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お尻の縫い目が破れたら  作者: 二蝶いずみ
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第九話 J太の入院

 合格発表の日に木から落ちるなんて、そんなマンガみたいなことになり、J太は入院中だ。


 そう、あれは、V大附属高校合格発表の日。

 もしかしたらと少し期待はしていたが、まさか本当に、広瀬すず似のあの娘に会えるとは思っていなかった。

 正門を入ってまもなく、合格者の番号一覧の掲示板の前に、彼女を見つけたのだ。

 試験の日の制服のブレザーも良かったけど、キャメルのショートダッフルコートにショートパンツ、細い脚にタイツとブーツを合わせていて、ちょっと小柄な彼女によく似合っていた。

 やっぱり可愛いなぁ……と見とれていると、びゅーっと強い風が吹き、彼女の受験票が飛んできて、J太の近くの木の枝にひっかかってしまった。

「あー、あんなところにのっかっちゃった〜どうしよう〜。」

 彼女が困っていた。 

「俺、とってあげるよ。」

 かっこつけてよくもあんなこと、言ったもんだ。

 おなら事件の汚名返上をかけて、木によじ登ったものの、あと少しで受験票に手が届くという段になって、足を踏み外してしまった。

「う、うわ、あわぁあああっ」

 どさっっっという音とともに、木の根本へと真っ逆さま。

「キャーッ、だだ、大丈夫?!」

 彼女が心配顔で駆け寄ってきた。

「うん、全然平気!」

強がっては見たものの、足の骨は折れてしまっていたのだった。


 彼女に付き添われ、救急車で搬送された先は、名声会W総合病院。

 緊急手術を終え、疲れでぐっすり眠ったあと、病室で目覚めたJ太に寄り添っていたのは、J太の母だった。

 母からは良い知らせを聞かされた。

 俺が、高校に合格していたこと。

 次に、広瀬すず似の彼女の名前がY子であり、彼女も、合格していたということ。

 そして何より、そのY子ちゃんが、お見舞いに来てくれるということ。

 

 

 入院から約一週間がたち、術後の経過も良好だ。まだ少し傷が痛むが、松葉杖を使って日々リハビリに励んでいる。腕の筋肉痛や、老人ばかりにかこまれた退屈な毎日に耐えかねているが、今日ばかりは顔がゆるむ。


 あの広瀬すずが、いやY子ちゃんが、ついに俺の見舞いに来てくれるのだから。

 

 そうだ、ニ階のカフェコーナーでケーキを買ってこよう。

 J太は、松葉杖を駆使して長い廊下を歩いてゆき、エレベーターで本館二階のカフェコーナーへ向かった。

 普段ならなんてことはない距離でも、足の怪我のせいで、とてつもなく長い道のりに思える。

 ようやくカフェコーナーに辿り着くと、そこはおばさん達でそこそこ賑わっていた。

 カウンターの近くの席には、ベビーカーに小さな子供を載せたまま、スマホに夢中の若い母親。

 エントランスの吹き抜けに接した席には、綺麗なお姉さんが座っている。

 

 さて、カウンターにたどり着いた。

 Y子ちゃん、イチゴが嫌いだったとしたらどうしよう?

「いちごショートケーキと、チョコレートケーキ、下さい。」

 二種類のケーキが乗ったトレーを受け取り、適当な席に向かう。

 手がしびれそうだから、一旦座って落ち着こう。

 そのとき、子どものわめき声がした。

「うわあああん、ママぁ〜仮面だいだ見せてぇぇぇぇ」

 ベビーカーの子供が、母親にヒーロー番組の動画を見せてとせがんでいるらしい。

 母親は誰かとスマホのアプリでトークをしているらしく、少し待つように子供を諭しているが、子供はあいかわらずわぁわぁ泣いている。

 頼むから早く仮面だいだとやらを見せてやって欲しい。


 松葉杖で移動しつつ、慎重にケーキを運びながら、親子の様子をチラ見していると、エスカレーターから、見覚えのある男が上がってきた。


 あ……ズボン破れのおっさん!


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