店主として
「終わりましたよ、お客様。」
そう俺が声をかけたのは、俺の店にきた客である、白髪の紳士的な老人だ。
老人はマッサージ用の寝台から起き上がった後、確かめるように自分の右手首をさすり、そして大きく目を見開いた。
「な、なんとゆうことだ…。おお、おお!神よ、この奇跡の力に出会えた事に感謝致します!」
そう一人つぶやいた後、老人は俺に話しかけてきた。
「店主よ…なんと言っていいものか…。私はこの店にきたことで自分の運命を大きく変えた。」
「え、あ、そ、そうなんですか?」
「そうだ。私は長年剣を振り続けてきた。その代償に、私の手首は最早限界を通り越し使いものにならなくなった。それは日常生活を送るのも困難な程に。何せ、痛みで食器すら持てぬ程だったのだから。」
「…はぁ。」
「何とか痛みを取れないかと何人もの医者にも見てもらったが、どれも結果は同じだった。長年蓄積した痛みは回復魔法では治しようがない、と。」
「…へぇ。」
「正直に言えば、店主のマッサージにも期待していなかったのだ。マッサージをした所で、所詮痛みなどとれる訳がないと。それがどうだ。あの、忌まわしかった痛みがすっかり無くなってしまっている!店主よ、私はあなたに出会うことができて本当に良かった…これでまた、剣を手にとることが…これで…。」
そう言いながら、白髪の老人は泣いた。
「あ、でも効果は一時的でして…。時間が立てばまた痛みが出てきます…すみません…。」
「そうなのか…。いや、多くの事は望むまい。ここに通えばいいだけの話しなのだから。」
「そう言って頂けると、僕も気が楽になります。」
「何を言う店主よ。店主のマッサージは私にとっては希望そのものだ。胸を張っていい。」
「…ありがとうございます。あ、それと…謝っておきます。」
「謝る、とは?」
「それが、僕のマッサージにはちょっとした付与がありまして…。」
「それは…どんな付与なのだ?」
「えっと…身体強化です…。」
「馬鹿な…。癒やしの力だけではなく、身体強化だと…。しかし、何故それで謝るのだ?」
「お客様は剣士なのでしょう?自分の意図しない身体強化の付与を受けて敵を倒したとしても、本意ではないのではないですか?」
「ふむ。確かにそう考えるものもいるかも知れん。だが、私は剣を振るえればそれでいい。大事な人を守る事ができる。それだけでいいのだ。むしろ身体強化まで付与されるなど、願ったりかなったり。その分、守れるものが増える。」
「そうですか…。そう言って頂ければ、僕も満足です。もし、また痛みが出てくるようであればまたいらして下さい。」
「店主よ、礼を言わせてもらう。本当にありがとう。」
白髪の老人はそう言って店を出ていった。
その足取りは凛としていて、心なしか店に入ってきた時とは全く雰囲気が違っていた。
色々な事があったが、俺はマッサージ店を真面目にやって行くことに決めた。
世界を救うための力などではないが、それでも今自分にしかできない事をやっていこう、そう考えることができるようになったから。
白髪の老人はそう決意してから、始めての客だった。
大きな不安はあったが、あれだけ褒められると少しだけほっとすることができた。
ちなみにラクルには、店の受付を手伝ってもらっている。
ラクルには宣伝を任せようと思ったが、彼女の可愛さにつられてよってきた男のマッサージなど、やりたい訳もない。