02 毒者、会敵。主人公には勝てなかったよ。
山中を彷徨ってどれくらいの時間が経っただろう。
寒いし暗いし躓きまくって痛い。タオル一枚羽織っただけのほぼ裸だから柔肌はすり傷と切り傷だらけ。それに周りは竹や笹がうっそうと茂ってて雰囲気的にそろそろ魔物が襲撃してくる展開とかが訪れそうでヤバそうだと内心戦々恐々としてたら、硫黄臭が鼻を刺激した。もしやと思って急いで藪をかき分けていって開けた場所に出たところで目の前に見つけたのは、温泉だった。
隠された秘湯という感じで、人が十数人も入れば満員になりそうなほどこじんまりとしている。
だがこれはツイてるな。癒すのにちょうどいいし、ここを人が利用するなら、どこか集落にでも道が通じているはずだ。
早速、湯に浸かることにする。意気揚々と重ねて置いてあったタライで湯を汲んで被るように浴びる。が、
「うひゃあ、染みる!?」
全身を襲った痛みに情けない声で叫んじまった。ぬかった。擦り傷切り傷だらけの身体に湯をかけたらこうなるのは予想できたはず。馬鹿野郎。
うぐぐぐ。だが耐えねば。たかが風呂。それを前にして音をあげるなんて俺のプライドに掛けてあり得ない。それに温泉の効能で傷を癒してくれるだろう。
意を決して足のつま先から慎重に入り、太股から腰まで湯船に浸からせる。ヒリヒリジンジンと焼けたような痛みが来るが、何のその。そこまで熱くもないのが幸いした。
「ええい!」
勢いよく肩までざぶんと浸かった。
「◎△$♪×¥●&%#?~~~っ!!!!」
◇
はぁ‥・ひどい目に遭った。
とはいえしばらく浸かっている間に縮こまった全身に熱が循環し、程よくほぐされて気持ちいい。まだヒリヒリとした感じは残っているが、温泉だし、傷を癒す効能とかもあるはずだしな。
洗い場の方を見ると鏡があった。せっかくだし、自分の姿を把握しておくいい機会だろう。
湯から上がり、鏡面の曇りを手で拭き取って己が全身を映す。
華奢で未成熟な体つきをした白髪ショートの少女。髪が濡れて顔に張り付いている様は幼さの中に色っぽさを帯びていた。
火照りで赤みがかった顔にはグレーの双眸。ぼんやりとこちらを見ている。
うん、この姿を持ってして夜這いを仕掛ければどんな鈍感系主人公でもイチコロで篭絡出来る。そんな美少女だ。
いやいやいや、何の感想だ!
これはヤバいぞ割とマジで。恐るべきキモイ思考に走っている。
てかこんなのあからさまにハーレム物のテコ入れでギリギリラインを攻めました的なキャラじゃないかよ。そんでもって表紙絵に出して期待を匂わせるが、結局は一時の売上アップのために使い捨てられるだけの悲哀を背負っているんだ。
あんのクソ神様め…。
あ、この後めちゃくちゃ鑑賞しました。
それから再び湯船に浸かり直しながら、今後の方針をどうしようかと考える。
とりあえず名前だ。うーむ‥‥‥。
”リーパ”
今適当に思い浮かんだやつだ。こういうのはいくら一々悩んでも出てこないものだし、これでいいか。
で、魔法使いがいい。
確かこの世界の設定では魔力は量に差はあれど基本的に誰にでも宿るものとされている。ただ人間だけはそういう器官を生来持たないために魔法として使うには体外に必要分を取り出して魔石化させなければならない。逆に他の種族は魔力を魔石化させるなんていう器用な真似はできない。
作中では人間には女神の加護がついているお陰だとか言われていたな。
魔石を精製できる量は保有する魔力次第。消費しても魔力は元の量まで回復するから、時間を掛けて精製すれば誰もが莫大な魔法を使え得る一方で実戦的にはやはり魔力の多さが重要となる、ということだ。
そのハードルはけして低いモノではないが、剣を扱ったり格闘技で戦えといわれるよりは断然マシだし、そもそもこの見るからにひ弱そうなキャラで魔法以外で戦う姿が想像できない。
ってなわけでとりあえず魔石を精製してみたい。ちなみに必要な道具は特になくて、瞼を閉じて暗闇の中で”結晶化”と、そう強く念じるだけでいい。毒者としてはそんなローリスクでいいのかと思っていたが、今はこの条件の緩さが助かる。
”結晶化!!”
