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逝ってらっしゃい!〜異世界でマッサージ始めました〜  作者: zena
第一部 『二人の姉妹』編
7/15

白夜騎士を揉む その三

連日、ハインツ・ディオスナードはうちの店にきた。

ラクルを大事そうに抱えている所をみれば、マッサージだけを受けにきたのだけではない事が分かる。その表情は無表情ながらも、奥底には嬉しさのようなものがあるのだろうと感じとることができた。


ハインツはラジカルフォースというパーティーに所属していた。

クスクスの町には大小様々なパーティーが点在し、町周辺の警護をしたり、魔巣窟と呼ばれるいわばダンジョンのような場所の攻略を主として活動したりしている。


ラジカルフォースは主に魔巣窟の攻略に重きを置いており、一度町に出向いた時に、武装した集団の中にハインツの姿を見た。


それは俺の知っているハインツの姿ではなかった。その集団を指揮していると思われる男の少し下がった所で、ハインツはその変わらぬ無表情で立っていた。


大勢の集団が対面する位置にいる所を見れば、ハインツも指揮する側、もしくは有力な立場にいるのだろうと横目にしながら歩いていた俺は思わざるを得なかった。

あの華奢な身体つきからは想像をしがたい所といえるのだが、店に来た三人の男がハインツ一人のために警護をしていたのだというのであれば納得のいく所だ。


ハインツの表情はひどく真面目だった。店にきた時には見せることのない、集団を指揮する者の立場としての顔。

その顔を見た俺は疎外感を感じるばかりであった。

やはり、ハインツにとって俺などはその他大勢の一人にすぎないのだと。



そんなある日、ハインツは一人の男を付き添いにして店にやってきた。

ハインツは初日以後一人で店にきていたため、意図しない急な来訪者に俺は不意をつかれることになった。俺の横にいたラクルをとっさに後ろ手に隠す。


ハインツに視線を向けると、ごめんなさい、とでも言っているような申し訳なさそうな表情であった。


今日もお一人で来るのかと思っていました


連れてくるなら一言いっておいてくれ、皮肉な感情を込めた言葉でハインツを出迎える。


ハインツが言葉を口にする前に、付き添いとしてきたのであろう若い男性が言葉を返す。


「急におしかけてすみません。ハインツさんは嫌だと言っていたのですが、無理を言ってついてこさせてもらいました。」


ハインツが腫れ物を触るような表情をしている所をみれば、男の言っていることに間違いはないのだろう。少なくともハインツ自身の意思ではなかったのだと。


「僕のことは気にしないで下さい。もちろんスライムがいる事も聞いていますので、安心して下さい。」


やはり、そうだろうなと思った俺は再びハインツに視線を向ける。


わ、私は悪くない


どこか他人のせいにしているような表情のハインツであったが、そのぴくりとした動きが可愛らしくそれ以上皮肉を込めた視線を向けるのはやめることにした。


ハインツは我慢強いのか悟られたくないのか、自分の感情を表にでることを良しとしない。

だがそこはハインツも一人の人間。時折自分の意志とは裏腹に出てしまう一瞬の表情はとても可愛らしいものであった。

もちろん必要以上にハインツを見ている俺は、そんな一瞬の表情や仕草を見逃すわけもなく、その一瞬の仕草からおおよそこんな感情なのだろうと推測できるようになっていた。


そんな彼女も自身のひたむきに押さえ込む感情を

、俺に悟られていることに気づいている。


俺のしたり顔を見て、むぅ、と口を尖らせ唸るその姿は、パーティーにいる時の面影はない、一人の女性の姿であった。


ベッドへとハインツは横たわった。


そして俺はいつものようにマッサージを始める。


いつもと違う所といえば、横にいる若い男が食い入るように見ていること。


ラジカルフォースきっての実力を持つハインツが、いかにして日常を送っているのか、強さの秘訣というものをその目で見たかったという。聞いてもいないことをべらべらという若い男の言葉は耳障りとしかいいようがない。


