第五話『カルドセプト リボルト』の<新能力>とは何ぞや
ここはいつもの街の、しかしいつもの場所ではない。いつもの邸宅と同じくらい辺鄙なところにある、一軒屋である。一見綺麗ではあるが、草は鬱蒼としており、それが壁に絡みついて乾燥していたりする辺り、長く人が住んでいないことを感じさせる。
そこに居るの、一人と二体である。
その内の一体、黒い傘に黒い礼服に黒いドレスグローブに黒いストッキングに黒いハイヒールという全身黒ずくめながら、長い髪と肌の白さがそれを更に際立たせる、パッション郷が口を開く。
「しかし、本当についてくるとは思いませんでしたよ、サティスファクション」
言われた一体、パッション郷に対抗するかのように白いセーラー服一式に黒い長髪が際立つ、サティスファクション都は答える。
「だって、美咲がやけに乗り気なんだもの。放っておけないわよ。あなたに関連することなんて、碌な事が無いんだから」
「偏見ですね」
「事実よ」
顔を近づけて睨みあう二体に、唯一の人間である犬飼美咲はクセっ毛の茶髪を振ってあわあわとする。ここにはシシデバルもニシワタリも城茂美もいないので、なにかあったとしても止める手立てがない。とはいえ、美咲としてもこれがある種じゃれつきの類だとは分かってきてはいた。若干危ないというか、破壊力が高い二体なので、じゃれて大事故だったりするだけなのである。その事故にさえ巻き込まれなければ大丈夫なのである。とニシワタリは言っていた。言っていることが無茶苦茶である。
さておき、睨みあいをしていても時間の無駄と悟った両者が離れる。そして、サティスファクション都が先に聞く。
「というか、本当にここでいいのかしら?」
「ええ、そうですよ。どうかしましたか?」
「質素な家だなって思っただけよ。呪いの類もあんまり面白くないわね」
「あ、やっぱり呪いがあるんだ!」
思いがけない反応をしたのは美咲である。あまりに朗らかに言うので、サティスファクション都は一瞬何が起こったのかわからなかった。その隙を、パッション郷は突く。
「美咲さん、入ってみますか?」
「え、いいの? だったら入る!」
「ちょっと待ちなさい美咲」
いまにも扉を開けて入りそうになる美咲の首根っこをつかみ、押し留めるサティスファクション都。美咲がくーんと情けなく鳴く犬のような顔になる。
「都ちゃん、どうして止めるの?」
「呪いは確かに面白くない類だけど、ただの人のあなただと下手すると命にかかわるからよ」
「成程、本物なんだね!」
その襟首を油断なく持っていたおかげで、美咲が即死するような局面は避けられた。パッション郷が、くす、くすと小刻みに笑う。
「我々妖怪に臆することもなく近づいてくる辺り、酔狂なオカルト趣味だろうとは思っていましたが、まさかここまでとは思いませんでした」
「本当よ。美咲、あなたね。死ぬかもしれないのに目を輝かせるなんて予想外は本当にいらないのよ?」
「だって、呪いの家だよ?」
「どこに『だって』が付属するのか全く分からないんだけど。まあ、ここでぐだぐだ話してても始まらないのはそうだけども、一応安全を確認して攻めていっても問題ないと思わない?」
諭すサティスファクション都に対し、架空の尻尾がぶんぶんしている感じの美咲は、前のめりだった。
「呪い、受けてみたい! とっとと入ろうよ!」
前のめり過ぎた。ので、サティスファクション都はチョップを美咲の頭に。
「たっ」
「落ち着きなさい。入っちゃ駄目とは言っていないでしょう? 一緒に、入るの」
「それだと、呪いを受けられないんじゃないかな」
「そうならない為に一緒に入るんだから当然でしょう?」
「なら今!」
チョップ。
「たっ」
この寸劇にパッション郷はくす、くすと、忍び笑いをしている。それが若干気に入らないサティスファクション都であったが、ここでこっちも相手をすると収拾がつかなくなる。自分は大妖なのだ、と言い聞かせて、努めて平静を装う。
「いい、美咲? 先頭はパッション、後ろは私。その間に、あなたが入る形で進むようにするからね? 一人で飛び出そうとするならチョップじゃ済まないから、そのつもりで」
「都ちゃんのチョップで済まないのがどんなのか知りたい」
「真顔で何言ってるの。とにかく行くわよ。パッション。先頭」
「一応、この行いの主体はわたしなんですけどね。まあいいでしょう。行きますから、付いてきてください、美咲さん」
