気を揉む その四
項垂れ、まるで覇気のない顔をした俺は、ハインツの目には一体どんは風に写っているのだろうか。
連れてきたことを後悔しているのか、使えないやつだと思っているのか、それともかっこ悪いやつだとでも思っているのか。
俺は何かがのしかかったように重くなった頭を上げて、ハインツの顔をみた。
ハインツは、やはり、とても可愛らしい顔だった。
肌は白く、薄い桃色の唇、吸い込まれそうな瞳、そして…
そう、ハインツは俺のことが心配で心配でたまらない、そんな表情をしていた。
頼むから、やめてくれ
「少し、外して」
付添っていた男にハインツは声をかけ、俺から離れさせた。
周囲にいたラジカルフォースの面々はまるでゴシップ現場でもみたかのようにひそひそと近い者同士で話している。
もちろん、付き添いの男もいい顔はしなかった。
訝しげに俺を観察した後、あなた様の頼みならば、と渋々はなれていったのだ。
なんだよあなた様って。崇拝者かお前は。
ハインツは何も言わず俺の手を引いて歩き出した。されるがまま俺は歩き出し、集団と少し離れた位置に俺達二人は腰を下ろし座った。
あちらからはこちらの姿はほとんど見えない位置。
何故かハインツは握った俺の手を離さない。
手を引っ込めようと少し引こうとするが、それを察したハインツがぐっと手を握り返す。
ちょっとした沈黙が続いた。すぐに言葉をかけない所を見ればハインツ自身も何を言おうか考えているのかもしれない。
俺に声をかける意味などないのに。
さっきのラジカルフォースのメンバーの視線といい、ハインツは俺と関わることで良くない方向にいっている気がする。
もちろん、全て俺のせいだ。
俺が社交性を持ち、ラジカルフォースのメンバーと振興を深め、それでいてハインツを支える立場だったのならそれほど悪目立ちすることはなかったかもしれない。
ハインツが面白そうな奴を連れてきたぞ、ぐらいには思ってくれたかも。
だが俺は何一つしていない。
魔物が出ても周りがなんとかしてくれる。
俺はハインツのマッサージだけしていればいい。
ただ、それだけしか考えていなかった。
結果、一人浮いた状況を作り出す。
もちろん俺だってさっき考えた通り、周りと上手くやってハインツの力になれたら、そっちのほうがいいとは思う。
だが、俺にはできなかった。
俺にはこの世界でしたいことなんてない。
何かをできる力なんてない。
空っぽなんだ、俺は。
何かを成そうと考えず、たまたまみつけたこのマッサージの力で、己の醜い欲望を満たさんとする、クズのような男なのだ。
魔物を討伐し、人々を守ろうとするラジカルフォースの一員としていていいはずかない。
ここにきて、この異世界の人々の真剣に取り組む姿を見て、己はこの世界でもちっぽけなやつだと俺は自覚させられたのだった。
そして、今。
俺の隣にはラジカルフォース一の実力者、ハインツ。
女なのに一番強いってどうしたらなれるんだよ。
何か特別な技とか魔法でも使ってるのか?
天から与えられた才能か?
何でそれが俺にはない?
何で、俺じゃない?
何で、何で…
異世界にきて、初めて自分の心が折れていく感じがした。
いわんこっちゃない
真剣に考えたら駄目なんだ、その日を面白おかしく適当に。
でなければ自分に何もないことを分からされてしまう。
異世界に来る前の俺はそうして生きてきた。
自分に何もないことから目を背けて、ただなんとなく過ごしてきた。
だから、だから
ハインツ、そんな顔で俺を見ないでくれ
俺に期待なんて、しないでくれ
俺がそんなことを考えているとも知らないだろうが、ハインツははぁーっと大きな溜息をついた後、話しだした。
「…吉良、ごめん、なさい。」
何かに対するハインツの謝罪。
俺は何も話さない。
「吉良が、こうゆうの、向いてないって、知ってた。知ってて、連れていくことを…私も望んだ。」
そう言ったハインツは俺の手を握っていた反対の手で、自分の胸元をぎゅっと掴んだのだった。
まるで一つ一つの言葉を精一杯、振り絞らないと話せないかの如く。
俺を握る手にも力が入っていくのが分かった。
こんなにも小さい手なのに、なんだか、力強い。
「吉良に、見て欲しかった。私が闘ってる所。あ、…違う、なんか違う。」
ふるふると顔を横に振るハインツ。
すーっはぁーっと大きな深呼吸をした後、ハインツはそのまま地面を見つめ、話しだした。
「前に、言った…。私、吉良のことがね、す」
ちょっと待った
そこで俺は口を開くことにした。
その先は言わなくていい。いや、もう言わないでくれ。
止められたハインツは、やや失意の念を瞳に宿しているように見えたが、かまわず俺は話した。
俺には無理だ
ただ、そう一言。
ハインツの想いに応えること、魔巣窟にラジカルフォースの一員として臨むこと。
俺を取り巻く今の環境に対して、俺なりの拒絶の意思だった。
力なくハインツの手が零れ落ちていく。
みるみる涙目になり、今にも涙が落ちていきそうになっている。
だが、仕方ない。
ハインツは悪くないんだ、俺に受け入れるだけの器量と中身がないだけ。
そこからクスクスの町に戻るまで、俺はハインツと再び話すことはなかった。
もちろん、マッサージなどする事もなく。
俺の異世界にきて初めての冒険は、後味悪いまま終わりを迎えたのだった。
◇◇◇
「ふ〜ん、それで?その後ハインツとは?」
やや不機嫌に、いや、あからさまに不機嫌さを投げかけてくるのは、ハインツの姉、フレイ・ディオスナードだ。
クスクスに帰ってきた翌日、魔巣窟に行った報告も兼ね夕食をせびりにきた俺は、飯を食べることもできずにフレイに質問攻めとなっていた。
「まぁでも、あなたじゃハインツには似合わないわよね。」
ストレートな物言いは嫌いじゃないが、言われる側になるとしゃくにさわるというものだ。
まぁ、事実ではある。
「てゆうか、マッサージ師がマッサージしてこないでどうするのよ。」
フレイは俺の心を抉るのが上手い。
だというのに、何故か優しくしてくれる一面もあるのだ。
あからさまに浮かない表情をした俺に、ほんっとしょうがないわね、と言いながらも向けるその瞳は優しい。
「全くあなたって人は。罪滅ぼしに後で私の部屋へ来てマッサージしてちょうだい。」
何故罪滅ぼしにフレイにマッサージするのかは分からないが、世話になっているフレイの言葉に反対することなど俺にはあり得なかった。