感謝されてもな
「吉良、いる?」
そう言って俺の店に入ってきたのは、白い甲冑に身を包んだ主だった。
上は甲冑に見を包んでいるのに、下はニーハイのブーツ。
それにマントを羽織った姿を見せられたなら、それはもう見事なヱロ騎士…もとい、白夜騎士である。
「あ、いらっしゃい、ハインツ。」
「う、うん…。マッサージ、いい?」
ハインツはもじもじと身をよじる。
その姿はとても武装集団であるパーティーの実力者とは思えない。
いつも無表情、だが締める所は締める。
その無口の騎士たる佇まいに、憧れてしまう少年少女は今尚後を絶たない。
もちろん、彼女の強さに憧れているのは俺自身も含められている。
「ごめん、ハインツ。ハインツは夜にくると思ってたから、他のお客の予約入れちゃってるんだ。」
「……」
みるみる暗く淀んで行く少女の瞳。
少しだけ膨れ顔になった小さな体の主。
最近ハインツは少しだけ表情豊かになった。
だが俺はそれが何を意図しているのか、考えてはならない。
やっと奴を、己の中のくされ外道を封じ込めたのだ。もし自分が起因としてハインツが変わっているのなら、その真実を導き出した時には、きっと奴は覚醒する。間違いない。
「分かった、待ってる。」
ハインツはそのまま店の中にある長椅子に座った。
全く以てやめてほしい行動だ。
店内に彼女の甘い匂いが立ち込めてしまうではないか。
といいつつ、くんかくんかしてしまう俺を皆蔑むがいいさ。
俺の道は茨の道。
女が近くによるだけで、己自身を戒めなければ、すぐにでも俺のマッサージ屋としての道は破綻してしまうのだから。
カランカラン
俺の店に客が入ってきた。
へんぴな場所に店があるあらして、新規の客はほとんどこない。
来るのは何かしらを求めてこの店にくる訳ありの客達。
どんな噂が流れているかは知らないが、今まで純粋にマッサージのみを目的とした客は皆無。
それこそ、自分の人生の背景に何かしらを抱えた者。話しをしながらマッサージをしていると、どうにも人生相談のように話しが流れていく。
こんな何もない男に話してしまう程、彼らは誰かに話しを聞いてもらいたくて、傷ついて、悩んでいるのだろう。
「いらっしゃ…」
そう言葉を言いかけて、我が目を疑った。
俺の前にいたのは、想像を絶する程の、美少年?
中性的な顔だちをしていて、一目に男女どちらか見分けがつかない程の綺麗な顔をしていた。
金の長髪を後ろで結わえ、前髪は行くばかりか顔の横に垂れ下がっていた。
「えっと、いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」
「そうです。セルゲイ様のご紹介でこの店を紹介して頂きました。」
「ああ、セルゲイさんの。なら間違いないですね。」
セルゲイというのは、今や常連となった老騎士の男性である。
やはり俺のマッサージの癒やしの力は一時的であるからして、老騎士の彼はあしげなくこの店に通っていた。
「ならこちらにどうぞ。セルゲイさんのお知り合いなら、初回は半額料金とさせていただきますね。」
「それはそれは。」
「ではこちらへ。」
「…その前に。」
その言葉の後、金髪ポニーテール?は俺に頭を下げた。
「セルゲイ様が貴方に出会えた事、心から感謝致します。」
「…はぁ。」
「長らく剣を持つ事ができなかったセルゲイ様が、剣を再び手にした時のあの嬉しそうな表情。あの時から、セルゲイ様は生き生きとして生活を送っております。それもひとえに貴方様のお力がそうさせてくれたのです。心からの感謝を、私は貴方様にお伝えしかった。」
「…へぇ。」
「本当に、本当に、ありがとうございます。」
「…ぅぅん。まぁ他のお客様もいらっしゃいますので、マッサージしながらでも話しを聞きましょう。」
「それでは無礼にあたると」
「私はマッサージ屋です」
「…そう、そうですね。ではよろしくお願いします」
金髪ポニーテールを寝台に導きながらふと後ろを振り向くと、ハインツはじっと俺をみつめていた。
何を思っているか分からない。
ただ正直、逐一監視されているような感じがして、俺は背中にじんわりと冷や汗をかいた。
◆◆◆
結局、金髪ポニーテールはさほどその身体には白い光を放っていなかった。
やや筋肉質ではあるが、所々引き締まった身体付きからして、この金髪ポニーテールも幾ばくか剣か何かを握る者なのだろう。
幾度も感謝の念を伝えた後、金髪ポニーテールは店を去っていった。
帰り際に微笑んでこちらに手を振っていたのだが、その様は何とも美形の人間に相応しい所為だった。
正直、感謝されてもな。
俺のマッサージの力は、それを受ける者にとっては都合のいい力といえる。
だけどこれは仮染の力。
己の力で得たわけではない。
そんな力を使って感謝されたとしても、それは俺自身の力ではないのだから、感謝されても全く実感がない。
逆に感謝されても虚しさが残るだけだった 。
「吉良」
「あぁ、ごめんハインツ。考え事してた。少し休憩したらハインツのマッサージもするよ。」
俺のマッサージを逐一見ていたハインツ。
彼女は一体何を思うのか。