気を揉む その二
結局、炎帝様が店にきたのかどうかは俺には分からない。
面倒くさい事態になるのは目にみえていた。
さっさと店じまいをして炎帝様を避けるように町をぶらつくことにしたのだが、これがとてもいい判断だった。
たまにはゆっくり町でもみることにしようと思ったのだが、自分の中で色々な整理をするのにちょうどいい時間となったからだ。
今まで流れに身を任せるばかりで周りのことに目を向ける機会などなかった。しかし落ち着いてこのクスクスの町並みをこうして目にすると、しみじみと自分の住み慣れた土地ではないことに気付かされる。
クスクスの街は時計塔を中心に円形に町が形成されているようだった。
そして中心となる時計塔から半径100mぐらいは、整備された芝生と色とりどりの花々が美しい自然を演出しているのだ。公園と言ってもいい。
外灯らしきものもあり、あれは一体どんな仕組みで光っているのか知りたい所だが生憎教えてくれる人などいない。
俺は近くにあったベンチに座った。公園の中にはベンチを置く。そんな自分達と変わらない概念がある所をみれば、意外と価値観は異世界であっても極端には違わないかもしれない。
極端に違う所と言えば、やはり魔物がいることなのだろう。
自分達の生活のすぐ隣に自分の生命を脅かす存在がいる。
それはこの世界に生まれた者にとっては不幸な話しでしかないはずだ。
そんな悪い話しばかりではないと否定するものもいるかもしれないが、安全な国に生まれた俺からしたら常に生命の危険があるこの世界の者にはやはり同情してしまう。
今は俺自身もその一員となってしまっているのだから、同情などしている場合などではないのだが。
いまだクスクスの町の全てを見た訳ではないのだが、俺のイメージではここは郊外都市と言いかえていい程に大規模な町であると感じている。
それの一つの要因としては多くの学生が目に入ることだろう。
それぞれ違った制服をきている所をみれば、学校自体も一つではないはず。週末ともなれば、町の中心部は買い物をしたり友人と触れ合う若者の姿がぐっと増えているのは俺でも分かる。
学生服をきた若者の中の興味の対象として多く挙げられるのは、あの無口な騎士様、ハインツ・ディオスナードだ。
ここの公園にくるまで何度その名を聞いたことか。
若い男も女も、ハインツを呼ぶ敬称が様づけとなっている所から、ハインツへの熱狂的な敬愛ぶりが感じられる。
今更になって、彼女は名実ともに優れた人物であったのだと思い知らされた。
時折若者の口から、炎帝が、と話しが聞こえそうになる度、意識を逸すことにもなったことはすぐに忘れてしまおう。
何故そんな彼女と自分が関わることになったのか。
俺という小物がそんな主要な人物と関わることは、不安の種でしかない。
このまま関わっていけば、俺はいずれ彼女の足を引っ張る存在になるだろう。頑張れば頑張る程空回り、周りの空気をおかしくする、それが俺という存在なのだから。
ただ、ハインツは俺のマッサージにある種活路を見出しているように俺は感じている。
魔物相手に戦っているのだから、自分の身体が最重要な資本となるのは間違いない。
普段魔物を相手にした疲れ切った体、そうでなくても普段の鍛錬によって悲鳴をあげる体をケアするためには、治癒魔法では効き目がないらしい。
そこに、ぽっと俺が現れた。
治癒魔法では癒やせない疲れを癒やす力を持った俺が。
しかも身体強化のオマケつき。
魔物と相対する者にとっては、俺ほど使い勝手のいい者はいないだろう。
持続的な効力はなくとも数十分から数時間のマッサージを受けるだけで、体は万全、実力以上の力を発揮できるのだから。
…何が言いたいかというと、彼女が以前俺に言った言葉は嘘だったのではないかということだ。
吉良に好きって言わせてみせる、だったっけ?
あれは俺をつなぎとめるための嘘だったのではないか。
俺の力が目当てなのであって、俺という存在など気にもとめていないのではないか。
彼女がそんな打算の中動く訳ないのは分かっているのだが、俺を形成する何かがそんなことを思わせる。
人の信頼すら疑う俺はなんとひねくれたやつなのだろう、もし俺がこんな思いでいることハインツが知ったらどんな顔をするのだろうか。
結局、異世界にきても俺自身は何一つ変わらないまま。
俺に関わったらハインツは必ず痛い目をみるだろうから、あまり距離を近づけないようにしよう。
それが俺が物思いにふけてでた結論だった。
こんなセンチメンタルな気分になりながらも、そこに女性がいればすぐに俺の中のくされ外道は目を覚ますのだろうけども。
ああ、友達が欲しい…
俺を認めてくれる友達が、時には叱咤してくれる友達が。
異世界で一人。
軟弱な俺にとっては辛すぎる。