ハインツは若い男から顔そむけるように横を向き、艶のある長い髪で自分の顔を隠している。


上から見下ろす位置にいる俺からはハインツの顔は見えているのだが、俺と混じり合うその視線は通じ合うように無難にことを進めようと視線で語り合う。


俺は白く光る部分だけでなく、全身をマッサージするようになっていた。痛みが和らぐのもそうだが、ただマッサージされているのもどうやらハインツは気持ちがいいらしい。まぁ万人がそうだとは思うのだが。


ハインツの希望を聞いていくうちに、白く光る部分以外の場所もマッサージするようになっていった。お得意様の希望ともなればやらないわけにもいかない。

何よりハインツからは通常料金の五倍も料金を支払ってもらっている。訪れる客が全くとは言わないが少ない俺の店にとって、ハインツからもらう料金は生活していくにはなくてはならないものだった。


一度支払ってもらう料金を通常にしようとしたのだが、ハインツには受けてもらえなかった。


彼女曰く


「むしろ足りない」


そうだ。


俺のマッサージをそこまで評価してもらったのだから彼女の希望は最大限優先すべきこととしており、彼女の訪れる時間は必ず空けているようにもした。


彼女にとっては何気ない生活の一部なのかも知れないが、俺にとって彼女が来るか来ないかは死活問題。何よりラクルと戯れる彼女の姿は先行きに不安しかない俺の心に安寧をもたらしてくれた。


「最近のハインツさんは他の者が及ぶ所のない程の強さになっていると感じていたのですが、もしやこのマッサージが秘訣なのでは?」


若い男がハインツに質問を投げかける。


「そう・・至福」


質問に答えたもののハインツはすぐに若い男から意識を逸らし、マッサージの気持ち良さに身を預ける。


すぐにどこぞへといってしまったハインツの意識に気づいたのか、若い男は不満そうな顔だ。


さっきからやたらとハインツに話しかけているのだが、ハインツ自身はどこ吹く風。

途切れ途切れの返事にまるで会話が成り立っていない。


一言しか言わないハインツと会話そのものが成り立たない事に気づいた俺は、早々に諦めていたことなのだが。

どうやら若い男は、それでもという思いでハインツに話しかけている。ハインツに気があるのだろう。


そこで俺は若干の優越感を覚えた。

ハインツは恐らく、恐らくではあるがお前など眼中にもなく、俺に好意をもっているのだと。


ある時、マッサージが終わった後のハインツは帰り支度をするわけでもなく、ただベッドの上でごろごろとしていた。

その日ハインツは夜遅くにきていたため、夜な夜な出かけていくラクルは勿論いなかったのだが、一向にハインツは帰る気配がない。


夜遅くということもあったが、他に客が来るわけでもない。俺は慣れない銅貨の金勘定をすることにしたのだが、ふとハインツが俺の横に座った。


ん?と一瞬目をやったが気にせず金勘定をすることにした。銅貨は無造作に袋に入れられ、買い物に行くときにそこから必要分持ち出す。いくらあるのか分からず、そろそろ数えておいてみるか、そう考えていたからだ。


その気にもとめないそぶりがハインツの気に触ったのか彼女は言った。


「むぅ、横に美女、即ち」


どくんと、血液が逆流してしまうかの如く俺の胸は高まってしまった。


予想だにしない言葉。俺などというゴミみたいな存在に、そんな甘い言葉を投げかけるものは皆無だと思っていた。


もちろんその先が何なのかは分からなかった俺は、すなわち?聞き返すだけしかできなかった訳だが。


「鈍感、普通分かる」


分かる訳なかった。

おおよそ、人々から美しいものをみるような目で見られているこの少女の放つ言葉を、ゴミみたいな俺が。


「露骨に毎日きてる」


そ、そうなのか・・・


肩と肩が触れ合う程の距離に、ずいっと彼女は距離を詰めてきた。


「これでも・・頑張ってる・・・」


赤らめく顔をうつむくようにして隠していたのを、その言葉と共にこちらに向けた。


下から見上げるような形になっていたのだが、ハインツの上目遣いに俺の心臓の鼓動はもはや留まることを知らないかのように早まっていた。


ごくりと涎を飲み込む俺。その音が聞こえてしまったかと思った瞬間、ハインツもごくりと喉を鳴らした。


普段ほとんど表情を崩さない彼女が、何の前触れもなく唐突にしてきたアプローチ。

こんな表情をするのかと、俺は未知のものを発見したような感動すら覚えていた。


俺の事、好きなのか?


