第十四話 ダメージ系スペルの使い方とは何ぞや
ある都市のとある住宅街。その一隅の一隅に、そのゲーマー妖怪屋敷はあった。
その一室が、ゲーマー妖怪であるパッション郷の部屋としてあてがわれている。
パッション郷は、今日も長く白い髪に白い肌、そしてそれに映える黒衣の姿で何やら行っていた。
その近くにいるのはその従者、シシデバル。こちらは見た感じでは普通の日本人とそれ程変わっている点は見られない。短い黒髪に、黄土色の肌である。
しかし、その様子をただならぬものにしている物が傍らに置かれてあった。
それは白骨である。それもかなり大型の物である。
「これがー、先日の<特殊2>の白骨ですー。しかしですねーおひい様。これは<特殊1>とは相違あり過ぎたのではー?」
「そうですね。しかし妖気渦巻く特殊状況から生まれ出でたのは、また事実。それなら、何か関連性を見いだせるかもしれません。しかし、シシデバル。死体を、と言ったはずですが」
それがですねー、とシシデバル。
「妖助の方で回収した時に、骨以外が燃え尽きてしまっていたというんですよー」
「……嘘ですね。<特殊2>はただの大猿。<特殊1>のような火炎系の力はもっていませんでした」
看過するパッション郷に、シシデバルも追従する。
「ですよねー。骨に焦げ跡もないですし、そう思いましたー。でも向こうはもう無い、の一点張りでー。骨の方を渡してきた、ということは、身の方には何かあったのかもしれませんねー」
「あちらもあちらで、やはり何か画策している、ということですか」
面倒ですね、とパッション郷はひとりごちる。
「それにしても、おひい様ー」
「なんです? シシデバル」
「この話をここでするのは危険じゃないんですかー? ある意味、敵の根城ですよー?」
「ふふふ」
優しく笑むパッション郷に、シシデバルははてな? と首をかしげる。
「敵。確かにそういう言葉でくくられる間柄でしたね、わたし達は」
更にはてな? なシシデバルを置いておいて、パッション郷は指を打ち鳴らす。と同時に扉が開き、聞き耳を立てていたニシワタリの姿が露わになる。
「のわっ」
驚くニシワタリに、パッション郷は言葉を出す。
「その姿で、何をしている、というのはすぐ分かりますよ」
「つまり、敵!」
いきり立つシシデバルに、パッション郷は「待て」と声かける。
「おひい様、どうしてですかー!?」
「単純ですよ。敵ではないからです」
「……ナント?」
驚くのはシシデバルよりニシワタリだ。明らかな盗み聞きだったのだ。それがバレた後だ。敵認定もやむを得ない所だが。
更に驚くことを、パッション郷は言う。
「知りたいのは、<特殊1>のことですね?」
「!」
「おひい様! それは!」
慌てるシシデバルに、それに輪をかけて驚くニシワタリ。
その二体に対して、パッション郷は鷹揚に、自然体に。
「落ち着きなさい、シシデバル。しっかり嗅がせてやろうというだけですよ」
「そうしておいて、終わったら後ろからばっさり、デスカ?」
「そんなことはしませんよ。さきほども言いましたけれども、我々は敵では、ないのですから」
ニシワタリの表情が、猜疑心に彩られる。お互い、命のやり取りならそこそこあるが、こういう敵視の含まれない相対は、それこそ初めてではないか、というレベルである。故に、信じられない。
「どういう風の吹き回しデスカネ。そちらに篭絡するつもりデスカ?」
「いえいえ。ただ、共有できる情報は共有していた方が、今後の為だと考えたのですよ」
「それは、共有したくない情報は言わない、デスカ?」
やや穿った視線でそういうニシワタリに、やはりパッション郷は悠と座っている。
「それについては、ある程度はしょうがないと思って頂きたいですね。どうしても情報のソゴはありますし。それに全部出したかどうかの基準もわかりません。あなたも私の頭の中を見ることはできないでしょう?」
悠々と言ってのけるパッション郷に、ニシワタリはやはり疑念を抱かざるを得ない。最近はこの妖怪屋敷の主、サティスファクション都と同じ家に住んでいるのに無用な争いは全く見ない。が、それは表向きの話である。突如としてここでこの家を乗っ取るとかいうことだってあり得る話なのだ。
それを信用する、というのはニシワタリには難しい選択であった。
「で、どうするんですか、ニシワタリ。聞くんですか? 聞かないんですか?」
「ぐぬぬぬ……」
「何をやっているのよ、ニシワタリ」
そう言って現れたのは、サティスファクション都であった。
