 ふぅ、今度こそ姉ちゃんとこへ……。


「あの、私も!」

 今度はネックレスをキャッチした女性だ。

 むむ? 次は何だ?


「私もあなたに、感謝しています。」


「え、あなたも……ですか?」

 なんだなんだ、みんなどうかしてるって。

 フラッシュモブでもはじまるんかい。


「以前お見かけしたときも、ズボンが破れてらして……」

「えっ?」

「でもそのとき、あんまり幸せそうだったんで、お声かけられませんでした。」

「いやいや、そんなこと。」

「とにかく、あなたのお陰で、私も自分を改めることができたんです。」

「そそ、そうなんですか?俺訳わからないんですけど……。」

「あなたの素直で一生懸命な生き方が、知らず知らずのうちに、周りに勇気を与えてるんですよ、きっと。」


 知らず知らずって……


「私は、人を信じることの大切さに気付かされました。毎回出しゃばる必要なんてなかったのよね。それに、あなたみたいに、本当に助けを必要としている人を助けられるって凄いことだと思います。本当に、いいもの見させていただいて、ありがとうございました。」

 女性は笑って病院の奥へ去っていった。


 人を助けるって、そんなこと意識したこともないんだけどな……。

 人って不思議なんだな。

 でも、俺はこれでいいってことなのかな?

 今日は、やけに気分がいいじゃないか。

 さて、赤ちゃんの顔見て、姉ちゃんの愚痴でも聞いてやるとするか。


「G男〜! 病室いくわよ〜」

 二階から手を振る姉ちゃんの顔が見えた。


「おう、すぐ行くよ!」 


 今日の事、E美に話したら、どんな顔するだろうな。


 G男はズボンの破れ目も気にせず、エスカレーターを駆け上がっていった。




 完


(エピローグもどうぞ)


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