第七話<風属性>のキーカードとは何ぞや
とある街のとある一軒家。と言ってもいつものところではない。街中にある家である。一目見た限りでは、特に異常のある建物には見えない。だがここは妖怪が住むという危険な家なのである。
そこの玄関の前に、一体のゲーマー妖怪と二人の人間がいた。パッション郷と、犬飼美咲。それに城茂美である。
「ここか」
「ここですか」
茂美とパッション郷の言葉が重なる。ちょっとばつが悪そうにする茂美とは対照的に、パッション郷は悪びれた様子もない。
「で、どういう類の怪異がいる場所なんだ?」
茂美の問いに対して、パッション郷は答えない。あからさまな無視である。依然として、二者の間に壁があるようである。
どうにも答えない、と見た茂美は、美咲に頼み込む。
「美咲、君から話してもらえるか?」
「分かった。郷ちゃん、ここはどういう妖怪がいるって話なの?」
これに対しては、パッション郷はすぐさま答える。
「詳しい来歴は知りませんが、どうやら凍結系の能力を持つ妖怪がいる、ということですね。前回の家のように漏れ出した呪いが全体、というタイプではありません」
「凍結系。雪女みたいな?」
「そういう類と思って間違いはないと思います。力は弱いらしいですが。ただ、どうやら数がいるようなので、その点には重々
注意してくださいね」
「分かった。じゃあ行こう!」
そう言って入ろうとする美咲の首を茂美がつかんで止める。
「デジャブ!」
「前回、これと似たことがあったというのが驚きだよ。というかだね、美咲。相手がどれくらい居て、どこにいるかもよく分かってないのに、君みたいな妖怪対策的なものがない相手を先頭に行かせるわけないだろ。先頭は僕。最後はパッション郷。それで君は真ん中だ」
「またー?」
「ぼやかない! じゃあ、行くよ」
先頭に立つ茂美の手にはいつの間にか、刀が握られている。そもそもそういう道具を持っていた様子はなかったのに、だ。
「茂美ちゃん、その刀っていつもどこから出てくるの? 生えてくるの?」
「生える、か。まあ似たようなものだね。精神力を形として具現化しているものだから」
「精神の刀、な訳だ」
「そういうこと。ただの刀では、妖怪は切れないからね。それに……」
「無駄話はいいからとっとと入ってください」
ぐっ、と言葉に詰まる茂美。抜群の話切りのタイミングであった。見れば、パッション郷の視線が柔和なそれから鋭さのあるものに変化している。本当に無駄話を許さない色がそこにはあった。
「……じゃあ、行くよ」
その視線に促されるまま、茂美は玄関のドアを開ける。
すぐ感じるのは冷気だ。外の陽気とは隔絶した冷たさだ。
「成程、確かに冷凍系って雰囲気だな」
「入口でこれだから奥に行くともっと寒いだろうね!」
「……そういうのだというのを事前に教えて欲しかったな。上着を持ってきていたぞ」
「そうだね。このままいくと凍っちゃうかもしれないね!」
「大丈夫ですよ」
そう言うと、パッション郷が小瓶を取り出す。かと思うと、その封を開け、コルク栓を抜き、中の液体を振りまいた。
ふっと、冷たさが消えていく。
「冷気遮断の術です。これで凍えることはありません。さて、とっとと下見を終わらせますよ」
「うん、じゃあ行こう!」
先に行こうとする美咲の首を、茂美が。
「デジャブ!」
「というかさっきやったくだりだろう」
茂美はため息をついた。
家の中は輪をかけて冷気が支配している空間であった。冷気遮断が行われているので、寒さは感じない。しかし、つららや氷だまりや雪山が散見される光景は、見ていて寒々しいものがあった。
先頭の茂美が、先陣を切って様子をうかがっている。美咲にはわからない、妖力の類を感じているのか、刀が、ぃん、と細い音を出している。
家は外観から見たより妙に広い、というのを美咲は感じていた。それは茂美も同じであった。その理由を、パッション郷が説明する。
「どうやら、予想以上に家の妖怪化が進んでいるようですね。力は弱いと聞いていましたが、中々どうして。あるいは、蠱毒の類で、食い合いによって強い個体だけが残り、それが家の妖怪化を進めてしまったのかもしれませんね」
「成程、面倒になっているってことだな」
「……」
反応せず黙するパッション郷。それに対して何か言いたげな茂美であったが、取りつく島のなさ具合を感じて、一言「ちょっと先を見てくる」とだけ言うと、その場を離れる。
