第11話 特徴的な<アイテム>カードとは何ぞや 防御編
第十話からの続きであります。
とある小山にある廃病院。
そこに三体の妖怪がいる。どの顔も、一様に曇っている。それもこれも、その三体が囲む中心にいる女性のせいだ。
その中心にいるのは、茶色の癖っ毛の女子。犬飼美咲である。
しかし、その美咲はいつもとは雰囲気が違う。快活そのものないつもの表情とは違い、どこか胡乱なものがある。視線も定かではない。何も言わず動こうともがいているが、妖怪の一体、パッション郷の封印紐で縛られているので、それは叶わない。
で、と妖怪の一体、ニシワタリが銀髪を掻きながら言う。
「わりとあっさり捕縛出来マシタガ、これが言われている霊デスカネ?」
「でしょうね」
そう答えるのはパッション郷である。
「ただ、これが全部であるかどうか、ではありますが」
「というと?」
「気づいて封印するまでが早かったっすから、霊の総体が入りきる前に入り口を閉めた、というのが今の状況ってことっす。いやあ、あれは本当に電光石火ってやつでしたっすね、いいもの見た感じっすよ」
三体の中で特に背の低い一体、トカの説明に、ニシワタリはぬう、とうめく。
「それってかなり厄ネタってことなんじゃないデスカネ」
「ですね。このまま封印をし続けれる訳にもいきませんし、入り口を求めて残りががやってくるのも間違いないでしょう」
「一応、どこから来るか、というのは判別出来るっすよ。とりあえず、今のところは残りの気配は近くにはないっす」
先にも出していた探知機らしいものを見ながら、トカが言う。だが、残りが来るまでの時間がそれ程長くないのは想像に難くない。
そんな中で、パッション郷が動く。
「ひとまず、美咲さんから霊を追い出すのが肝要ですか」
「手はあるんデスカ?」
「無い訳ではありません。というより、この手しかないんですよね」
そう言うと、パッション郷は置いてある小物の中から一つの小瓶を選ぶと、それを手を伸ばして取り、引き戻してから、その小瓶の封を開け、その中身を胡乱な状態の美咲の口に。
「ちょっと、それ大丈夫なんデスカ?」
「大丈夫ですよ。わたしの付与術は完璧ですからね。この霊払いの力を付与をした薬も、だから完璧です」
「ならいいんデスケレド」
「では、ちょっと押さえておいてください。はい、口を開けさせて、止めておいてください」
言われるがまま、美咲の口を開かせ、そのまま止めるニシワタリ。パッション郷はそこからその液体を飲ませる。
しばし、間。
その後美咲の口から、それが現れた。
お、オ、ぉ。
呻きと共に現れたそれは、のぞり、と美咲の口から這い出る。同時に、美咲は後ろへと倒れこみ、トカに支えらえる形になる。
オ、オ、ぉ。
這い出たそれは、顔らしき辺りをぐるぐると回転させ、周りを見渡している。そして警戒しているニシワタリとパッション郷を見定め、トカが守るように美咲の前に立つのも確認しているようにも見える。だが、そう見えるだけで、実際そうしているのかどうかは判別できない。
お。お。
しばらくそうしてから、突如一足飛びで天井に張り付き、手術用のライトの配線があったであろう穴の中へと入り、そして姿はあっという間に見えなくなった。
「はあー」
ニシワタリとトカは同時に息を吐く。一部とはいえ、この廃病院を統べる幽霊である。倒せないとは言わないが、多分に面倒なことは間違いない。それが引いてくれたのだから、息を吐くのも当然である。
が、問題はそれだけでは終わらない。
「さて、どうしましょうかね」
パッション郷は深刻な表情である。その理由を、パッション郷は次の言葉で表す。
「今、この場の妖力バランスがぐちゃぐちゃですよ」
言われ、え!? とトカが別の探知機を見る。そして戦く。
「ちょっと、パッション様! この妖力の感じ、前に<特殊1>が生まれた時と……」
「逃げましょう。ニシワタリ、美咲さんを」
「え、ああ、はい」