「うん!」
目が爛々と輝く美咲に大きな不安を覚えるサティスファクション都と、楽しさを覚えるパッション郷であった。
まずは玄関。見た外観と資料の間取りからすると若干小さいそこに、まずパッション郷が入る。
途端にパッション郷の、人の耳に相当する器官が、違和感を感知する。外とは全く異なる圧力が、この場を支配している。
「ほう、妖怪互助会が持て余しているだけはありますね」
ほくそ笑むパッションに、美咲が問いかける。
「ねえね、ここの呪いって、どんな感じなのかな?」
「サティスファクションも言っていましたが、特に面白い類ではないですよ。家の怪異によくある、入ったら殺される類のです」
「そんなのが、本当にあるんだ!」
そんなことを言う美咲に、サティスファクション都が釘を刺す。
「喜ぶことじゃないわよ、美咲。あなた、何度も言うけど、下手したら死んじゃうんだからね?」
「人間として生まれたからには、一度は呪い殺されたいと思うものだよ?」
「私、人間じゃないけど、それ分からないわ」
パッション郷が、そのやりとりで更に忍び笑いをする。サティスファクション都としては全く気に入らないが、だからと言って喧嘩する訳にもいかないので、サティスファクション都はその笑いにじっと耐える。
「……パッション、とっとと先に進みなさいよ。後がつっかえてるわよ」
「分かっていますよ。美咲さん、わたしの後ろから離れないように」
「離れたらどうなるの?」
「最悪死にます」
「いいスリルだね!」
今まで見ていた美咲の全く違う側面を見ているのを、サティスファクション都は感得する。人にはいろんな側面があるものだ。それはそれで面白いのではあるが、いきなりこうも無鉄砲になるのは困りものだ、とも。
とりあえず、興味を他に逸らした方がいいだろう、とサティスファクション都は判断する。幸い、先導するパッション郷の妖力の影響力はこの家よりも高い。ちゃんと範囲内ならこの家の呪いは美咲には影響しないのは間違いない。それに最悪な場合でも、後ろの自分がどうにか出来るだろう。とも考える。
なので、サティスファクション都は呪いにかかろうと隙を窺っているゲームの話を振ることにした。
「美咲、『カルドセプト リボルト』は進んでる?」
「うん。<街の漂流者>だっけ? それが終わったところだよ」
「ということは、色々と特殊能力が増えた頃合いね。その辺、分かってる?」
「うーん、どうだろ。一気に増えたから、ちょっと混乱してるって感じかな」
パッション郷が進む、その後ろに付いて行きながら、美咲は頭を掻く。
パッション郷は土足で室内に進む。靴を脱いで何かを踏んだらことだ。当然の選択である。美咲とサティスファクション都もそれに続く。そこでパッション郷が話に混ざってくる。
「確かに、<秘術><不屈><感応><応援>と一気に増えますからね。ちゃんと覚えておかないと足をすくわれます」
「いきなり教えるのもいいけど、でもそれじゃあ芸がない。ここは美咲の理解度も確認したいわね。ということで、質問形式で行くわよ、美咲」
「えー」
「えー、じゃないの。自分の中できっちり身に付けないと、意味がないでしょ?」
「……、分かった。分かったよ。じゃあ、分かっているあたしがちゃっちゃと答えるから質問してきてもいいよ?」
「なんでいきなり増上慢なのかは置いておくけど、じゃあまず<不屈>から。これはどういう状態になる能力かしら?」
その質問のタイミングで、一階の奥の広間に到達する。和室であるが、畳などはかなりボロボロで、かなり長い間、手入れがなされていないのが見て取れる。
そこを踏み抜かないように、パッション郷は動き、それに美咲はついていく。その後は、サティスファクション都。
その広間を一回りする間、美咲は沈黙。つまり思い出そうとしている。そして、一周回ってから答えを出した。ワン、と一声鳴くように言う。
「動けるようになるやつだったよね!」
「パッション。判定は?」
「……微妙ですね。本当に微妙ですね」
「なんで二度言うの!?」
「微妙にあってるけど基本的に理解が足りてないからよ。いい、美咲。能力<不屈>の効果は、<ダウン状態>にならない、が正しいの」
「<ダウン状態>は、領地コマンドがつかえない状態、というのは分かりますね?」
「うん、領地に配置してすぐ、とか、領地コマンドを使ったら、なる状態だよね?」