「なんでそういうことするの?」
茂美が離れたところを見計らい、美咲はパッション郷に問う。パッション郷はしばし首を横に傾げてから、戻して答える。
「浅からぬ因縁故に、と言ったところでしょうか」
「因縁で、そういうことするの?」
「……、難しいことを言いますね、美咲さん」
「そうかな?」
「そうですよ。あなたのそういうところが、サティスファクションに気に入られているんでしょうね。簡単そうなのに、実は案外難しい。そう感じます」
「そうかな?」
そうですよ、とパッション郷は言うと、露骨に話題を変えた。
「ところで唐突ですが、美咲さん、『カルドセプト リボルト』はどうなっていますか?」
「え? あー、<闇に潜むもの>、の最初。テラーメアとか言う人と戦って、カードパックが増えたから<街の漂流者>のサブイベントクリアしてGP貯めてるところだよ」
「となると、テラーメアの<火属性>重視ブックと戦った訳ですね?」
「うん。前に<火属性>クリーチャーの話をしてもらったから、どう立ち回るか分かって助かったよ」
「それは良かった。しかしそうなると、他の属性のキーカードも気になるのではないですか?」
「そうだね。そういう話、聞いてみたいかも」
首肯する美咲に、パッション郷は言ってのける。
「なら、ここでやってしまいましょう」
「今? もしかして暇なの?」
「そうですね、暇ですね。城さんも頑張ってくれてますし」
ということで、とパッション郷は言う。
「<風属性>キーカードの話、やってみましょう」
「まず最初に、<風属性>の基本的な特徴は覚えていますか?」
美咲は首肯。
「<先制>持ちが多いから、侵略面でも防衛面でそこを強みに出来るんだったよね?」
「そうです。よく覚えていましたね。<先制>持ちが多いのが、<風属性>のアイデンティティです。まず、その中からこれ、というのを」
パッション郷が右手を前に出す。その開かれた掌の中に、カードが浮かんでいる。そこには<テュポーン>とあった。
「魔力コストが110の上、<風属性>土地二つ所持が召喚条件、というかなり重めのクリーチャーですが、基礎ステータスはST60にHP60と高く、また<先制>に<火属性><土属性>限定ながら<強打>もあるクリーチャーです。これだけでも強力ですが、敵破壊時にその土地を<風属性>土地にする、というものがあります」
「ということは、攻めた時に違う属性の土地でも、一々地形変化しなくていい、ということ?」
「理解が早いですね。そういうことです。それ以外でもそのまま移動進撃を繰り返せば、相手はそこをとってもすぐには連鎖が回復しない、という状況も作れるのが強みですね」
次に、とパッション郷は手を握り、開く。カードは<ナイキ―>とある。
「<ナイキ―>は能力自体はHP30とST30でそれほどでもないですが、攻撃成功時に戦闘行動不可を敵クリーチャーに与えるという能力を持っています。これが発動すれば、相手は攻撃することは出来なくなります。攻撃がこなければ倒されない訳ですよ。その上<先制>も持っていますから、<先制>で攻撃して攻撃されないようにすることも可能です。つまり防衛能力はかなり高いクリーチャーです。また攻めでも武器アイテム<トンファー>を使うことで相手のアイテムでの防衛を一回目で潰して、もう一回攻撃して潰すことができるというトリッキーな使い方もあります。魔力コスト40は少ないですが<風属性>の土地一つが必要なのは忘れないようにしたいですね」
と、そこに偵察に行っていた茂美が帰ってきた。
「この先には妙なのがいたから倒してきたが……。何の話をしていたんだ?」
「それはね、『カルドセプト リボルト』の話。<風属性>クリーチャーについてだよ」
「なら、僕も混ぜてほしかったな。<風属性>はメインで使っているから、色々分かるぞ?」
「そうだよね。なんでそういうことするの?」
また問われ、パッション郷は沈黙で返すのみだ。その様子を怪訝な顔で見ていた茂美。だが、そればかりもしていられないとばかりに「先に行こう」と促し、先頭を歩き始めた。美咲とパッション郷も、後に続いた。
玄関からしばらく進んでいく。どこもつららが垂れ下がり、氷が床を這い、雪めいた積りもある。滑りやすく難儀する道のりだった。そして廊下は二方向に分かれる。その片方の先には階段があった。確か二階建てだったか、と美咲は外観からの情報を確認する。