などという死んでしまいたくなるような自惚れた事を俺が言う訳がない。

何と言っていいか分からず、ハインツと視線は混じり合ったまま黙り込んでしまう。


ハインツが先に視線を逸した。


「究極の鈍感」


「意気地なし」


「死ねば良いのに」


最後の言葉は言ったがどうか分からないが、ハインツがぶつぶつといい、そのまますっと店の出口に向かった。


「絶対、吉良に私を好きって言わせてみせる」


初めて聞く彼女のいつもより長い言葉に、ちゃんと話せるんじゃないか、そんなことをつっこむ間もなく彼女は足早に店を出ていってしまった。


一人店に残った俺は唖然としていた。

ゴミみたいな俺のどこに惚れる要素が?

これは俺を貶めようとする罠じゃないのか?

そんなことも思ったが、ハインツは冗談を言う性格ではないのは重々承知だった。


しばらく呆けた後、考えることをやめ一人静まり帰った店で眠ることにした。


翌日もハインツはきた。だが、昨日のことなどなかったかのようにハインツは以前と変わらない無表情だった。


昨日のこと、などと自分から言い出せる訳もなくそれまで通りマッサージを行い、いつもと変わらぬ関係性のまま俺達は今を迎える。


日が経つにつれ、あれは夢だったのだろうということで俺は手を打った。

ハインツ自身もそれ以後はアプローチらしきことはしてきていなかったから。


若い男に優越感を覚えながらも俺は自己嫌悪に陥った。

俺などが優越感にひたるなど天地がひっくり返ったとしてもあってはならないことなのだと。



しばらくしてハインツのマッサージは終えた。

若い男の目が気になったのか、ラクルは遠くで見守るように位置どっていた。

いつもはハインツが勝手に自分の手元へ連れてくるのだが、ハインツもまた自分の行動を若い男に見せたくなかったのだろう。

呼び寄せてハインツの顔の横に座らせておいた。


耐えかねたハインツはラクルを指先で弄りだし、ありがとうと声には出さず口だけ動かしていた。


「なるほど。もしこのマッサージがハインツさんの好調さに関わっているのであれば、ラジカルフォースの次の魔巣窟への遠征に連れて行けばいいのでは?」


唐突すぎる若い男の言葉。


なっ?!という表情をハインツがする。

滅多に表情に出さない彼女がそこまで表情をあらわにするのも珍しい。


唐突さではハインツも負けてないぞ

言いかけたが話を掘り返すことになることを恐れて言わないでおいた。


「そうだ、そうしましょう!ハインツさんの好調が保たれれば遠征も今まで以上の収穫を得られるはずです!」


勝手に一人で話しを進めだす若い男。


「どうでしょうか?ハインツさんも、あなたも」


その若い男の言葉に俺とハインツは視線を重ね合う。


「危険、駄目」


そうだろう、そうであろう。

俺などという何の戦闘力もないゴミが、魔巣窟などと魔物がうじゃうじゃとでてきそうな場所に行く時点で間違っている。


お断りします。


一瞬だが残念そうな顔をしたハインツも、俺の言葉にこくんと頷く。


「大丈夫ですって、遠征には後方支援の部隊もありますし、そこにいれば安全ですよ。」


いやいや。魔物もそうだが急に集団生活をしろと言われても俺には無理だ。

何より遠征などという長期間に及びそうな時点で、ラクルを置いてはいけない。


「早速隊長に話してきます!」


ハインツを喜ばせたい一心だったのだろうか、

人の話も聞く間もなく若い男は出ていってしまった。


その身勝手な行動力に呆気に取られる俺とハインツ。


何でこんなやつ連れてきたんだよ?

常連客のハインツに言える訳もなく、ただただ俺は言葉を失うだけであった。




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