「そうです。そして、<不屈>は<ダウン状態>にならないという能力ですね」
「うん、だから動けるようになるやつ」
その言葉に、パッション郷とサティスファクション都は苦笑い。
「本当に微妙に正しくて間違ってるわね」
「ニュアンスは分からなくはないんですけどね」
「でも、一応間違っているから、ちゃんと覚えなさい美咲。<不屈>は<ダウン状態>にならない。ここ、テストに出ます」
「テストするの?」
「場合によってはね? という冗談はさておき、では<不屈>の利点というのは分かるかしら? それほど難しくないと思うけど、どう?」
話しながらも移動は続く。今は台所。サティスファクション都邸とは比べるべくもないが、それでもそこそこ広い。そこに侵入するパッション郷は、先ほどからある感覚とは違うものを感じた。耳からではく、鼻に相当する器官からの感覚だ。危険なのは変わりない。とはいえ、パッション郷の妖力なら問題なく押さえつけられる。そうできないなら、そもそも住めない。
そんな違いをサティスファクション都も感じたようで、一瞬怪訝な顔になるが、油断なく進みながら質問を続ける。
「どう? もしかしてギブアップ?」
「もう、そんな言い方して! 分かるよ! つまり、毎ターン領地コマンドが使えるんでしょ?」
サティスファクション都は感心したように言う。
「おお、美咲にしては明瞭な回答ね。……でも、70点」
「えー?」
「もう一つ、出来ることがあるでしょう? といってもちょっとずるかったかもね」
「そうですね。美咲さん、<秘術>のことを忘れています」
「<秘術>? って、えーと?」
台所を軽く見て回る。水道もガスも当然電気も止まっている。そしてやはり妖力感知器官に妙な圧力がある。無理やり圧することもできるが、それをすると喧嘩を売るのと同義なので、ここは様子見を、パッション郷は選択する。
一方、パッション郷の後ろを付いて歩く美咲が頭をひねりにひねっている。
「<秘術>って、<スペル>のこと?」
ぽつりと出た言葉に、またしてもパッション郷とサティスファクション都は苦笑い。
「また微妙に当たっていて間違っていますね、美咲さん」
「<秘術>は確かに<スペル>のような効果を出すけど、<スペル>じゃないわ。<クリーチャー>の特殊能力よ」
「そうなのかー」
「で、美咲。その利点はどこにあるかわかるかしら?」
「<クリーチャー>の特殊能力なんだよね。ということは使ってもカードが減らないのかな?」
おお、とパッション郷とサティスファクション都は拍手。
「その通り。魔力は消費して、更に<ダウン状態>にもなりますが、使ってもカードが減らないのが利点です」
「……、となると、<不屈>と<秘術>を両方持っていると、毎ターン使い放題?」
「その通り。勘がいいわね、美咲。とはいえ、そんなにそれが出来る<クリーチャー>はいないけどね」
「<秘術>は<スペル>より効果が高いのはごく一部で、大体<スペル>の簡易版という印象がありますけれど、きっちり使えれば、あるいはそれを生かすブック構成をすれば、十分に使えるので、そういうのもあるんだな、というのは覚えていた方がいいですよ」
「うん、分かった」
美咲の頷きに好感を持ちつつ、パッション郷は相変わらず移動している。話している間に一階は見終えた。それほど部屋数はないが、それなりに広い。これに、二階がある。
階段を登る。ぎぃぎぃ。ぎぃぎぃ。ぎぃぎぃ。軋みを上げる。今すぐ壊れるようではないが、それでも気持ちのいいものではない。美咲は雰囲気があっていいという感想を述べていたが。
さておき、二階に登りきる。パッション郷の感覚器が圧力を感じる。下にいた時より強いが、圧力に負けてしまうほどではない。それはサティスファクション都も感じているだろうとは、美咲との距離を詰めた点からして理解できる。若干危険度が増しているのだ。
なので、余計に美咲をきっちり扱わないとサティスファクション都は思う。変に動かないように、頭を別のことに。
「さて、美咲。次に行くわよ? <応援>と<感応>の差。これは分かるかしら」
「<応援>と<感応>の差? うーん」
美咲が悩んでいるうちに、二階の部屋を探索する。それ程広い訳ではないが、妖怪一体が住むには十分だろう。
と。
扉がある。その扉は単なる扉だが、パッション郷には分かる。
元凶だ。