言われるがままに、ニシワタリは美咲を担ぎ、慌てるトカと、それと対照的に感情が揺れていないパッション郷と共に手術室から逃げ出す。しばらく走り、入れる部屋を見つけて、そこに潜り込む。
と同時に、爆発音。
火の風が道を駆け抜けていく。
しかし、それもすぐに収まる。先に見えた火の勢いもまるでそんなことはなかったかのように、勢いをなくす。
「これは<特殊1>の時とは……」
「同じにはならないとは、言っていましたよね、トカ」
「そうっすけど、結構近いところまで」
「ちょっと待てデスヨ」
二人で話を進めるパッション郷とトカに、ニシワタリが口を挟む。
「パッション。<特殊1>というのはなんのことデスカ? それも、あなたの家の炎上騒ぎとも、関係あるんデスカ?」
きつい口調で言うニシワタリに対し、パッション郷は、しかし悠然たるものである。
「それについて、あなたに言うことはありません。そもそも、あなたはそれ程知らない訳でもないんじゃないですか?」
「……」
「……」
視線が交錯する。攻め手はニシワタリだが、その攻めの睨みをパッション郷はすげなく回避する。視線の千日手になりそうな、そんな雰囲気の中で、一人声を上げるものがいた。
「うーん、なんか耳がキーンってする」
美咲である。気絶していたのが、目を覚ましたのだ。そして、現在の状況を見て、はてな? と首を傾げる。
「あれ? ここどこ? 手術室じゃないよね? というかそもそも幽霊はどうなったの? なんか触られた記憶はあるんだけど」
「えーと、まあ、色々あったんすよ」
トカが答えになっていな答えを提示する。美咲は状況を、ニシワタリとパッション郷が睨みあっているのを見て、とりあえずそれで理解したように頷いた。
「幽霊捕まえる話になったんだ」
理解していなかった。あまりのトンチキ発言にトカももニシワタリも、そしてパッション郷さえも態勢を崩す。
「トカ! あんたがちゃんと言わないから、変な理解しちまったじゃネエデスカ!」
「んなこと言われても、こっちも言えないこと多過ぎてああしか言えないんすよ」
「ああモウ!」
「で、どうするの? 幽霊捕まえるの? 放置するの? あたしとしては、捕まえた方がいいと思うんだけど」
「それは、人を襲うから、という理由ですか?」
パッション郷は、薄く笑んではいるが、しかしどこか強い表情で、美咲に問う。
問われた美咲は、真剣な顔で答える。
「いやいや、そもそも人を襲っているか、というのは証拠がないんじゃないかな? 実際に帰ってきた人がいないのかどうか、調べてないんじゃない?」
「それは……」
と、トカが受け答える。
「確かに調べてはいないっすけども。言われてみれば、そういう幽霊だと、妖怪内では噂になっているだけで精査はされてないっすね。けど、妖怪には実際に再起不能になったのがいるんすよ?」
その言葉に、そうだね、と、美咲は頷き、答える。
「その妖怪さんは確かに襲われた。けど人は襲われてないかもしれない。妖怪さんは襲わることはあっても、人にとってはただの廃墟なだけかもしれない。なんだか、そう思うんだよ。まあ、証拠があったら、この考えは成り立たないんだけどね」
パッション郷はその言葉を拝聴し、何事かしばらく考えた後、反論する。
「甘いですね、美咲さん。そもそも、先ほどあなたは襲われたのですよ? それなのに、襲われない、は無いでしょう」
美咲は頷いた。
「そうだね。でも、あれは緊急避難だったかもしれない」
「緊急避難? なんでデスカ?」
「トカさんが妖怪としてどれくらいなのかは知らないけど、郷ちゃんは結構名の通った、強い妖怪なんでしょ? ニシワタリさんも」
「そうデスガ……、ということはあれデスカ? ワタシ達に恐れをなして、逃げる場所を美咲さん、あなたの中に定めたと?」
うん、と美咲は頷く。
「この中で一般人はあたしだけだしね。とり憑くならそこしかない、って思ったんじゃないかな?」