サティスファクション都は本日は妙に目にくる黄色の上下で、その自前の黒い髪と相まって警戒色全開である。
「何しに来たデスカ、サティスファクション」
そう言うニシワタリに、サティスファクション都はそっけない。
「何って、ぶらりと自分の家の部屋に来ちゃいけない訳?」
ふひ、とシシデバルが笑う。
「なんですかー? 結局、敵わないから強い人にご足労いただいたわけですかー?」
「あんデスト?」
廊下と室内、どちらも局所的に熱量が上がる。
「口を慎みなさい、シシデバル」
「落ち着きなさい、ニシワタリ」
同時に声が飛び、同時に「ですが」と不満の声が出る。それを抑えるように、パッション郷は言う。
「サティスファクション。このタイミングで割って入ったということは、わたしの話を聞きたいという事ですね?」
「ぶらりと、なんだけどまあ、その点には同意せざるを得ないわね。ニシワタリが普通に聞いてくれれば、それで良かったんだけど」
「そうならそうと!」
ごほん、と咳払いして悪い空気を断ち、サティスファクション都は続ける。
「あなた達が言っている<特殊1>の意味、そろそろ教えてもらえるかしら?」
「ええ、いいでしょう。しかしその前に少し時間を頂きましょうか」
「この期に及んで?」
「いえ、このタイミングだからですよ」
「……、え?」
サティスファクション都の視線が、今まさに起きようとする異変を捉える。
白骨である。パッション郷達が<特殊2>と呼んだモノの、その白骨が立ち上がり、動き出した。
それを予見していたのか、パッション郷の動きは素早かった。
「疾く」
そういうなり、部屋の四方にあった紐が白骨を縛る。
その束縛に、しかし白骨は意を解さない程暴れはじめる。まだ動きは封じれているが、いつ破れるか。
と。
「都」
「え? あ、ああ」
パッション郷の呼びかけに、一瞬誰の事か、と呆けたサティスファクション都だが、すぐに状況を飲み直し、行動に出る。
「<天井下>」
言うなり、天井から無数の腕が伸びる。それが、白骨を抑え込んだ。力ずくで押しつぶされる白骨。
それを見ながら、サティスファクション都は問う。
「ちょっと、パッション。これはどういうことな訳? なんで白骨が動くのよ。そういう妖怪でもないみたいなのに」
問いに対して、パッション郷は苦い顔をしてい答える。
「それはよくわかりませんが、白骨の方をこちらによこした訳は分かりましたよ。厄介払いってことだったんですね」
「なにがなんだかよくわかんないけど、ハメられたってこと?」
「いえ、たぶん、本当に面倒で要らなかっただけでしょう」
「ふうん。で、どうするのこれ」
「ここは、シシデバル。あなたの出番ですよ」
呼ばれたシシデバルは、出番に乗り気だ。
「あちきですかー。これを、操ればいいんですねー?」
「基本的にはそうですが、ただ、ここから出た後は自由に歩かせて、様子を見るように」
「<特殊1>と似た行動をするかもー、とかですかー?」
そうです、とパッション郷。
「身体面はだいぶ違いますが、メンタルや思考の面は似ているかもしれません。どう動くか、というのを見ておきなさい」
「わっかりましたー。では、ちょいと」
シシデバルは自分の頭頂の毛を抜き、それを白骨にぶっ刺した。どういう理屈で骨に刺さっているのか分からないが、とにかくそういうものらしい。
「ではー、しばらくこいつを泳がせてきますー」
そういうと、シシデバルと拘束から解かれた白骨は開いているドアを抜け、揃って玄関の方へと歩いて行った。
と、声がする。
「み、都ちゃーん!?」
「そうだ、美咲と城が来てた!」
サティスファクション都は急いで玄関へと向かい、そこで危うく白骨を叩き切ろうとする城茂美を抑えむことになった。
「あー、ビックリした。あんな骸骨見たことないから、ホント驚いちゃうよ」
「やっぱり叩き切った方が良かったんじゃないか? あれはろくでもない気配だったぞ?」
口々に言う美咲と茂美。それにはいはい、と言いながら、サティスファクション都は困っていた。いつもの和室にいつの面々がいる。面々がいるのである。つまり、パッション郷もいるのだ。今回の件の核心の一端が。
とはいえ、その話を、茂美はまだしも美咲の前でしていいのか、とサティスファクション都は悩む。自分が知りたいことは、たぶん問えばパッション郷は答える準備をしているだろう。もしかすると、かなりクリティカルな内容かもしれない。しかし、それを今聞くのか? それで美咲を巻き込んだりすることになるのではないか?