キーーーンという高い音が響く。
成功だ。
目を開けると、両手の上にそこには拳ほどの大きさの濃紫色の鉱石が精製されていた。
この大きさだと初級魔法を数回使ってもお釣りがくるくらいの魔力量のはず。紫色ということは俺に宿った魔力の固有属性は”闇”。しかも色合いが濃いとなると純度が高いことを示す。
闇属性の魔力保有者は総量が多い特徴があるとかいう記述を読んだ記憶があるので、悪くない結果だろう。
あとは、種族とか出自とか簡単な経歴とかか。
種族は魔石精製を行えるという点で逆説的に人間であると証明された。
出自は…うん、まあ後回し。それとなくどこか辺境の一族の里ってことを匂わせつつ、明確に設定すると矛盾が生じて墓穴掘りそうだ。
経歴は大雑把に冒険者で、見た目相応に年齢は十四くらい。里から出てきて冒険している理由は魔法使いとしての実力を試したいとかそういうことにしておこう。
呪文とかは色々覚えてるのを使えるからな。だがやりすぎて目を付けられるのもよくないので程々にするが。
◇
そんなこんなで色々考えていたからだろうか、近くに何者かが近づいてくることに気付かなかった。
ゴソッという物音が近くでしてようやく気付き、目をやると間仕切りの向こうの脱衣場所に動く影がちらと見えた。
湯気でよくわからんが、魔物か?
と、湯船から上がり、作ったばかりの魔石を携えて恐るおそる忍び足で近づいていく。そして、
「いやあ、ツイてるなあオレ。まさかこんな異世界にこんな温泉があるなんてさあ。」
聞こえてきた呑気な台詞がいかにも過ぎて逆に、え?っと聞き返しそうになった。
あー…っとこれから起きることが予想できた。じりじりとゆっくり後退る。姿を隠さなければ、だが更に都合の悪いことにこの時に限って視界を遮っていた湯気を吹き込んだ風が晴らしてしまった。
時間がないっと焦って動いた俺は濡れた床に足をずるりと滑らせ、べたんと盛大に転倒した。
「おーしっ、ここはひとっ風呂浴びて――――——ッ!?」
まさにタイミングよく飛び込んできた彼の眼前で俺は情けなく四つん這いの裸姿を曝す羽目になった。主人公によるラッキースケベに完全敗北。
…断固許すまじ!
俺は零下の如き殺意を纏わせていた。その視線が彼に突き刺さり、ドギマギしていたのを一瞬で霧散させた。
さーっと血の気が引いて蒼くなっていくのが手に取るようにわかる。
俺はそそくさと立ち上がり、若干涙目ながらもタオルケットで胸を隠す。時すでに遅いが、恥ずかしがってるポーズとしてやった。
お互いの間に気まずい沈黙の時が流れる。そして、耐えきれずに叫んだのは彼の方だった。
「こ、ここは男湯だろ!?なんで女の子が!?」
WHY?それは俺も考えていたことだ。てか、この出来過ぎた展開はまるで仕組まれていたかのようである。
ここはヒロインとして「男!?きゃー!覘き!変態!えっち!どっかいけ!」とかなんとか叫んで追い出すのが王道のラノベ的展開なんだろうが、生憎と女の意識がそこまで馴染んでいない俺としては不快だけれども、ソレが?むしろジロジロ見るとか元男として軽蔑するぜ?ってな感じでしかないわけで。
ただこのままずっと彼を凍らせておくわけにもいかないということで、一言。
「一応言い訳を聞いておこうか。」
「‥‥‥はい。そうしてください。」
彼は諦念を顔に浮かべてそう頷いた。