「……相手は低級霊という訳ではないとはいえ、いやだからこそ、わたしやニシワタリとやりあって、と考えても不思議はないですね」
「それに、探知した感じだとあの霊はこの場所、この病院っすね、それに憑いているタイプかもしれねえっす。つまり、そこを破壊するかもしれない相手がいて、しかし戦って勝てないと分かれば、弱いのに乗り移って、っすかね。理論は一応通らないでもないっすね」
「でしょ?」
どうよ、と偉そうな顔な美咲に、一同は悩ましげな表情に。
「それはいいでしょう。しかし美咲さん。捕まえてどうするんですか」
「一番は成仏してもらうことだと思うんだよね」
再び手術室。先ほど置いていた諸々の物品は、まだそこにある。しかし数は格段に減っているようである。
そこに居るのも、先ほどよりは少ない。美咲とパッション郷のみだ。
そのパッション郷が言う。
「あなたの予想が正しいという前提でやりますが、本当にそうかどうかは出たとこ勝負ですよ。それでも、やるんですね?」
「うん」
はあ、とパッション郷は溜息。
「またサティスファクションにいびられますね」
「その時は、あたしも一緒にいびられるよ」
「そうなるように、わたしも尽力しましょう。しかし、この作戦は無理筋かもしれませんね。もう一度とり憑かせて、捕らえて、そして除霊しようなどと」
「と言っても、それくらいしか方法がないでしょ?」
あっけらかんと言う美咲に、パッション郷は更に溜息。
「トカとニシワタリに病院内で騒ぎ立ててここに、もはまるかどうか」
「大丈夫だって。皆ちゃんとやってくれる人達だし。そうでしょ?」
はあ、とパッション郷は三度目の溜息。
「その通りではありますけどもね。まあ、ちゃんとやりますよ。ですが、追い立てが終わるまでそれまで少し暇ですね。何か無駄話をしましょうか」
そう提案するパッション郷に、そういえば、と美咲。
「前も無駄話で『カルドセプト リボルト』の、<アイテム>の話になったね」
「あの時は攻め手としての<アイテム>でしたね。では今度は守り手側の<アイテム>、<防具>と<道具>の話をしましょうか」
「うん」
美咲の頷きに、パッション郷は得たりと話し出す。
「まず<防具>は明確に防御、つまりHPに影響が出るタイプの<アイテム>ですね。その中でも使いやすいのが<プレートメイル>ですね」
「効果は?」
「単純にHPプラス50です。魔力コストが50とやや高い点以外は欠点はないので、<防具>を積む時はまずこれを組み込むことを考えたいですね」
「それよりももうちょっと防御力を上げたい場合は、何がいいのかな?」
美咲の問いに、パッション郷は律儀に答える。
「そういう場合は<ダイヤアーマー>ですね。<防具>類では最大のHPプラス60が得られます。が」
「が? 何かあるの?」
知りた顔の美咲に、パッション郷が疑問の回答をする。
「問題点は、<後攻>の能力が付与されるのと、STがマイナス30になること。<後攻>は勿論相手が必ず先手になるのが痛い所です。またSTマイナス30もそのせいで倒せず、移動進撃を繰り返されて困る、という場合などではそのままマイナスの効果ですね」
「本当に、確実に守る為に使うって感じなんだね」
その通り、とパッション郷は頷く。
「もうちょっと特殊な<防具>もあります。例えば<ゼラチンアーマー>。これは、HPがプラス40する以外に受けたダメージかける5の魔力が得られます。HP増加分だけのダメージでも、使用する為の魔力50を差っ引いて150の魔力がもらえますね。相手の攻撃を凌ぎつつ、更に魔力を得るという特殊な<防具>ですね。次に<スクイドマントル>。これもHPプラス40という基礎に、ダメージを受けた時に付与されてしまう効果を無効化出来ます」
「付与される、ってどういうのがあるっけ」
「前に話のあった<ナイキ―>の攻撃行動不能や<イエティ>などの即死辺りが分かり易いでしょうね」
「つまり、ダメージを<無効化>するのと同じような感じなのかな?」