懊悩するサティスファクション都。そこに、助け船を出すが如く切り込んだのはニシワタリであった。
「一つ、尋ねてもいいデスカ、パッショ。さっきの件ですが……」
「さっきの件、というのには今は答えられません」
「……は? だってさっきは」
「状況が変わりました。さっきの件への回答は、シシデバルの報告待ちです」
「……」
「他に質問は? さっきの件以外なら何でもいいですよ? 今暇なので、時間潰しも必要ですし」
「なら……」
と手を挙げたのは意外にも茂美であった。三妖怪にいざこざがあるのは当然感じ取っているが、美咲はそこを感じ取っていない。下手なことを言う前に、話題を変えようと試みたのだ。
茂美は問う。
「『カルドセプト リボルト』の話なんだが、いいか?」
「ええ、いいですよ?」
「えーと」
茂美は口に付いたでまかせをもっともらしくする為にいい答えを必死に探し、そして思いついた。
「ダメージ系のスペルって、使えるのか?」
それを聞いて、サティスファクション都、パッション郷、そしてニシワタリが同時に黙り込んだ。
それだけ見るとお察しといえる光景だが、最初に立ち直ったのはサティスファクション都だった。
「ダメージ系スペル、使いにくい。確かに気持ちは分かるのよね。特に、大体の場合一発じゃ倒せないから」
「確かに、ダメージ系スペルの威力はたかが知れています」
思考から復帰したパッション郷が話を引き継ぐ。
「ダメージ系スペルの最大ダメージは、<シャイニングガイザー>の合成付の40。つまりHPが50あれば耐えられるわけです。つまり、大体は40あれば耐えられることになりますね」
パッション郷の言葉に、茂美はだろ? と。
「連続で<マジックボルト>、というのも勿体ない気がするんだよなあ。だから、ダメージスペルは組み込むのが苦手なんだ」
「それは分かりマス」
言うのはニシワタリだ。
「<マジックボルト>を積むより、<ポイズンマインド>か<スクイーズ>ガン積みで直に潰す方がてっとり早いデスヨ、実際」
「それでも、配置されてしまったらどうしようもなんじゃないか?」
茂美の言葉に、ふむりと頷き、しかし反論する。
「配置されたなら、<ホーリーバニッシュ>か<秘術>の各種呪い付与からの<エグザイル>でも除去はできマスヨ。MHPに関連しない分、こちらの方が使いやすいと思いマスガ」
その言葉で、サティスファクション都が人差し指を立てて、言う。
「そこね、問題とする点は」
「と言いますと?」
サティスファクション都はとくとくと話す。
「除去をどう考えるか、ってことよ。いい? ニシワタリの言った除去の仕方だと、相手の手札に戻るだけなのよ。強力なクリーチャーだから除去したのに、次のターンで相手はまた使える訳。対して、ダメージ系スペルなら倒す、つまり手札に戻る訳じゃない。積んでいても手札に戻ってくるのは時間がかかる場合が多い訳よ。そこを、どう見るか、ね」
「そうさなあ」
茂美が難しいという顔をして考えている。そこにパッション郷が口を出す。
「ダメージ系スペルは単体用と全体用で扱い方も変わってきますから、そこをちゃんと押さえる必要がありますよ」
「と言うと?」
「単体用ダメージスペルは特に対象を選びませんが、全体用ダメージスペルは特定の対象にしか効果がない、ということですよ。万能な、全ての敵だけに、という虫のいいスペルはない訳ですね」
言われ、そうだよなあ、と茂美。
「だから、使い道が無かったらどうしよう、って思ってしまうんだ。相手のブック構成次第な所があるし」
「全体用のダメージ系スペルの心構えとしては、まず、自分の組むブックのクリーチャーがその全体ダメージ系スペルの条件にあてはまらない事。これは当然ね? 次に、苦手とするタイプの属性を狙うタイプのモノにすること。あるいは、この全体ダメージ系スペルを生かすためにそれと競合しない属性で組むのもありね。最後に自分で組んでるブックと相手のブックが似通う事はどうしてもあるから、被ったらそういうものだと諦めることね」
「やっぱり最後はあきらめが肝心かあ」
「それとあと一つだけ」
とパッション郷が補足に入る。
「全体ダメージ系スペルは威力は大体20、高いのでも30が最大ですので、これで倒しきる、という訳にはいきません。ですが、これに他のダメージ系を絡めれば倒すのに手が届く場面も多いのです。特に、ダメージを受けているクリーチャー限定でダメージを与える<スウォーム>は全体系の後で最も輝くスペルなので、全体系を入れるなら一枚は入れておくといいでしょう」