「上は後です。冷気と妖気の流れ方からして、この階の元はどうやら階段の無い方ですから、まずはそれを止めましょう。冷気遮断にも限りがありますからね」
「ぶっちゃけ、どれくらいあるんだ?」
問いに答えはないだろう、と思っていた茂美だったが、意外にもパッション郷は答えてきた。
「後三個ですよ。この冷気具合だと一個で15分持つというところですから、40分程度で冷気を断つのが妥当です」
「……相手は何体いるかわからないだよな? そんな数で足りるのか?」
茂美の問いに、これまたちゃんと答えるパッション郷。
「微妙、ですね。この冷気を出している妖怪の正確な数が分かっていないのと、家が大きくなっているのが痛いところです。もうちょっと用意出来れば良かったんですが、時間が足りませんでした」
「とにかく、とっとと済ませればいいんだな」
そう言うと、茂美はクリアリングの為に右手側にあった扉を開けて、中を覗き込む。美咲とパッション郷もそれに続く。
広いその部屋は、しかし雪原と言っていい状態になっている。雪のような氷の積りがある。その中に、虎の形をした氷像があった。
明らかさまに怪しいそれを見て、美咲が一言。
「動くのかな?」
その言葉に呼応するように、氷像の首が美咲達の方を向く。
ゴウ! と吠えたそれは美咲達に向かって突撃してくる。しかし、それに先んじて動いていた美咲の剣先が、氷の虎をすぐさま両断する。体が縦に分かれたそれは、勢いそのままに左右へと倒れる。死んではいない、というよりそもそも生きているのかすらわからないが、とにかく足が空を掻いているものの立ち上がることはできないようであった。
「これは、目的の相手とは違うな」
「それならこんなあっさりとは倒せないでしょうしね」
「そうなると、面倒だな……」
そういうと、茂美は。
「二人はここにいてくれ。先に潰せるやつは全部潰してくる」
と、一人で先に進んでしまった。残される美咲とパッション郷。
「では、続きを話しましょうか」
「唐突だね」
でしょう? と言いながら、また掌を開く動作をするパッション郷。そこにあるのは<ナイト>とある。
「<ナイト>はST50のHP40という、中量級クリーチャーです。その長所はMHP50以上の敵クリーチャーに対して<強打>が発動することです。高HPクリーチャーには基本75ダメージが出せる、ということです。武器アイテムを使えばもっと強まるのは、お分かりですね?」
美咲が首肯。それを確認して、情報を補てんするパッション郷。
「MHP50以下の敵クリーチャーは? と思うでしょうけれど、基本STが50あれば、それだけで低HPクリーチャーには十分な圧力です。無理に<強打>をしなくても、武器アイテムと組み合わせれば撃破は難しくないでしょう。<先制>が無いのは<先制>を付ける武器アイテムで補助すればいいところです」
次に、と手を閉じ、開く。今度は<グレムリン>とあった。
「<グレムリン>はST20のHP30という、それだけ見るとあまり強くないクリーチャーです。しかしその真価は相手の使用アイテムを破壊する、という特殊能力にあります」
「ということは、実質的にアイテムが使えない、ってことなのかな?」
そうです、とパッション郷は頷く。
「こちらはアイテムが使えるのに、相手はそれが出来ない。<水属性>クリーチャーの<カイザーペンギン>も似たような能力ですが、こちらは武器、防具、道具、巻物を潰せるので、特に武器の特殊効果を防げますから、より相手の行動を制限させやすいのが利点です。その能力ゆえ、アイテムさえこちらにあれば攻めにも守りにも使えるのがいいですね」
と、そこで茂美が帰ってきた。所々凍っているのが、激闘を感じさせた。
「とりあえず、奥にちょっと強いやつがいるのは確認してきた。というか、そろそろ冷気遮断が切れてきているぞ」
言われてみれば、と美咲も気づく。
「確かに、ちょっと寒いね」
「もうですか? 人間は寒さに弱いですね」
「いいから、使ってくれ」
はいはい、と言うと、パッション郷はまた小瓶の封を解き、コルク栓を抜き、周りに振りまいた。感じていた冷気が遮断されたのを確認すると、茂美は先行していく。美咲とパッション郷も、その後に続いた。
「あれですか」
「あれだ」