「そうですね。とはいえ、ダメージが0になる訳ではないのは注意しないといけませんね。普通に殴り負ける場合もあります」
ついでに言うと、とパッション郷は続ける。
「HPプラス40の性能の<防具>は結構あります。この帯の<防具>は特殊能力がついている、つまり先の<ゼラチンアーマー>や<スクイドマントル>と同じように、というのが特徴的ですね。それより安くだけど特殊能力はない<スケイルアーマー>と合わせて、どう評価するか、という感じでしょうか」
最後にもう一つ、とパッション郷は進める。
「<スフィアシールド>。これはSTを0にする代わりに通常ダメージの<無効化>が出来るものです。火・地属性限定の<マグマシールド>や水・風属性限定の<ストームシールド>に比べると、STがなくなってしまうのと必要魔力が高いことがネックですが、無属性クリーチャーでも使える点や、火風や水地などの<マグマシールド>や<ストームシールド>ではカバーできない組み合わせの場合等にはその汎用性が高ポイントですね」
変わって、とパッション郷は続ける。
「次は<道具>ですが、これは基本的に防衛用が多いものの、特殊な性能を持つものが多いです。例えば<ウォーロックディスク>。これにはHP上昇はありませんが、クリーチャーの全ての戦闘時特殊能力、<先制>から<アイテム破壊>まで使用不能にする<道具>です」
「ということは……、ん? どうなるの?」
美咲の疑問に、また律儀に答えるパッション郷。
「元々の能力、数値のみで戦う、ということです。なので攻め手の場合は<キングバラン>や<デスサイズ>等のSTが高い部類、守り手の場合は<G・ノーチラス>や<ストーンウォール>のようなHPが高い部類が使えば、強力な力を持つ<道具>です」
「他には?」
「そうですねえ。<バーニングハート>。STとHPが20上がりますが、それはサブの効果。実際に一番使いたい効果としては、こちらのクリーチャーを破壊された時、相手のクリーチャーを破壊する、というものです。色々とあって倒せないクリーチャーを強引に倒す、というのが基本的な使い方ですね」
「……、使えるような使えないような感じだね」
パッション郷は頷く。
「そうですね。HPが20上がるので破壊されようとしてもなんとなく生き残ったりする場合もあります。使う時はHPが少ないクリーチャーを生贄にするのがいいですね」
次には、とパッション郷は続ける。
「<メイガスミラー>。HPが20アップするのはサブで、実質的な効果は<巻物>のダメージ<反射>です」
「巻物には効果絶大なんだね。……でも」
という美咲に、パッション郷はそうですね、と答える。
「<巻物>がそもそも無い相手ブックでは、実質的にHP20アップでしかないのが弱点です。<巻物>の<無効化>の<マジックシールド>ならHPはプラス30だと考えると、<道具>だから使えるクリーチャーが多い点を加味しても、難しい選択になるでしょうね」
最後に、とパッション郷。
「<グレムリンアイ>。これはレア度Sとレア度Rの<アイテム>を破壊する能力を持つ<道具>です。<風属性>クリーチャー<グレムリン>の能力と近いところですが、レア度Nの<アイテム>の破壊は出来ない点が弱点です。とはいえ、アイテム破壊は相当使える能力なので、防御側は特に持っていたい<道具>ですね」
と。手術室の雰囲気が、突如重くなる。
「来ましたね」
「来たの?」
「来ました」
見れば、先ほど霊が入っていった天井の穴から、霊が顔を見せている。
「へえ、霊ってあんな感じなんだ」
「そこですか」
「さっきは見れなかったからね」
「そうですか。それはともかく、ニシワタリとトカが上手く追い回したみたいですね」
確かに、霊はどこかおびえた雰囲気をしている。美咲に対して視線を向けるが、パッション郷が近くにいるからか、そこへ向けて移動するそぶりは見せない。
「では、離れます」