「ここ、厄いわね」
サティスファクション都が言う。パッション郷は首肯。
「どうする? 片づける?」
「これだけいい妖気の溜まりを潰すなんて、勿体ないでしょう?」
「よねえ。じゃあ、ここに気を付けることが分かったから、帰りましょうか」
美咲、と声をかけようとした時に、気づく。美咲がいつの間にかその扉の前に立っていることに。
「な!」
改めて見れば、美咲だと思っていたのは、水人形である。そしてそれはその仕事が終わったかのように、水へと戻る。
「美咲!」
「美咲さん!」
美咲は止まらない。その顔はうつろだが、歓喜の色もある。そのまま、扉に手をかける。
パッション郷とサティスファクション都の動きは迅速だった。あふれ出る妖力が美咲に降りかからん、とすうタイミングで、美咲を強引に引っ張るのがサティスファクション都。そこで空く空間にパッション郷。すぐにサティスファクション都は後ろに下がり、一時的に距離を取る。その間、妖力はパッション郷に。
「……!」
「パッション!」
パッション郷は苦悶の表情である。が、すぐに表情に変化がある。
笑みだ。如何な大妖でも妖力に対する許容量はある。それを越えれば、乗っ取られることも……。
「てい」
パッション郷は妖力の塊を軽く殴った。それだけで、その妖力の流れは千々に乱れる。その隙に扉を閉める。妖力の侵入はそれで途切れた。が、残存の妖力だけでも、並みの人間なら正気がなくなるレベルだ。それはパッション郷に集まっていく。そしてそれを吸ったパッション郷は。しかし一見、変わりない。
「パッション?」
問いかけるサティスファクション都。答えるパッション郷。
「これくらいでどうにかなりませんよ。あなた、わたしを舐めてますか?」
「……用心深いんでね。じゃあ正気だってことの証明に聞くけど、『カルドセプト リボルト』の<応援>と<感応>はどう違う?」
「……」
「……」
「……。<応援>は<応援>持ち<クリーチャー>がいると対象になる<クリーチャー>の能力が上げるもの。<感応>はその<クリーチャー>が条件の合致によって能力が上がるもの。あっていますね?」
「成程。一応正気みたいね」
「というか、あの程度でどうにかなると思われているのが悔しいですね。力は落ちても、一応あなたのライバルだったわたしですよ?」
「はいはい、ごめんごめん。甘く見てたわ。ごめんして」
平謝りするサティスファクション都。ふん、と怒りを鼻息で表すパッション郷。と、二人は気づく。
「美咲!」
「美咲さん!」
美咲は、静かに倒れている。静かに。ただ静かに。倒れ伏している。
「あ……」
「美咲さん!」
パッション郷が倒れている美咲の横に座り、気づく。
失神している。と。
パッション郷がジト目をする。
「サティスファクション」
「うん、力いっぱい引っ張り過ぎた」
「美咲さん、人間なんですから、我々の基準で動かしたら危ないですよ」
「いやあ、突拍子もない展開だったからさあ」
反省反省。と言うサティスファクション都は、気を失っている美咲を担ぐ。
「やっぱり人間は軽いわねえ」
「根本的な質量が違いますからね、我々とは」
そんな会話をしながら二階から降り、玄関に向かい、外に出る。不穏な気配は外に出てしまえば感じなくなる。
「で。どうだったの、パッション。使えそう?」
質問に、パッション郷は肩をすくめる。
「保留、ですね。思ったより妖力の元である怪異はヘタレのようですし」
サティスファクション都はうへえ、と顔に出す。
「これって、そういうので選ぶものなの?」
「そりゃあ、わたしの居城ですからね? きっちりと納得いくのを選びたいじゃないですか。まあ、一応暫定一位ってことで、また違うところも行ってみますよ」
パッション郷は、そういって、サティスファクション都の背中でいまだに気を失ったままの美咲の髪をなでた。
この後、起きた美咲が怪異を見れたことに狂喜して落ち着かせるのが大変だったが、それは余談である。
ということでメインの話が動き出しつつ、『カルドセプト リボルト』話も、という展開でありました。
メインの話はまあおいておいて、『カルドセプト リボルト』の新能力は、<不屈>が案外肝かしら、とか。毎ターン動けるのはそれだけで連続で攻めたり、設置後即土地レベル上げたりが出来るので、有用な能力だなー。と。<不屈>重視ブックとか楽しそうだなあ。とかなんとか。