あれ、と指示されるのは、ダイニングキッチンに相当する場所の雪山に居座る、一匹の獣だった。扉を少し開けて見える範囲にいるのは、美咲が先に見た氷の獣ではなく、実際に毛むくじゃらの存在感のある生き物だった。どういう生き物に相当するのか美咲には判別がいまいちだったが、熊が一番近そうだ、とは思った。
「中々の妖物ですね。この階に、他にめぼしい妖怪がいなかったことからすると、こいつが食らって、大きくなったと見ても良さそうです」
「で、どうする? 先手必勝だと思うが」
「その点は意見が合いますね。ただ、どちらが先に行くか、でしょう」
「なら、先頭に立って戦ってみるか? 後ろに控えてばかりじゃつまらないだろう?」
茂美の挑発的な物言いに、しかしパッション郷は特に強い反応は示さない。だが。
「いいでしょう」
とだけ言うと、扉を開けて、中に入っていく。と、その体がぶれる。
「モ?」
毛むくじゃらの妖怪が、その動きに気づいた時には、既に攻撃射程内。瞬間的に、懐に潜り込んでいた。
「モ!」
毛むくじゃらの妖怪が動き出そう、とした時にはもう遅かった。えぐるようなボディブローが、毛むくじゃらの妖怪のどてっ腹に突きたたった。衝撃でその巨体が浮く。そしてくの字に曲がった毛むくじゃらの妖怪の顔面に、渾身のストレートが突きたたる。
毛むくじゃらの妖怪は、何もできないまま倒れ、沈黙してしまった。
パンパンと手をはたくパッション郷のそばに、美咲と茂美は近づいた。
「もしかして、殺しちゃった?」
そう問う美咲に、首を横に振るパッション郷。
「まさか。今時、妖怪を殺すなんて流行りまんよ。とりあえず殴っただけですから、死んではいません。とりあえず封印して、後で妖怪互助会に引き渡しますよ」
そういうと、先ほど冷気遮断の小瓶に使っていた封の帯を、毛むくじゃらの妖怪の鼻先に括り付ける。すると、瞬時に冷気が薄れていく。若干だが暖かくなったのだ。
「……。とりあえず、この階はこいつが影響していたようだな」
「ですね。しかし、まだ冷気は感じます。やはり二階にまだいるのでしょうね」
「ここまで結構広かったが、上までそうだと大変だぞ」
「とはいえ、行かない訳にもいきません。あんまり寒いと美咲さんが来てくれないでしょうし」
「そういう問題か?」
ですよ、とパッション郷は言い、道を戻り始める。
そこで、パッション郷は茂美に問いかける。
「城さん」
「何だよ」
「<風属性>の特徴というのは、<先制>以外では何でしょうか?」
「本当に何だよ。色々突然過ぎないか」
「まあいいじゃないですか。で、何ですか?」
茂美はばつの悪そうな表情をするが、「そうだな」と話に乗っかった。
「他の属性にはないのは、機動力だな」
「機動力?」
美咲のはてな顔に、そうだよ、と茂美。
「遠隔地に移動できる能力、そういう機動力があるクリーチャーが三体いるのが、他の属性にはない強みなんだ。これは<風属性>のそれ以外には<土属性>の<ドライアード>のみしか持っていないから、どれだけ優遇されているか分かると思う」
「でも、それ強いの?」
美咲の問いに、茂美は当然とばかりに頷く。
「それはもう、使い道は多いよ。<水属性>と<風属性>の空き土地に移動できる<ブリーズスピリット>は、空いた土地に移動してそこで土地の属性に合うクリーチャーに交代するとか、<マッドハーレークイーン>の<応援>能力の為に攻める予定の土地の隣に配置したりも出来る。空き土地が多い序盤から中盤の土地の押さえや連鎖の構築に有効な能力なんだよ」
そうこう話しているうちに、階段へ向かう三叉路に到着する。冷気はまた強くなってきている。
「どうやら、こっちにも冷気を生み出しているいるみたいだな」
「下手をすると、さっきのより強いのかもしれませんね」
茂美はため息を吐く。
「面倒だが、放っておく訳にもいかないか。いくぞ」
茂美を先頭に、一同は階段へ向かった。
(続く)
続いちゃった。尺からして長くなりすぎそうになったので、次回へ続く形にしました。いいんだか悪いんだか。
さておき。
今回は風属性クリーチャー話でしたが、風属性クリーチャーは癖がある、という印象だったり。素直に強いクリーチャーは少ないような。でも、そのトリッキーさが楽しいといえばそうでもあり。その辺を使いこなしたいです。
さておき。
次回予告すると、<アイテム>話になるかと思います。これも長くなりそうだから、上手く分けて書きたいところ、だけどどうなるやら。
とかなんとか。