解説に頷いていたニシワタリが、いやでも、と話を混ぜ返す。
「全体系は上手く絡めば使える場面もある、というのが分かりマスガ、単発系はどうしろとといった所デスヨ。当てても、狙って止まれるる局面が多くないと思うのデスガ」
その言葉に、ちっちっち、とサティスファクション都が人差し指を左右に振る。
「甘いわね、ニシワタリ。それだけが使い道だと思って?」
不敵な表情で言われるが、ニシワタリは少し眉をひそめて、サティスファクション都に言う。
「あなた、それが分からなくて黙りこくったんじゃないんデスカ?」
「確かにさっきはちょっと黙り込んじゃったけど、でも今は違うわ。いい手を思い出したからね」
「と、言いますと?」
「<ディジーズ>を使うのよ」
「……。つまり?」
察しが悪いわねえ、と呟きながら、サティスファクション都は解説する。
「つまりね? HP40のクリーチャー、大体がこれくらいだけど、に<ディジーズ>を掛けておくのね?」
「はい」
「そうすると相手は戦闘になった時にHPが20減る。ここまでは分かるわね?」
「分かりマス」
「なら、先に<マジックボルト>で20ダメージ当てておけば、この<ディジーズ>の減少で、HPが0になるのよ」
「……ということは、戦う前から勝てるも同然、ということですか!」
理解が回ってきたわね、と嬉しそうに言うサティスファクション都。
「HP40クラスのクリーチャーは結構多いから、<ディジーズ>を上手く絡めていけば、領地を取り易くなる訳よ。止まる方法を用意してでも、使いたいやり口ね。ちょっと手間が掛かるけど、<スピットコブラ>の<秘術>でも似たことはできるわ」
「ですが」
調子に乗っているサティスファクション都に横槍を入れるのは、パッション郷だ。
「アイテムでHPをあげられたら意味を成しませんけれども」
「……ここでそういうこと言う?」
「一応、欠点は伝えるべきですよ、都。それに、HP上昇でなければ、つまり<無効化>や<反射>なら有効でもある、というのも伝えないといけませんよ」
ごほん、と一つ咳払いするサティスファクション都。
「とにかく! 上手く組み込めば相手を手軽に倒してしまえる、という魅力もあるし、そうでもなくてもピンポイントで相手のHPを20下げる、と考えれば止まりそうな場合に使っておけば侵略が楽になってくるわ。だから使うタイミングは間違えなければ、プレッシャーとしては十分機能する、というのは覚えておくように」
一区切りしたサティスファクション都に、頷きながらニシワタリは言う。
「それならやっぱり<スクイーズ>で潰す方が楽だと思いました」
「もうその辺は趣味の範囲よ」
そこで、気づく。さっきから美咲が話に入ってきていないことに。
「美咲?」
返事がない。どころか、姿がない。
「……誰か、美咲がどこに行ったか知っているのはいる?」
気づいてそう問うサティスファクション都に、返ってきた答えは、知らないの四文字である。
「まさかとは思うが、さっきの白骨についていったんじゃないだろうな」
「それは本当にまさか、よ。流石にそんなことは」
と、茂美の携帯電話の着信音が。機械的な、初期設定そのままのその音を聞いただけで、皆一様に嫌な予感を覚える。
「美咲からだ」
そう言うと、茂美は電話に出る。
「美咲? どうした? え? なんだか囲まれてる? 今どこ? ああ、うん」
茂美の口から出た言葉は、一部のモノには直ぐに理解できた。そこは、パッション郷が次に探しに行く予定の場所であった。同時にこの家のわりと近くでもある。
「囲まれているから、シシデバルと一緒にとりあえず家に入る? 待て、それはちょっと危ないぞ!」
という言葉に対する答えを最後に、唐突に通話が途切れた。
「……美咲は、なんだって?」
サティスファクション都の問いに、茂美はこう答えた。
「じゃあ、すぐに迎えに来てね、だよ」
はあー、と一同が同時に溜息を吐いた。
なんとなく次の話に続きそうですが、どうなるかはまだ未定。まあ続く方が可能性高いですが。にしても話の筋の方は見えているのに到達できないこのもどかしさ!
さておき、今回はダメージスペルについて。基本的にそれで倒す、ではなく戦闘を有利にするファクターと捉えると使い勝手が変わってくるのがダメージスペルの面白さ。単にデコイ倒すだけじゃないのですよ。
とかなんとか。