「うん。後は頼むね」
「ええ」
短い会話の後、パッション郷は美咲から距離を取る。それを見て、霊は美咲にとり憑きにかかる。上から跳びかかり、するりと重なっていく。先ほどはこのすぐ後に封印紐を使ったが、今度はしばらく待たねばならない。その時間に、パッション郷は少し焦れったさを感じる。
「らしくないですね」
呟き、待つ。霊の圧力が美咲の中に入っていき、それが全て入りきるのを、感じる。
そこで、パッション郷は封印紐一本を鞭のようにしならせ、美咲の体を拘束する。
そうしようとした時。
「パッション!」
警告の言葉だと、語気で感じたパッション郷はすぐさま前方に転がる。その上を、ゴウと何かが通り過ぎる。
「大丈夫っすか! パッション様!」
「大丈夫ですよ。しかしこれは……」
言葉を返しながら、パッション郷は先ほど頭の上を通り抜けたものの正体を確認する。
それは大猿である。所々焦げの後が見えるが、基本的にはただの猿に見える。しかし、大きい。それなりに背の高いパッション郷より、頭一つ大きい。どこから出てきた、というのはすぐに分かる。あの天井の穴だ。あそこから、半身が出てきている。若干軟体なようだ。
「<特殊1>とはだいぶ違いますね。やはりちゃんと同じにはならなかったようです」
「納得してる場合じゃないっすよ! 美咲さんが!」
言われてみれば、美咲は立ち上がっている。いや、それは既に美咲というべき存在ではない。病院の霊、そのものだ。茶色いクセっ毛は波打ち、全身から強大な霊気を放っている。
「お、オ」
美咲の口から、何らかの声が漏れる。どういうことを意味しているのか、その語気からは感じられない。
が、それはすぐに怯懦の声だと理解された。
病院の霊はすぐに後ろを向くと、そそくさと逃げ出したのだ。
「あっ」
入口に居るニシワタリとトカの間をすり抜け、素早く脱出していく。そこに居る一同、大猿さえも間の抜けた顔になってしまうくらい、鮮やかな逃走だった。
すぐに我に返ったのはパッション郷だった。
「ニシワタリ!」
「あ、ハイ!」
ニシワタリが美咲の後を追いかける。それは任せて、こちらのことを解決しないといけない。
大猿である。
「こいつは仮に<特殊2>としますが」
ゴウ、と大猿の腕がパッション郷を捕らえようと動くが、パッション郷はこれを紙一重で回避する。
ゴウ、ゴウ。
ひらりひらり。
「どうしますか、トカ。捕まえますか?」
「その感じだと楽勝そうっすね」
これくらいなら。とパッション郷は言うと、ひらりとかわしざまにどてっ腹に一撃。
「ゴ……」
と声にならない声を出し、<特殊2>とされた大猿は前のめりに倒れこむ。その首を、パッション郷は踏みつける。
「ゴ……」
またも声にならない声を出して、大猿は沈黙した。
「えぐいっすねえ」
「別に生死は問わないでしょう?」
「そうっすけど……。念の為に封印してくださいっす。後で妖怪互助会の回収班が来るよう手配しておくっすから」
「分かりました、が」
そこで言葉を濁すパッション郷に、トカははてな? と問いかける。
「どうしたっすか?」
「封印紐、今、手持ちの物しかないんですよ」
「それがどう、って、ああ……。美咲さんの方に使えるのがなくなるってことっすか」
「そうです。ここにあるものに封印紐があるのはないですしねえ。動きを封じれないと、除霊は難しいですしね」
と言いつつ、パッション郷は封印紐を大猿の体に絡ませる。
「これでよし」
「案外あっさり使いましたっすね」
「これもこれで重要ですからね。美咲さんの方は、なんとかしましょう」
そういうと、パッション郷は手術室から出ていく。それにトカも追従した。
走るパッション郷とトカ。すると、ニシワタリがへばっているのが目の前に移った。
「もう限界ですか? 鍛錬を怠っているからですよ」
「ウルセ―、デスヨ! その前から追い立てて、たんだから、しょうがないデショウ!」
そういうニシワタリを追い抜いて、美咲を追いかけるパッション郷とトカ。
「しかし、このままだと病院外に出られてしまうっすよ」
「広い所に行かれたら、探すのが厄介ですね」
「それ以前に、美咲さんの体の方が持たないっすからね。変な所で飛び降りたりするかもしれないっすよ」
とはいえ、霊にとり憑かれた美咲の動きは速い。美咲の体の限界を超えた動きである。それが長く続けば続くほど、美咲の体がまずいことになる。早くどうにかしないといけない。病院の入り口もあともうちょっとである。
「しょうがないですね。トカ」
「なんすか?」
「事後を頼めますか?」
「事後、って何する気っすか?」
「ちょっと、限界より速く走るだけです」
パッション郷はポケットから小瓶を取り出すと、それを器用に飲む。
「では」
言うと、パッション郷は明らかに今までの速度を遥かに超える速度で、走り出す。開いていた差が詰まり、詰まり、詰まっていく。
しかし、その足からは体液が噴出する。それだけ、限界の速度を超えているのだ。
「無茶する!」
追いかけるトカが言うのも無理はない、無茶ぶりである。
しかし、それでもあと一歩が追いつけない。病院の入り口が迫り、美咲の体は更にスピードを上げる。
「まだ速くなるっすか!」
トカの驚愕は、そのままパッション郷の驚愕でもある。パッション郷の限界を超えた速度よりも、更に上なのだ。
まずい、とパッション郷が口走る、その瞬間、美咲の体は病院の入り口を越えた。
と。
「……どういうことっすか?」
トカがもう一度驚愕する。そして混乱する。先ほどまで突っ走っていた美咲が、病院の入り口を少し過ぎた所で、止まったのだ。
「あ……お……」
美咲は、泣いていた。いや、これは霊が泣いているのだろう、とトカは見当をつける。霊が、外の景色を見て、泣いているのだ、と。
「……何故、泣いているのですか?」
美咲の隣で倒れこんだパッション郷が、そう美咲に、美咲にとり憑いた霊に問いかける。
霊は答えない。ただ、泣いている。しばらくそうして泣いていると、突如糸が切れたように、美咲は倒れこんだ。
「あぶねっ」
トカが、頭から倒れそうになる美咲を受け止める。
「あ……」
そう声が漏れると、そのまま霊の気配は消えていった。
「うーん」
美咲が目を覚ますと、そこはサティスファクション都邸であった。
「何か、体全部痛い」
「マア、あれだけ酷使されれば、デスヨ」
隣にいるのはニシワタリである。もうちょっと周りを見れば、パッション郷とトカがサティスファクション都に怒鳴られているところであった。
「このまま寝ていマショウ。わざわざ疲れてるのに叱られる必要はないデスカラネ」
「だね」
寝たふりをする美咲とニシワタリ。しばらく沈黙していたが、ニシワタリから口を開いた。
「美咲サン」
「何?」
「霊にとり憑かれたご感想は?」
「え? うーん」
しばらく考えて、美咲は答えた。
「思ったより、哀しかったよ」
「と言いマスト?」
「あの霊、ただ外に出たいだけだったみたいだから。それさえ、生きている時も死んだ後も、出来なかったのかと思うとね」
「……デスガ」
「何?」
「あなたのおかげで最後に外に出らレタ。そうではないデスカ?」
「そういうのだと、あたしも嬉しいけど、どうだろうね」
と、そこでサティスファクション都が二人に意識があるのに気付いた。こちらにお説教が飛び火するのを予感しながら、二人はもそもそと起き上がるのであった。
思ったより長くなってしまった前後編。だいぶ切り詰めたけど、まだまだ切り詰めが足りないですかね。その辺も今後のポイントとして仕上げていきたいところです。
さておき、防具と道具の話でした。この辺は、特に道具は変わった性能のがあるので、もうちょい語りたいところでしたが、まあ紙幅がありますからね。この辺で収めました。
次回はどうなるかなあ。話の筋は見えているんですが、ゲームネタの方の筋が見えないというか。まあやってやるです! でいいか。




